五体不満足のヒト

  • 2016.03.24 Thursday
  • 20:31
この本は表紙を見て直ぐに買って読んだ記憶がある。98年の出版というから18年ほど前になる。この頃{脳}に対して関心があり、{脳}が機能するには身体という運動部位/センサーが不可欠なのではないかと考えていた。そのために、身体に障害を持ちながら人並み以上の知的活動のできる人たちに対して特別の関心があった。

五体不満足『五体不満足』を読んで驚いたのは、両親が障害を持って生まれてきた子どもに対して、ほとんど何の偏見を持たずに接してきたということである。その甲斐があってか、少年は全く普通の子どもたちと同じように、自分の障害に全くストレスを感じることなく育った。(wikipedia

都立高校から早稲田大学に進み、卒業後はスポーツライターとして、小学校教諭として、そして様々な社会的活動家として活躍している。まあ、じぶんが知っているのはこの辺りまでであり、最近のことはほとんど知らなかった。

そして、昨日、衝撃?の報道があった。彼も1976年生まれで39歳になるらしい。妻子持ちで、さらに教育関連に多く関わってきた人物ということで、不倫などはトンデモナイということになっているようだ。しかし、じぶんがこの報道に接して初めに感じたのは、倫理面はさておいて、障害をバネに活きてきた一人の男の生活力である。

もし、彼が五体満足に生まれていたら、どうなっていたのだろうか。おそらく、今とはかなり異なる人生を歩んでいたのではないか。単純な良し悪しの問題ではない。こんなことは社会的に正面から主張できることではないが、彼の{脳}が一般人の{脳}と違いがあるのか否かということに興味がいく。五体不満足であったがゆえに発達した脳の部位というものがあるのではないか?ということである。

これって少数意見??

  • 2016.02.07 Sunday
  • 07:28
昨年の11月末で、インターネットと固定電話を残し、JCOMのTVサービスをストップした。わが家は、もともと高圧線鉄塔により電波障害があり共同アンテナから受信していたのだが、地デジに切り替わる時に障害が解消されるため自前のアンテナを取り付けるかケーブルテレビに加入するかの選択肢があった。

その時に、わが家はJCN(現JCOM)に加入し、地デジ、BS、インターネット、固定電話、そしてNHK衛星受信料団体一括支払の契約をした。そして昨年、都合により - NHKの受信料を払いたくないという個人的な理由 - TV受信を解約した。ところが、1月のJCOMの支払(口座引落し)にNHK受信料(12月から6ヵ月分:1万1千円)が含まれていたのである。

JCOMのサービスに電話して確認をしてもらったところ、解約の件はすでにNHKに連絡済みだが引落し停止は間に合わなかったという。さらに、払い戻しの件は直接NHKと話をしてくれと事務的な応対で、まったく他人事なのである。あまりのいい加減さに呆れて怒る気にもなれなかった。

NHKの相談窓口に電話で問い合わせる。ちょっと役所風ではあるが応対は丁寧である。しかし、パソコン・携帯電話等でTV受信が可能ではないかと聞かれたのは驚いた。以前そんなことが問題になっているというニュースを聞いたことがあったが、現実にNHK担当者の口から直接問いただされるとは思ってもみなかった。

結果は、一週間後ぐらいに解約に関する書類を郵送するので記入し返送してほしい、ということだった。今回の件で、あらためてTV放送関連サービスの劣化を思わざるを得ない。NHKもJCOMもTV受信を望まない個人がいることを全く想定していない。彼らの自分の業務に対する感性はほとんど信仰に近い。じぶんにとっては、NHKもJCOMも単なるサービス業の一つにすぎない。上から目線の応対には戸惑いを感じてしまう。

一見まだまだまだ強いというイメージがあるが、やはりTV業界は斜陽化の一途を辿ざるを得ないのではないか。特にNHKのようなモンスター(役所なのか企業なのか分からない?)が存在するというのは、もはや不健全としか言いようがない。そして、こんな意見が全くと言っていいほど表面化してこないというのは、利権者の圧力によるものか、国民がよほど上手に洗脳?されているとしか思えない。

これはNHKの番組の質がどうかという問題ではない。最近TV番組をあまり見ないので正確には分からないのだが、NHKの番組には個人的に評価できるものも多い気がする。しかし、このネットの時代に前近代的な組織が闊歩しているというのは滑稽ですらある。NHKは、一部は機能を縮小して国営化し、他は能力に応じて民営化すべきだろう。NHKは解体した方がよい。下の標語に共感する。

NHK







 
関連投稿:詐欺ではないにしても・・・ (2015/06/05)
     寝耳に水 ? (2012/06/04)  

スマップ騒動について

  • 2016.01.20 Wednesday
  • 21:05
スマップ解散騒動落着?。全くと言っていいほど芸能関係に疎いじぶんとしては、こういうことにはだいたい無関心なのだが、今回はちょっと言いたい気になった。

SMAP

騒動の詳細は全く知らない。事務所(ジャニーズ)との何らかの確執だと思われるが、騒動の理由の如何に関わらず個人的な見解は、はなしの次元が低いということだ。

印象だが、JPOPはKPOPに劣るという気がする。JPOPの強みはこの国のマーケットの大きさだけではないか。何でもグローバル化すればいいということではないが、JPOPはもう少しグローバル化できても良いのではないだろうか。

そのためのお家騒動、解散騒動などが惹起されるのは理解できる。しかし、これも印象でしかないのだが、今回の騒動が何かに昇華される力を内包しているようには感じられない。

クールジャパン

事務所もグループも解体するぐらいのインパクトが欲しい。残念ながら ” 元の木阿弥 ” か。

安保の夏も終わりに?

  • 2015.08.30 Sunday
  • 12:49
個人的には不本意ながら、この夏は安全保障関連の案件に振り回される結果となった。夏の終わりに来て、PODCAST で聞いた作家 森村誠一氏の主張が衝撃的だった。この度の安保法案とは、日本の首相である安倍氏個人が、尖閣のために自衛隊をアメリカに格安で売ったものであるという。世間には色んな陰謀論が飛び交っているが、これほどのものは稀少ではないか。

じぶんも、安倍晋三という人物を聖人君子とも、また歴史的に偉大な政治家とも考えてはいない。しかし、売国奴−もはや死語ではないか?−と表現しなければならないほどの悪(ワル)とは思えない。また、この国において、そんなに特異な政治家であるとも思えない。そんな中で、一人の文化人が何故にこれほど強烈な個人批判の表現をするのかを訝る。

森村氏が少年期に ” 太平洋戦争最後の空襲 ” と言われる熊谷の大空襲に遭遇したことが、その後の氏の思想形成に影響したことは想像に難くない。しかし、その事を今の安全保障関連問題にダイレクトに繋げようとすることには無理があるように思う。

自分の苦しい闘病体験のゆえに、二度と同じ苦しみを味わいたくない、また自身の周囲の人たちに同じ苦しみを味わせたくないと考えるのは人情だ。しかし、だからと言って、その病気に関する事柄から全て目をそらしても、何の解決にならないことも又道理である。

安保法案は未だ審議中だ。今、可能性は小さいかもしれないが、もしかして廃案になった方がいいのかもしれないと考えるようになった。じぶんはこの法案を詳細に読んではいない。おそらく、多くの賛成側の人も反対側の人もじぶんと同じなのではないかと想像する。単にエモーショナルな感覚でどちらかに組している確率が高いのではないかと思う。

じぶんは法案成立の方がより現実的な選択ではないかと考えている。一方、廃案の選択の方が後に多くの課題を残す結果になると思っている。しかしながら、この国の将来を考えると、敢えて困難な理想の道を採り、真剣にその課題に取り組むことで、この国の未来が見えてくるのかもしれないと考えるようになった。

そして、その節には、この国の文化人・知識人の皆様方に真剣な本気の議論と行動を期待するしかない。

何か変?

  • 2015.08.05 Wednesday
  • 18:00
 この猛暑は何?。去年の夏も暑かったという記憶があるが、こんなに酷かったろうか。じぶんの子供のころを考えると、35度超えが当たり前の夏が来ようとは想像すらできなかった。じぶん自身の体力の低下もあるとは思うが、クーラー無しで眠ることができないばかりか、昼にクーラー無しで家にいることもこんなに苦痛な夏になろうとは。

この気候の原因を追及することは重要なことだ。しかし、仮にその原因が判明したとして、簡単にそれを取り除くことは不可能だろう。そうであれば、原因が何であったとしても、取り敢えずこの猛暑対策が必要となる。もし、こんな時期に電気が止まってしまうような事態になったら一大事である。今思えば、じぶんの子供のころの夏は優しかった。電気エネルギーの世話にならずに自然の風で過ごせた。

今、自然災害として、地震、津波、豪雨、竜巻、火山など、また医療問題として致死率の高いウイルスなどが注目されている。しかし、この「猛暑」もこののリストの端に記されなければならないのではないかと考える。くり返しになるが、もし電源の供給が途絶えるような事態が惹起したならば、社会的に病原菌蔓延に類似した現象となろう。「クーラー」(電気エネルギー)を消費しなければ生命の維持が難しい自然環境というのはこの邦の歴史にあったのだろうか。

寒さを凌ぐ−生命維持−ために「火」を使うというのは、この邦ばかりではなく人類史の中で必然であったろう。しかし、暑さを凌ぐ−生命維持−ために「火」(発電の素)を使わなければならないという事態があっただだろうか。しかし、世間では、まだこの事は問われていない。

この酷暑の8月、6日の広島原爆投下、9日の長崎原爆投下、15日の終戦の日を迎える。今年は終戦から70年目で特別の年と見られている。それは70という数字によるものか、関係国の諸事情によるものかは不明だ。どっちにしても、人間の脳内現象だろう。この機に合わせたかのように、国会では安保法案が審議されている。巷間でも有識者を中心に侃々諤々の状況だが、メディアの報道振りを見ていると「反対」の方が優位のようだ。

投げ遣りな物言いになるが、じぶんは、どっちでもよい。ただ、今の視点から見れば「廃案」の方がより大きな問題を抱え込むような気がする。なぜなら、反対側に廃案後の具体策が見えないからである。多くの人は ” 安保法案には反対だが、イザという時は自衛隊が護ってくれる ” と思っているように感じられる。

PODCASTのトークで、岡田斗司夫氏が「憲法を護るために国が滅んでもやむなし」と語っていた(因みに氏は改憲容認派)。このぐらいの筋の通し方が求められると思う。この8月は「日本の一番暑く長い月」であってもよいのかもしれない。エモーショナルな部分も全て否定することはできないが、ひとり一人が自分なりに筋の通った物語を紡いでみるのも価値あることのように思える。
             

詐欺ではないにしても・・・

  • 2015.06.05 Friday
  • 13:17
 CATV会社から、7月より利用料金を翌月払いから当月払いにするとの「お知らせ」が届いた。サービス向上のためにシステムの変更が必要となり、これに伴い当月払いに変更になるという。一利用者としては何のことやら意味不明で、「お知らせ」の中の図を見て咄嗟に思ったのは、「旨いことやったな」ということである。

JCOM

本当のところは不明だが、これで合法的(?)にお金を集めることができる。この7月は当月分と前月分の2カ月分を徴収され、会社には2カ月分の現金が集まるわけである。そして、ここがミソだが、この二重取りは利用者が解約しない限り精算されることはない。

もっと言えば、何年か後に金繰りのために、今度は利用料金を前払いにしますという手を打つことも考えられる。まさか、背景にこんなシンプルな思惑があるとは思えないが、当方がこんな勘ぐりをしてしまうほどに、あまりに突然の「お知らせ」だった。ある評論家の「国全体がブラック企業化している」というコメントが頭をよぎる。

国、地方公共団体、民間を問わず、永続的なサービスを期待せざる得ない事業に関しては、前払いという手法は有効な一手だろう。CATVなどは解約しても個人的にさほど困らないが、税金、公共料金などでこんなことをされては堪らない。国を解約するわけにはいかない。

まてよ、国の膨大な負債は、既に何十年も先の前払いをさせられているようなものとは言えないだろうか(?)。何とも、国の仕組みというものは奇奇怪怪なものである。

これは人間社会進歩の象徴か

  • 2015.05.18 Monday
  • 20:16
「爆買い」という造語が独り歩きを始めた。新語として定着するのだろうか。驚くような映像が飛び込んできた。社員旅行で大量の観光客がニースを訪れたというもので、当局も大歓迎したという報道になっている。(https://youtu.be/sx-qvJOwMNo

どう見ても普通ではない。普通ではないのだから裏があると考えるのが道理で、初めっから当局間で仕組んだイベントなのだろう。その動員数と予算、使用された飛行機便数などはニュース的にビックリものだが、もっと驚いたのは ”そこまでやるの” という方である。

ニースなどは、じぶんにとって高根の花で、一生縁のない処だろうと思ってていた。しかし、恥も外聞もなくプライドもかなぐり捨てて、あのようなイベントを企画せざる得ない(?)というのは何と表現してよいものやら戸惑う。

じぶんの中では、ニースはオシャレでもクールでもないふつうの処になってしまいそうな気がする。芸術の都パリも、最早、幻想なのだろうか。それ以上に、ヨーロッパが、今までじぶんがイメージしていた文化圏では無くなってきているのかもしれない、という思いが起こってくる。中東のみならず、アジア、そしてヨーロッパも歴史的変態の時代に突入しようとしている。

じぶんの定年の辺りを境に、人間社会も「林住期」を迎える時期なのか、というぼんやりとした予感もあったが、本当にそんな気配の世界の状況を垣間見ると、どうか上手に乗り切ってくれという思いが強くなる。個人は故人となるが、文化はメタモルフォーゼで進化できるものだから。朝のTV番組で、高学歴の女性アシスタントが「お金を使ってくれるからいいですね」とコメントしていた。
人類
さて、本邦か異邦か、アジアはどこが主導で乗り切れるのだろう。東アジアの周さん・朴さん・金さんの団子三兄弟はアクが強すぎるし、さりとて晋さんは三兄弟とは相性が悪い。一層の事、西あるいは北の方から強い思想的リーダーが現れないものだろうかと妄想してしまう。南からもありだろうか(?)。

地方選挙が続いているが

  • 2015.04.21 Tuesday
  • 21:03
統一地方選挙(とういつちほうせんきょ)は、地方公共団体における選挙日程を全国的に統一して実施される日本の地方選挙である。ある一定期間に任期満了となる都道府県や市区町村の首長および地方議会議員について4年に1度(卯年、未年、亥年)実施される、と  Wikipedia にある。

昨年は地方議員が世間を賑わした。某県会議員の ”泣きじゃくり会見” は世界的に話題となった。また、某都議会議員の ”セクハラやじ” では、当議員がまだ五十前後のヤング議員(比較の問題だが)であったことに驚いた。第一報を聞いた時は、てっきり、じぶんと同世代以上のジジイ議員だと思ったのである。高齢化社会で唯でさえ肩身が狭いのに何てことを言うんだ、と思ったものだが、じぶんから見れば一回り以上も若い議員であったことに困惑した。

4年ほど前から、隣町の公共施設・コミュニティーセンターで仕事をしている。指定管理事業者のパート雇用である。月に8から9回、17時〜22時の受付・清掃業務である。定年まで役所の仕事をしたことがなかった。公務員であったことは一度もないし、また業者として委託業務の仕事をしたこともなかった。ただ、会社の開発部門に所属していた頃に、許認可関連で随分と所轄の役所に出向いたという経験はある。

指定管理事業者の雇用と言えども、公共の施設を管理する側の立場というものは民間とは異なるものだという空気の違いは感じ取ることができる。4年が過ぎて思うことは、役所がこの施設をどうしたいのかということがサッパリ分らないということである。一年前、パート先の公共施設の指定管理事業者が変わった。引き続きパートを継続できることになったのだが雇用条件は悪化した。

雇用条件が悪くなったのは市の財政が逼迫しているからだ、と会社の担当者から説明があった。しかし、個人的には、そんなに苦しいのなら何で公共施設の ”運用停止” ということが検討されないのかが不思議でならなかった。数ある施設を半分に減らすとか、交互に運営するとか、運用形態を完全に変えてしまうとか、色んな選択肢が考えられる。

しかし、役所の取った方法は指定管理事業者への補助金削減というもっとも安易な方法である。不足分は自分で何とかしろという話である。会社は会社で指定管理事業の受託をしたいという ”欲望” がある。役所の条件が厳しくなっても、売手市場のようで、申請する会社が減ることはない。会社にとって補助金という安定収入は代えがたい魅力があるようだ。

役所は役所で直営より低予算で「利権」を行使(振りかざす)できるわけで、こんなに旨い話はない。身を削ることはしない。一方、施設の利用者(市民)は利用者で行政サービスを当然の権利と考えている。だが、逼迫した市の財政を推し測ることはしない。誰も増税を望まない。こうして、役所も、事業者も、利用者も、誰も施設運用の費用対効果を真面目に考えることがなくなった。

ラジオ番組で、地方行政を取材しているジャーナリストが、地方議員は第三者が指摘しないと非常識な言動を止めないものだ、と語っていた。世界的には、遠きにも近きにも様々な妖しき策動がうごめいており、それを嘆く声も多い。しかし、自分たちの本当に身近な地方自治も、思いのほか妖しい状況にあることに気がつかなければならない時がきていると考える。

スタップ細胞事件の真相

  • 2015.03.11 Wednesday
  • 20:00
今日、4回目の3.11を迎える。今でも、あの時のことを考えると戦慄が走る。忘れてはいけないことなのだろうが、しかし、意識的、無意識的に思い出さないようにしている気もする。これもまた、人として仕様がないことなのかもしれないと思う。今日の投稿は、じぶんも含め、その仕様がない人々に関わる話になる。

ずっと気になっていた事だった。事の始まりは、昨年1月の理化学研究所_発生・再生科学総合研究センター(CDB)の記者会見だ。TVのニュース番組で見たが、何かちょっと疑問が残る会見だった。あのニュースを見て数日後、ブログに投稿した。お祭り騒ぎの記者会見に違和感を感じたことを書いている。
参照:新型万能細胞の発見の報! (2014/02/01)

科学的成果の記者発表はもっと厳粛なもの、という個人的な印象がある。特にそれが「世紀の大発見」との評価に値するものであるならば尚更である。ずぶの素人の目にもあの記者会見は異様に映った。そして、間もなく、様々な疑義が取りざたされるようになっていく。この急な展開には記者会見以上に驚いた。

あれは一体何だったのか。誰か整理して分り易く教えてくれないものだろうか、とずっと思っていた。そこで、須田桃子著『捏造の科学者』が出版になったとの広告を見て注目、新聞の書評を見て読んでみなければと思った。

捏造の科学者捏造の科学者
発行 文藝春秋(amazon
2014年12月 第一刷
2015年 1月 第二刷

著者 須田桃子
1975年千葉県生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了(物理学専攻)。2001年4月毎日新聞社入社。生殖補助医療や生命科学、ノーベル賞などを担当。特にiPS細胞については2006年の開発当初から山中伸弥・京都大学教授のノーベル賞受賞まで継続的に取材してきた。森口尚史氏の「iPS細胞を使った世界初の心筋梗塞移植手術」については、その内容を疑い記事化を見送った。今回のSTAP細胞事件では、当初は「世紀の発見」と理研の発表を信じた。しかし、疑義が指摘されるようになると、各関係者への取材をもとにスクープを連発、一連の報道をリードし続けた。


結論から言えば、この著書でも疑問は解消しなかった。しかし、事件(と言うべきなのかどうかも正直判らない)の背景にある幾筋かの文脈が見えてきた。読み始めて直ぐに、これは手ごわいと思った。著者は毎日新聞の科学記者である。特に生命科学関連の記事に深く関わってきており、今回のSTAP細胞も新聞社としては最適の人材だったのだろう。著者も、一般人向けに手加減して書いてはいるのだろうが、ある程度の生物学・生命科学の予備知識がないとついていくのは困難だ。それは諦めた。

動物は一個の受精卵(万能細胞)が分裂を繰り返し個体(臓器、筋肉、骨等)を形成していく。基本的に、一度何らかの個体の構成物に分化した細胞は元(万能細胞)には戻らない。しかし、長年の研究・実験で人工的操作によって例外的に元に戻るものが発見された。ES細胞、iPS細胞が科学的に認知されている。しかし、ES細胞、iPS細胞は難しいDNA操作を必要とする。そこに、体細胞を弱酸性溶液に浸けるだけで万能細胞(STAP細胞)に変化する、という発表がなされたのだから大騒ぎになる。

さらに、ちょっとした外部刺激(?)だけで万能細胞ができるということは、外部から万能細胞を注入しなくとも、生物の体細胞を直に万能細胞(STAP細胞)に変化させ得るかもしれないという可能性が見えてくる。このことは本書を読んで初めて認識した。あの記者会見でも、そのことを示唆するようなことが語られていたらしいが、勿論、これが実現すれば医療の世界に革命が起きる。

しかし何故、最初の記者発表の席で、まだSTAP現象の追試確認ができていない段階で、この「夢の話」を強調したのかが不可解だ。直ぐに、論文に次々と疑義の箇所が発見される。テラトーマ画像、TCR再構成、キメラマウス、八番染色体のトリソミー等々、じぶんには詳細は理解できないが、これらSTAP細胞(現象)を証明しうる事象について、論文は明らかにしておらず、また関係者も納得のいく説明をすることができないという事態に陥る。

それでも、世間には、検証実験でSTAP細胞(現象)を確認できれば いい のではないかという空気が醸成されてくる。じぶんも ” それで目出度し目出度し ” となればいいと思っていた。仮に、小保方さんしか作れないということが分かったとしても、サイエンスからは逸脱する話かもしれないが、そういう現象があるという事実が判明しただけでも 、それはそれで ”良し” と思っていた。

しかし、本書の著者はそうは考えなかった。著者は、学歴からみると科学者を目指ししていたのかもしれないが、職業として新聞記者を選んだ。その経緯は分らないが、記者としての倫理観をも充分持ち合わせている人物に違いない。著者の以下の言葉が心に残る。

 確かに、「STAP細胞があるのかないのか」は最も分りやすく、社会の関心も高いテーマだ。「あります」と言い切った小保方氏の記者会見などで拍車がかかった面もある。
 しかし、科学は長年、論文という形式で成果を発表しあい、検証しあうことで発展してきた。本来、STAP論文こそ、STAP細胞唯一の存在根拠なのである。研究機関自らが、社会の関心のみに配慮して論文自体の不正の調査を軽視し、先送りにしたことは、科学の営みのあり方を否定する行為ともいえよう。理研の対応は科学者コミュニティを心底失望させ、結果的に問題の長期化を招いた。何より理研は、「信頼」という研究機関にとって最も大切なのもを、失ったのだ。


この事件の背景には組織の意図、関係者らの個人的な思惑があったことも覗える。調査委員会は小保方氏の論文に「改ざん」と「捏造」があったと認定した。最終的に、ネーチャーの論文も撤回となった。指導者の笹井氏は自ら命を絶って口を閉ざした。著者も、「あとがき」に、2014年11月現在、STAP問題は終わっていないと書き記した。

関係者に処分が下され、理研の野衣理事長がこの3月で辞任することで一区切りつけられようとしている。しかし、誰がなぜ、どのように研究不正行為に関わったのか、という疑問は遺されたままだ。安易にこの結末の善し悪しを問おうとは思わない。また、小保方氏のみにその責があるとも思えない。

人間には色んな欲求がある。真理探究の欲求もその一つだ。そして、これらの欲求に優劣があるのだろうか、とも考える。優劣をつけたいというのも、また一つの欲求なのかもしれない。じぶんの中にも、欲求は皆同じだという想いと、いや優劣があるという感覚が共存する。

人の行動を決定する動機(欲求)は複雑だ。後で、どうしてあんな行動を取ったのかが分からない時もある。もし、この事件の真実というものが解明されるとしても、それはいくつもの事象が錯綜したものに違いない。そして、もし、この事件を解明できる科学的手法というものがあったとしても、その結論を検証することはできないだろう。人とはやっかいなものだ。しかし、これもまた、誰のせいでもない。

関連投稿:STAP問題を考えてみる (2014/04/13)
     数理生物学 (?) のはなし (2014/04/09)
 

お二方は何を背負っているのだろうか

  • 2014.11.11 Tuesday
  • 11:15
 何とも違和感いっぱいの不自然な写真である。お隣さんとはあまり上手くいっていないらしいのだが、しかし、じぶんが近頃の外交事情をよく理解していないことは承知のうえで、なぜ上手くいっていないか、本当のところサッパリ分からない。

歴史問題とか何とか言われているのは百も承知だが、そんなものが今世紀になって外交上の深刻な問題になるとは、正直なところ全く府に落ちない。そんなことがある訳がない、何かウラがあるに違いない、とついつい考えてしまう。

日中首脳ご両人の冴えない表情は何が原因か。おそらく、ご両人自身にも本当のところは理解出来ていないに違いない。

それぞれ国を背負っていると言っても、働いている精神はそれぞれ身体の上に載っかって機能している個人の{脳}である。抽象的な概念の「国」に具体的な{脳}が存在するわけがない。

何ともやるせない話である。個人的には何の因縁もなかろうに、「国」の精神を背負っていると思わされている{脳}は正直に表情をコントロールして見せる。

身体から自由な精神などは幻想だ。そして、国土から自由な精神・思想もまた幻想だ。イライラの原因は単に身体が空腹を訴えているに過ぎないことが多い。何か深遠な真理、真実でもあるかのように{脳}が妄想してしまうのは、{脳}が持つクセ(”業”)と、少し身体が運動不足か血糖不足になっているためである。

この世紀には「大脳政治学」が必要だ。地球の表層に表出する様々な炎症を収めるには、新しい学問(哲学・科学)と教育(修行)という施策しかないだろう。

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