2030年の世界を予測する!!

  • 2013.10.16 Wednesday
  • 13:48
あまり此の手の本は買わないのだが、久しぶりに買ってしまった。4ヶ月ほど寝かせてしまったが、一通りザーッと読んでみた。どんだけ信憑性があるのかなァと思ったり 、何となくそんな気もするなァと思ったり、どちらにしても、そんなにインパクトを与える内容とは思えなかったのだが、しかし。
 
2030年世界はこう変わる2030年世界はこう変わる
アメリカ情報機関が分析した「17年後の未来」
講談社(amazon
2013年4月 発行

評論家の立花隆氏が本書の序文を書いている。序文のタイトルが「本書を誤読する人と精読する人では大きな差がつくだろう」というのである。立花隆と言えば、じぶんが長年 ”ものの見方考え方” を学んできた人物の一人でもある。このところ、あまり著書に縁がなかったのだが、その先生の提唱することなので注目すべきであるとは思った。ただ、一読したところでは、本書の内容にそんなに目新しいものは感じられなかった。

本書は米国国家情報会議 NIC(National Intelligence Council)によって編纂されたものである。NICは、CIAや国防総省、司法省、国家安全保障省ほか、アメリカの各情報担当機関や著名大学の学者から提供された膨大な情報をもとに、15年〜20年程度のスパンで世界情勢の予測を行う国家の諮問機関として、1979年に設立されたという。よって、そもそも、この報告は大統領と閣僚、議会有力者などにしか公開されなかった。しかし、今は一般にも公開されるようになっている。もちろん、大統領などには別バージョンのディープ版が渡っているはずと、立花氏も述べているが、一般公開するようになったことの意味(?)は不明だ。

欧米、日本の後退と中国、インドの台頭。進む高齢化と食料・水・エネルギー問題、等々。どれも、以前から評論されている問題である。もっとも、本書では、上記問題についてもあくまでトレンドであり、現実にはそれらが複雑に交錯したものになると考察している。

報告書のまとめとして、2030年の世界の姿は無限に想像できるとしながらも、そのなかから4つのシナリオを紹介する。
    峅な橡徑遏弖
   ◆嵎特羔調」型
   「格差支配」型
   ぁ嵌鸚府主導」型
以上四つの型である。これについても、シナリオのどれか一つに沿って変化するというよりは、この四つのシナリオが複雑に絡まったものになるとしている。" ◆嵎特羔調」型 " がもっとも楽観的で世界経済全体が押し上げられるというのは、当事者国の強い潜在的願望であろうか。

やはり、天気予報を思わせる。天気予報の精度はむかしに比べれば隔世の感があるが、それでも翌日の天候さえ外れるわけである。17年後の世界(人間社会)など"当たるも ”八卦当たらぬも八卦" であろう。と、じぶんは正直なところそう思う。

しかし、このような報告書が無意味だとは思わない。本書のような報告書を前にも読んだことがある。『成長の限界』である。
 
成長の限界成長の限界
ローマ・クラブ「人類の危機レポート」
ドネラ H.メドウズ
ダイヤモンド社(amazon
1972年5月 発行

1972年の出版なので41年前の本である。じぶんも、出版後まもなくに買っているので、40年前に読んでいる本だと思う。手元にないので引っ越しの時に処分してしまったらしい。今なお再販されているというから超ロングセラーだ。内容はすっかり忘れてしまったが、指数関数で表される現象の異常さに初めて目を開かされたことは覚えている。環境、資源(食料・エネルギー)など、自然現象の影響下にある事象を対象にしていたためか、データを駆使して理路整然とした内容だったように記憶している。そして、この報告書が、以後、世界の関係者の意識・無意識に働きかけ、施策・研究等の促進に影響を与えたと確信する。

そういう意味で、未来予測の報告書は有益に機能する期待が持てる。本書『2030年はこう変わる』はどうだろうか。じぶんは、本書にはストーリー性を強く感じる。もちろん、元本の内容は知るよしもないのだが。本書を読んでいて、連想したイメージが 川尻徹著『滅亡のシナリオ』だった。これも古い本だが、まだ手元にある。

 
滅亡のシナリオ滅亡のシナリオ
川尻 徹 著
祥伝社(amazon
1985年 2月 発行

復刻版
クレスト社
1995年12月 初版発行


 
本書(復刻版)について、立花隆氏が「週刊文春」(平成7年7月27日号)に記事を載せている(じぶんは読んではいない)。奇しくも、オームによる地下鉄サリン事件が発生した年であり、麻原彰晃が本書(原本)の愛読者だったということで、復刻版が企画された経緯がある。

立花氏は記事のなかで、「なぜ(麻原は)ハルマゲドンを自ら起こそうとするなどという無謀な試みをしたのか。そこのところがずっと謎だったのですが、最近一冊の本を読んで、謎がやっと解けた思いがしました。それは川尻徹という精神科医が書いた『滅亡のシナリオ』というヒトラーについて書かれた本です。麻原はこの本の熱心な読者でした」と述べている。

本書は、ヒトラーはノストラダムスの予言を実現するために第二次大戦を起こした、という内容の本である。一般的には「とんでも本」の範疇に入れられてしまうのだろうが、じぶんは、簡単に割り切れないものを感じている。川尻徹・説の正否はともかく、人間社会ってそういうことがあり得るのではないか、そう考えておいた方がいいのではないか、と思うのである。事実、麻原彰晃はそれを証明するような事件を起こした。予言(予測)を実現するには、それを実行しようとする勢力が現実に行動を起こすことが、もっとも実現の可能性を高める方法となる。

『2030年はこう変わる』はその正確さを問うよりも、むしろ、ノストラダムスの予言と同じと考えた方が的を射ているのではないかという気がする。本書が広く世界中に広まり、各社会の多くの影響力を持つ人々に読まれれば、ヒトラー(事実は不明だが)のように、麻原彰晃のように、その予測(予言)の実現のために、意識的あるいは無意識に行動を起こす人物・団体が出てくるかもしれない。

本書のオビに立花隆氏のコピーが載っている。”「日本はもはや復活しない。アメリカは2年後、中国も12年後にはピークを過ぎる。すさまじい大変化が起きるだろう立花隆 ” と印刷されてあるのだが、これの意図は何か。確かに、本編に同様の内容が載っているのだが、断定的な表現ではない。このコピーが立花氏によるものなのか、出版社によるものなのか、聞いてみたいところである。同じく、序文の「誤読」と「精読」についても、もう少し詳しく解説してもらいたいものだと思う。

しかしながら、本書には、細かい記述だが「なるほど!」あるいは「なに??」と思わせるような箇所がいくつかあった。それは、” 欧米型の価値観と新興国側の考え方を混成させた「ハイブリッド型」のイデオロギーへの期待 ”、” 世界のインターネット利用の9割が民間企業30社を通じて行われているが、これらの企業の監視体制の強化によりインターネット犯罪の撲滅が可能 ”、”「遺伝子組み換え食物」は増え続ける世界人口の胃袋を満たすうえで有効な技術 ”、そして、” 無人トラクター、マイクロ灌漑などの農業技術 ” などである。

本書『2030年はこう変わる』にも、シナリオは無限にあると書かれている。未来社会は世界の人々の強いヴィジョンによって創られると考え、さらに、本書に記載されているシナリオは可能性の一つとして、良き未来のイメージを作りのための糧とするならば、本書も大きな役割を果たすことになるのではないだろうか。
 
関連投稿:東日本大震災は人工地震だった? (2011/04/30)
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平成の正念場を迎えて

  • 2013.09.28 Saturday
  • 21:19
オリンピック開催までの7年は、”平成・正念場の年間” と捉えることができるのではないかと思い始めている。この時機にオリンピック招致が決定したということは、本邦にとって大きな試練を与えられたことになると同時に、未来に向けての好機到来と考えることもできる。

長年低迷している経済問題、にわかに荒れ出した隣邦につながる海流、そして平成11年3月の大震災を考えると、本邦の将来は暗澹たるものに思えてしまう。一見八方塞がりに見えてしまうゲーム展開で、世間では、批評家たちが弱腰だとか、孤立するとか、それぞれ思い思いの勝手な意見を展開する。しかし、どれもこれも妖しげで曖昧なものに思える。

しかし、オリンピックに続き、次期駐日大使としてケネディ大統領の長女キャロライン・ケネディ氏の就任が確実となり、さらに新型ロケット「エプシロン」の打ち上げ成功、リニア新幹線の話題など、昨今、本邦を明るくするようなニュースがバックアップする。

しかしながら、オリンピック招致でも課題になった福島原発の汚染水問題、いつ起きるとも分からぬ東京直下型地震、今夏に体験した猛暑とゲリラ豪雨に暴風と竜巻など、自然の不安も拭いきれない。このような状況を前提としたオリンピック開催を考えれば、単に ”スポーツの祭典の開催” などと割り切れぬ思いが残る。

怪しくゆらぐ隣邦をみれば、この7年の間に、陰に日向に機を見て足を引っぱる行動に出てくることは想像に難くない。内に経済と災害、外に小難しい隣人への大人の対応と、頭の痛い問題を抱えながらオリンピック開催までの準備を整えることを考えると、まるで年老いた異邦人でもあるかのように、うつろな目で ”大変だなあ” と見てしまうじぶんがいる。

しかし、一方で、この7年で本邦の諸問題を解決するために、邦人一丸となってその解決に取り組むよすが(縁)とするならば、これを千載一遇の機と捉えることも可能だという強い想いもある。行政改革、財政改革、教育改革、法整備、原発・エネルギーの展望、インフラ整備、震災地と地方の再生、などなど。もし、7年後のオリンピックに向けて、これらの問題解決に本気で取り組みための動機付けになるとするならば、神風が吹き次の御代に向けての大きな進展になりうるかもしれないのである。

今、一人の団塊世代老人として思うところは、積極的な支援はならぬとしても、せめてお邪魔にならぬように生きたいうことである。じぶんの住まいの近隣にも老人が増えたなあと実感する。どこに出かけても老男女が目立つ。そして気になるのが、いろんな場で見かける無自覚・無神経な老人たち。老いの為もあるのだろうが、同胞として、見ていて本当にみっともなく恥ずかしい。

高齢者再生は本邦再生のカギであるというのが、じぶんの信念である。高齢化社会が避けることのできぬ現実であるとするならば、そのことに蓋をするのではなく、積極的に社会構造の改革をすべきであると考える。限られた人的資源を有効に活かさぬ手はない。この7年でどこまで実現できるか。それは、オリンピックのみならず、以後の本邦の行く末を占うカギにもなる。じぶんはそう思っている。

今どきの若者と日本の未来

  • 2013.06.28 Friday
  • 21:01
27日、韓国大統領が慣例を破り日本より先に中国を訪問した。マスコミは、すぐに ”日本外しか?” と反応、また、就任後異例の早さで中国国家主席が訪米し、米中首脳会談が行われたときも、”8時間”という長い会談時間に過敏に反応していた。

こんなマスコミの報道を見聞きするたびに本当に違和感を覚えてしまう。むろん、国を代表する人物の行動は重要な情報の一つではあろうが、しかしこの表面的に報道されていることが、この世界でどれだけの意味を持つのだろうか。大半の人びとはマスコミがスポットライトを当てる処しか見ない。しかし、スポットライトの当たっている処などほんのごく一部分にすぎない。ほとんどの社会的現象はスポットライトから外れた処にある。

世界がネット(インターネット)社会に向きだしてから、スポットライトの当たらない処にも、いろんな脈動が感じられるようになった。いつも旧態依然とした処にのみスポットライトを当てているマスコミも、時折そのライトを探査モードに切り替えるときがある。

税所篤快くんもそんなタイミングで発見された一人なのだろうか。じぶんは書店で著書を見かけるまで全く知らなかった若者だ。本のオビに、”朝日、日経、日経ビジネス、アエラほか各メディアで話題!”、”NHK「おはよう日本」 日テレ「ニュースZERO」ほか出演で大反響!”、”東大、ユニクロ、DELLがこぞって出資する24才”と記されているので「時の人」と呼んでいいだろう。税所篤快著『「最高の授業」を世界の果てまで届けよう』(飛鳥新車:amazon)を読んでぶったまげた。

「最高の授業」を世界の果てまで届けよう

税所篤快(さいしょ あつし)さん プロフィール
国際教育支援NPO「E-Education」代表。早稲田大学教育学部4年在学中。1989年生まれ。東京都足立区出身。2009年、失恋と一冊の本『グラミン銀行を知っていますか』をきっかけにバングラディシュうに渡り、19歳でグラミン銀行グループの研究ラボ初の日本人コーディネーターに就任。翌年、事業「e-educationプロジェクト」を立ち上げる。その後独立し、バングラディシュの貧困地域の高校生を対象に、DVDを使った映像授業を展開。初年度の2010年、最難関のダッカ大学に合格者を出す。現在は「五大陸ドラゴン桜プロジェクト」をかかげ、バングラディッシュ、ルワンダ、ヨルダン、ガザ地区などでe-educationの活動を展開している。2011年、世界経済フォーラム「グローバル・シェイパーズ・コミュニティ」選出。2012年、米DELL主催「ソーシャル・イノベーション・チャレンジ」世界3位に入選。2013年、ユニクロ主催のチャリティファンド”Clothes for Smiles”プロジェクト選出。現在、「ソトコト」「日本ビジネスオンライン」に活動レポートを連載中。著書に『前へ!前へ!前へ!』(木楽社)がある。

e-Education : https://www.facebook.com/eedu.jp


これが次世代を生きる新らしい日本人なのだろうか。じぶんの世代、じぶん等の子供の世代とはまた異なる日本人が誕生しているのではないかという思いがしている。著者は現在24才の大学7年生。足立区に生まれ、小中学校はそこそこの成績で何とか都立両国高校に入学したが、早々に落ちこぼれる。しかし、これが彼の人生を変える端緒となる。

高2の夏に、運命の出会いが訪れる。「日経エデュケーションチャレンジ」というイベントで一橋大学イノベーション研究センター教授の米倉誠一郎(wikipedia)氏との出会いだ。この出会いに触発され、落ちこぼれから心機一転 、T予備校に通い早稲田大学教育学部に合格する。

このT予備校(DVD授業)との出会いも、その後に繋がって行く。入学後、大教室の授業では、居眠り、マンガ、携帯電話、そしてそれを意に介さない先生に疑問を持ちやる気をなくす。しかし、ここからが彼の真骨頂、いろんな事に首をつっこみ、まずは行動を起こし失敗の体験を積み重ねていく。

そして、失恋を契機に「社会企業家」を目指すようになり、一冊の本と出会う。秋田大学 坪井ひろみ著『グラミン銀行を知ってますか』(amazon) である。これをきっかけに、彼はバングラディッシュまで出かける。

その後紆余曲折を経て、日本の予備校システム(DVD授業)で恵まれない子供たちの教育支援を目的とする「e-Education」を立ち上げ、2013年4月現在でバングラディシュ、ルワンダ、ヨルダンとガザ、フィリピン、ベトナム、ハンガリー、インドネシアで活動を続けている。彼らのDVD授業の特徴は講師に拘っていることだ。その国、その地域一番のカリスマ教師を探すところから始める。これは日本の教育にも有効な手立てだと思う。

ともかく、驚くのは彼の行動力と、世の役に立ちたいという一途さ、本当の動機は失恋だったと白状する素直さである。そして、少年期からネット社会に馴染んでいるため、ふつうに高いICTリテラシー(※)を身に着けている。瞬く間に、グローバルに仲間を形成する。まるで幕末期の青年(志士)を見る思いがする。
※ICTリテラシー:ネットワーク通信による情報・知識の共有化能力

世界の東方で、縄張り争いを続ける習さん、金さん、朴さん。そろそろ足を洗って、堅気になろうという気にはならないものだろうか。とくに、金さんは新人類、税所篤快くんに近い世代ではないか。辺境の晋さんも、旧い任侠道への憧れなどは捨てて、お天道様の下で恥ずかしくないような道を歩んでもらいたいものだ。

どちらにしても、ヤクザなオジさん、オバさんの時代は終わりに近づいているのではないだろうか。我々一般市民も、マスコミの報道ばかりに眼を奪われずに、しっかりと真の ”ながれ” を注視しなければならないのではないかと思う。このことはじぶん自身への戒めともしたい。

65歳雇用義務化による 「若者vs中高年」 問題?

  • 2013.04.17 Wednesday
  • 15:49
従業員を65歳まで雇用するよう企業に義務付ける 「改正高年齢者雇用安定法」 が、4月1日に施行された。 これも賛否両論あり、特に若者と中高年の世代間闘争に誘導するようなマスコミの記事も目にするが、これは本質から外れているように思える。じぶんがシニア世代だからと言うわけではないが当法律には賛成である。年金の受給開始が65歳に引き上げられることを考えればやむを得ないと思う。

ただし、中高年側の意識改革も必要である。法の権利を受容するだけでは能がない。これからの日本は、老若男女が広く参画して価値の創造に関われるような社会が必要になる。これがじぶんの信念である。そのためには、一般の人々も50歳を迎えた辺りから SECOND LIFE を真剣に考えるべきだと思っている。できれば、積極的に自分の人生を考え直して自分の LIFE STYLE を再構築すべきである。と、まあ偉そうなことを言ってしまったが、じぶんの定年後のあり様を見ればじくじたる思いがある。

しかしながら、今でも、若い世代に全てをおっ被せて済むことではないという考えに変わりはない。定年後まで面倒なことは負いたくない。第二の人生は趣味で楽しく生きたい。そんな声も聞こえてきそうだ。そういった意見に反論する気はない。それはそれで尊重すべきと思う。しかし、シニア世代の1割でも2割でも、社会参加の意識を呼び起こせたなら、どれほど日本の社会の力になるだろうかと想像するのである。却ってじゃまになるという意見もあろうかと思うが、それは ”考え方” 次第だ。

「改正高年齢者雇用安定法」 もいいが 「高齢者学び直し支援法」 でも作ってもらえないだろうか。じぶんがずっと思っていることである。シニア世代を一つの有望な消費マーケットとして考えるのも良い考えだが、逆転の発想で 「シニア市場」 の開拓という考え方はできないだろうか。 ”シニアの、シニアによる、シニアのための” と言えば語呂はよいが、”シニアのための” ではなく ”全世代のための” 市場を創造するのである。しかし、そのためには新たに学び直しの場が必要であるというのが持論だ。

シニア(例えば55歳以上)の学び直しのための場 −呼称は大学でも塾でもセンターでも良いと思う− を国内の要所に設立して、日本のシニアは等しく学ぶ権利を有するというものである。一例として立教セカンドステージ大学のような在り方あるが、他に多様な試みがあってよいと思う。重要なことは、いわゆる 「生涯教育」 とは一線を画するということである。ここでは最新の事実・理論等を本格的に学び、知識欲を充たすというより、何らかの具体的なアクション(起業・投資・NPO活動など) に結びつけることを目的とする。

こうして、シニア世代が 「改正高年齢者雇用安定法」 より 「高齢者学び直し支援法」 の方に興味を持つようになれば、新たな市場の誕生と雇用の流動性により社会に活気が出てくるのではないだろうか。じぶんの住む市に某大学のキャンパスがあり、その活用が縮小傾向にあると聞き、もったいないなと思っていた。たまたま、市のホームページに ”市長への提言” というコーナーがあることを知り、「シニア世代の学び直しの場」 として再生させることを提案してみた。返事を封書で頂戴したのだが、残念ながらさほどの関心を持ってはいただけなかった。

しかし、個人的に、この事は国策として実施してもいいのではないかとさえ思っている。少子高齢化への途をただ漫然と行くというのはつまらん話である。未来の日本を担っていくのは若者たちであるというのは、誰も異論のないところで当然のことだ。そこで、シニアの出番だ。巨大な金融資産を抱える(?)と言われるシニア世代。この国には 「若者 vs 中高年」 の構図があるとしても、むしろ、それを車の両輪として社会を支えあう存在にするという考えに転換すべき時に来ているのではないだろうか。

「ヤルタ会談」後の世界体制とは

  • 2013.02.04 Monday
  • 10:47
前回の投稿で、副島隆彦著 『ぶり返す世界恐慌と軍事衝突』 を参照した。その中で著者の持論 ”戦後の世界体制は「ヤルタ会談」で決められた” を取り上げた。その補足である。

近頃耳にする ” 「国際連合」- United Nations-は「連合諸国」と訳さなければならない ” という命題がある。つまり、連合諸国が敗戦国である日本とドイツ(とイタリア)を ”処分” してできあがったのが今の 「世界体制」 であるということ。今回、 『ぶり返す世界恐慌と軍事衝突』 を読んで、このことを改めて認識した。今まで、ほとんど念頭に無かったと言っていいほどである。

歴史で習っている事象ではあるが、それは過去のことであり、まさに”歴史”でしかないという思いだった。これは多くの日本人の意識ではないだろうか。しかし、まだこの命題が現実に生きているという主張は驚きだった。寝耳に水、目から鱗と言ったところか。そうすると、隣国の謂うところの ”歴史問題” とは、この 「世界体制」 を背景にした解釈と考えなければならないのかもしれない。

さて、著者 副島氏は、本書で尖閣問題に触れ、「施政権」 と 「領有権(所有権)」 の違いを問う。著者は、この「世界体制」 を前提にすると、尖閣諸島の 「施政権」 は日本にあるとしても、 「所有権」 は台湾か中国にあると考えるのが妥当と唱える。じぶんは、本書を読んだだけで、著者の説が正当なものかどうかは判断できないが、今の日本政府の 「領土問題は存在しない」 という見解だけで、果たして通しきれるものなのかどうかを危惧する。

著者の言うこの 「世界体制」 については、不当、時代遅れなど色んな意見を述べることはできるが、もしこれが国際的な現実とすれば、ここからスタートするしかない。個人的にも、この 「世界体制」 が前向きで未来志向の体制とはとても思えない。しかし、その想いも一方的な主張だけでは何ら解決には至らないのが道理だ。この 「世界体制」 の呪縛からの解放は、時間を要することではあろうが、日本の大きな外交テーマであり、また役割ではないだろうか。

 野田首相は、よくもまあ国連総会(2012.9.26)で 「国際社会の法と正義に訴える」 と言えたものだ。「国際社会」 とは何か、が分かっていない。国際社会とは 「戦後の世界体制」 のことであり、「ヤルタ=ポツダム体制」 のことなのだ。
 だから何としても話し合いをして、日本の主張と中国の主張を闘わせながら、折り合いをつけなければならない。何があっても話し合いで決着するべきだ。この海域の共同管理、共同開発で折り合うべきだ。アジア人どうしで、また欺されて、戦争をすることになったらどうするのだ。「アジア人どうし戦わず」 は、長年の私の血の叫びだ。
 日中両国は、これまで血のにじむ努力で平和にやってきたのである。共産主義の中国で、たくさんの人が殺された、だから中国人は残虐だ、というのは中国国内の話である。だから中国人は信用できない、不気味な民族だ、などと言うのは、自分のことを省みないで吐く暴言だ。それは右翼たちの歪んだ精神から出てくるコトバだ。他人のことを蔑むだけの言動は慎まなければいけない。人間はつねに努力して、他者に対して上品でなければいけない。

 私たちは、現在と将来にわたって責任ある行動をしなければいけない。この緊迫した時期に、真剣に知識を集め、深く考えなければいけない。すぐにでも日中の政府間の話し合いを始めるべきだ。それが大人の態度というものだ。日中の戦争だけは絶対に避けなければいけない。

著者のコトバである。著書に記載してあるストーリーの真実性を判断することはできないが、上記メッセージについては、ほとんど共感できる。今、日本の、日本人の採るべき道を示しているのではないだろうか。一時の感情に流されて道を誤ってはならない。もっとも、これは日本だけではなく、隣国の人々にも考えてもらわなければならないことではあるが。

「大日本帝国」 の亡霊

  • 2012.09.14 Friday
  • 19:35
今、 ”「大日本帝国」の亡霊” が極東を徘徊している。ヨーロッパでは1967年EC(ヨーロッパ共同体)が成立、後にEU(欧州連合)へと発展する。経済的側面が大きいのかもしれないが、やはり2度の大戦を経験して3度目のリスクをゼロにしたいという願いもあるのではないか。

一方アジアでは、1989年の冷戦終結後、日本のバブル経済の崩壊が始まり、対してアジア各国が力をつけ始める。そして、2010年にGDPランキングで中国が日本を抜いて2位となる。中国は経済力の発展と共に軍事力を増強し現在にいたる。昨今の尖閣問題もこのような中国の状況と無関係ではあるまい。

ヨーロッパでは不完全ながらも相互扶助を背景にした働きがなされているが、アジアでは全くそのような兆候が見られない。中国も国内に目を向ければ様々な利害が対立し、とても一枚岩とは言えないのが現実だろう。それは日本も同じこと。が、今の中国外交行動を俯瞰すると、どうしても ”大日本帝国の亡霊” に取り憑かれているとしか思えない。怨念と憧憬が絡みあった複雑な深層心理。

しかし、もはや 「大日本帝国」 は過去の歴史に葬り去ったもの。そんな亡霊に取り憑かれた国に未来はない。中国は一刻も早くその呪縛から自らを解放し新しい道を切り開くべきだろう。一方、日本は決して自らが ”「大日本帝国」の亡霊” を呼び込んではならない。しかし、現政府、さらに東都首長の言動を見ていると心配になる。

当面は対症療法で、あの手この手の手をうつしかない。戦後67年、我々は経済力は低下しても平和な生活が無条件に続くと思っていた。しかし、今、歴史的転換期に直面しているのかもしれない。不本意であっても、政府、官僚のみならず民間を含めた総力戦で取り組む覚悟が必要なのではないか。

しかし、亡霊に取り憑かれた異邦に対するには、最終的に 「高い精神性」 しかないだろう。

揺れる国境線

  • 2012.08.19 Sunday
  • 21:13
日本の国境線が揺れている。2010年9月の尖閣諸島での中国漁船衝突から始まった中国の領土問題アピール活動は、同年11月のロシアのメドヴェージェフ大統領時代(当時)の国後島上陸へと続き、今月10日の韓国 李明博大統領の竹島上陸、15日の香港漁船による尖閣上陸へとつながった。

”中露韓の包囲網” と評するネット記事も見かけたが、そんなに戦略的な組織だったものとは思えない。しかし、この機に乗じてという判断はおそらくあったろう。ロシアの場合は特にそんなケースに思える。いつもながら、理解困難なのは中韓両国である。前から囁かれているように ”内政問題” と見る方が的を射てるのだろうが。

”内政問題” を ”外交問題” にすり替えるというのが中韓両国の常套手段というのは、こちら側では常識になっているはずが、いつも振り回されるのは何故(?)。また、中韓両国が対日となると熱くなるのは何故(?)。”先の戦争” がトラウマになって、というよりトラウマになるように努力(あちら側では”教育”、こちら側では”洗脳”)し続けるのは何故(?)。

とにかく、理解困難なことが多い。今、香港の活動家たちが英雄扱いになっているというが理解に苦しむ。こちら側から見れば、この国が強硬な手段にでることはないというのが常識。そんな処に漁船で乗り付けるのは冒険家ほどのリスクもない。それで、何故英雄なのか(?)。それとも、あちら側からは ”尖閣上陸はエヴェレスト無酸素登頂に匹敵するほどの冒険” に見えているということなのだろうか(?)。

韓国大統領が ”日本はかつてのような影響力はない” と発言したらしいが、これは別に指摘されるまでもなく日本人自身が自覚している。そして、中国の強硬姿勢は日本の弱体化が誘因との見方もあるが、もしそうなのであれば、あの国の外交姿勢が意味不明だ。あの国が日本に比べて国力に本当に自信があるのであれば、日本などは放っておくのが得策に思えるのだが・・・。そうもいかない事情があるのか。

中国の若者だらけの反日デモを見ていると、教育の成果を思うと同時に中国政府の本音が揺らいで見える。中国政府、あるいは共産党は武力行使も辞さずの決意なのだろうか、もしそうなら何故なのか。益することが何もないように思えるのだが。また、デモに参加している若者たちの本心は何なのか。

中国政府、中国国民はアジアをどうしたいのだろうか。経済力、軍事力を強化したその先が見えない。まさか、かつての 「大日本帝国」 を範としているわけではなかろうに。そして、韓国も同様に、自分の国をどうしたいのか。韓国もまた 「大日本帝国」 の幻想に取り憑かれているわけではあるまい。

中韓両国の日本の歴史についての拘りは半端ではない。とすれば、過去の日本を反面教師としてアジアの協調関係構築に、先頭に立って尽力すべきは中国と韓国だと思うのだが。しかしながら、戦後の両国の対日外交を見ているととてもそんな気概は見当たらない。中国と韓国は、もうそろそろ日本の ”過去の幻想” から解放されてはどうか。本当にアジア、世界のために両国が貢献できる道を邁進してほしい。

この国においても、中韓両国とのお付き合いは悩ましいものではあるが避けて通ることのできない課題である。中韓両国の経済、外交政策を評価する意見もあるが、じぶんは範とすべきものではないと思っている。一時、経済面で中国、韓国がアジアの経済をリードする立場になったとしても、アジアそして世界の抱える政治経済問題が解決の方向に向かうとは思えない。日中韓、どの国もアジアをリードできるほどには熟成していない。

小さな領土問題に揺れるアジアを見ていると、アメリカの持つ経済的、文化的な底力、そしてヨーロッパの熟成した社会力には、残念ながらまだまだ適わないと思ってしまう。もともと、アジアは精神性こそ、欧米に対して誇れるものではなかったのか。経済力と引き替えにどこかに置き去りにしてしまったのだろうか。

いま、大前研一著 『企業参謀ノート』 を読みかけている。氏の大胆な発想力でスパッと解決策を提示してくれるかもしれない(?)。この問題については、また考えてみたいと思う。

利己的から利他的へ

  • 2012.07.08 Sunday
  • 12:12
日本の多くの企業がCS(Customer Satisfaction:顧客満足) からコンプライアンス(Compliance:法令遵守)へと舵をきったのはバブル崩壊がきっかけだったろうか。もともと、二つのコンセプトは決して相反するものではないはずなのだが、じぶんが勤め人だったころの体験からすると、この変革は右から左へという感じで相反する概念として捉えられていたように思う。

それは ”CS活動が好景気に支えられたお祭り騒ぎ” 的な雰囲気があったことへの反動が原因だと思われる。しかし、そもそも CS(Customer Satisfaction:顧客満足) は不景気の今こそ検討されなければならないコンセプトのはずである。コンプライアンスも ”法令遵守” と身も蓋もない意味に簡略されてしまっているが、yahoo!百科事典には 「広義には、民間企業、非営利組織、行政組織などが消費者、従業員・職員、取引先、株主などの利害関係者の要請に機動的に対応することを意味する」 とある。

残念ながら、コンプライアンスは狭義の ”遵守・受諾・服従” に解釈され、日本企業の気概を削ぐ遠因になっているように思えてならない。いつか、ラジオで ”コンプライアンスはアメリカによる陰謀” だと言う人がいたが、何でもかんでもアメリカの所為にするのどうかと思うが、そう言いたくなるほど日本の企業はコンプライアンスの呪縛に捕らわれているように思う。

実は、個人的な些細な体験から、フラッシュバックのように、こんなことを思い起こしてしまった。
先月、息子からマンション賃借契約の保証人になってほしいという電話があった。ここまでは何事もなく了解できる話だったのだが、ついては定年退職時の会社名、所属、役職、年収を教えて欲しいと言われ 「・・・?」 と思った。部家を借りるだけで変だなと思っていたところに、さらに印鑑証明書を用意してほしいと言われ、完全に 「怪しい!」 と猜疑心でいっぱいになった。

とりあえず、不動産会社から送られてくる書類を待つことにした。そして、書類が送られてきてからネットで会社のサイトを調べて、詐欺ではなさそうだと判りひとまず安心。送られてきた 「連帯保証人承諾書」 の文面は以下の通り。

 私は、上記物件の賃貸借契約と、上記賃借人が負担する一切の責務・義務に対し連帯保証人として、その責を負い保証することを確約いたします。
 尚、賃借人が契約違反等により物件の明け渡し請求を受けたとき、物件内及び共用部に残地荷物がある場合には、賃借人に代わってその荷物を引き取ると同時に、債務の支払いを保証することを確約いたします。
 また、借主もしくは入居者が居室内で亡くなった場合には、室内クリーニング、室内補修費用の工事費用をすべて連帯保証人としてが支払い、その現場にて、必ず立ち会いを行う事を確約致します。
 賃貸借契約が更新された場合及び賃料等の改定が行われた場合も引き続き連帯保証人になることを確約いたします。


一見、もっともな内容だ。しかし、保証人承諾書に印鑑証明書を添付するというのが最近の賃貸借契約の ”常識” なのだろうかと不思議に思った。もちろん息子は成人である。じぶんにとっては、成人した社会人と不動産管理会社の賃貸借契約ぐらい当事者同士で完結させるべきというのが ”常識” なのである。かつては、日本もそんな社会だったと思うのだが。

もちろん、敷金、礼金などという方法がベストとは思わないが、保険などの検討も含め、現代に合ったビジネスモデルの構築をすべきではなかろうか。この保証人に委ねきった営業手法を見ていると、合法で自分が損をしなければ良いという精神が見え見えで”嫌〜な感じ”がした。近頃話題の「生活保護」と同根の問題のような気がする。

一個人も一法人も社会の一員として自立し、その責任と役割を果たす。このぐらいのことは社会の ”常識” であると思う。この自立心の欠如は ”利己的” なコンプライアンス偏重が生み出した現象に思えてならない。こんな時代だからこそ ”利他的” なCSが見直されるべきだと思う。

肝心なのは、”利己的” が悪で ”利他的” が善ということではないということである。どちらも善でもなければ悪でもない。宗教的にはどちらかに偏重した原理主義ということもあろうが、一個人、一法人の生き方・在り方としては ”利己的” と ”利他的” の間をうごめくアメーバのようにあるべきである。どちらにも偏重しない。

しかしながら、今はコンプライアンスで ”利己的” 、”内向き” に偏りすぎている気がする。じぶんは、還暦に近くなってから、じぶんの周囲の事業店舗のサービスの在り方が気になって仕様がないのである。確かに、加齢による ”気難しさ” も否定はできないのだが、”歳” だけが原因とも思えない。

現在、アジア周辺国が台頭し相対的に日本が弱体化している。将来の日本のことを考えると、中国のような在り方は問題外として、アジア、世界の中でちゃんと役割を果たせる国であって欲しいと願う。それには、経済面だけではなく文化面でも、もっと元気な国に再生しなければならないだろう。

そのためには、”利他的遺伝子” の覚醒が不可欠である。
この辺で、攻守所を変え ”利己的遺伝子” には一歩下がってもらおう。


関連投稿  近頃の乱暴な営業マン (2011/06/12) 


心からの黙祷を

  • 2012.03.11 Sunday
  • 14:46
東日本大震災から一年。
政府主催の追悼式が東京都千代田区の国立劇場で開かれた。三権の長と天皇、皇后両陛下、犠牲者の遺族ら約1200人が参列。国歌斉唱後、地震発生の午後2時46分から1分間黙祷した。

東日本大震災政府主催追悼式野田首相の式辞の後、天皇陛下がお言葉を述べられた。天皇陛下は4日に退院、体調も万全ではないとのことだったが、よく通る声が印象的だった。日本は天皇制を維持すべきだと感じた。

今、女性宮家の話などまた話題になっているが、基本は ”天皇制” を維持すべきか否かということだろう。これも国民に問えば賛否両論あり、識者間の議論も重要だと思うが、これを機会にわれわれ一般国民も考えてみるのが大切だと思う。

首相がころころ変わり、まったく落ち着くところを知らない政局優位の政界。国内外に問題山積みのこの国がどうなるのか。多くの国民がそのような想いを抱いているのではないだろうか。今日の式典でも、何故か、首相の言葉は虚ろに響く。天皇陛下の通る声と明瞭な日本語に救われた気持ちになった人が少なくなかったのではないだろうか。

遠い将来は分からないが、今の日本に天皇制が無いと、この国は根無し草になってしまう気がする。八百万の神と自然を敬ってきたこの国の人びとはその ”心” を失いつつある。昨年の震災で、東北の人びとはその ”心” を垣間見せてくれた。

しかし、陛下の 「国民が被災者に心を寄せ、被災地の状況の改善へたゆみなく努力を続けていくよう期待しています」 に応えられなければ、東北の人びとの ”心” はまた元に帰ってしまうだろう。それは、また、日本の人びと全体の”心” をさらに萎えさせてしまうに違いない。

誰が総理になっても

  • 2011.11.13 Sunday
  • 14:01
APEC首脳会議でハワイを訪れている野田総理大臣は、アメリカのオバマ大統領と会談し、TPP=環太平洋経済協定の交渉参加を正式に伝えたとのニュースが流れる。いよいよTPP交渉が動き出す。国内では賛成、反対が入りみだれた混乱状態だが、野田首相は日本をどこへ連れていってくれるのだろうか。

じぶんは、平成21年の政権交代まで10年ほど、民主党に投票してきた。民主党を支持しているということより、自民党に替わって政権を担える党が必要だと考えていたからである。野球のピッチャーのように、展開が変わったら準備が整った控えのピッチャーに替わればいい。

それには党を育てるしかない。自民党と民主党の政権交代が必要だ。多くの国民がそう考えたのだと思う。その結果、民主党の鳩山政権が誕生した。じぶんはこの政権には4年間やってほしいと思っていた。そして、その4年の間に自民党も再生してほしいというのが願いだった。強力な二つの政党が誕生すれば鬼に金棒と思った。

ところが、新政権がスタートして、慣れぬとはいえ拙い対応が続き、鳩山政権から菅政権へ移る。そして、3.11の震災を迎える。震災後も政府は終始混乱した状態が続く。自民党もまったく同じで、震災対応も納得いくものではなく、新生自民党として再生する兆しが見られない。

じぶんにとって政権交代は、民主党に対しても自民党に対しても期待はずれの結果しか見いだせない。この後は誰に期待したらいいものか・・・。これは多くの国民の気持ちではないだろうか。しかし、直ちに民主党がダメなら自民党にという気持ちにもなれない。何とか、民主党、がんばってくれないだろうか、と思っていた矢先、大下英治(※)著 『「誰が総理になっても、日本は変わらない」と思っている人へ』 (amazon) という長いタイトルの本を見つけた。

ふだんこの手の本はあまり読まないのだが、一抹の希で買ってしまった。民主党の若手議員12名の生い立ち、経歴などが書かれている。著者も期待の眼で彼らを見ているので全般的に好意的に表現されている。

TV、新聞等マスコミの報道からは絶対にうかがい知ることのできない事が載っている。その意味では新鮮だ。マスコミで現与党を誉める記事は皆無にちかい。しかし、政治家とて同じ人間、絶対善の人物はいないだろうが、絶対の悪人も存在しないだろう。この書に書かれていることを全て無条件に受け入れることはできないにしても、彼ら若手議員の”政治家としての良心”は信じてみたい気持ちになる。

そうでなくては夢も希望もなくなるではないか。我ら爺族も、せめて、現政権の若手たちの心情的サポーターであらねばと思うのだがいかが。これは自民党等野党の若手議員に対しても同様の気持ちではあるのだが。日本復興のためには、政治家のみならず若い力に期待するしかないのだが、シルバー世代も、3.11以降日本は変わった−いや、世界が変わったのかもしれない−のだという認識が必要だろう。

爺婆たちの自己中心的生き方も見直されなければならない。シルバーとて死ぬまで社会人であることに変わりはない。その一員として役割もあるはず。この世代の金融資産は莫大なものと言われている。 ”積極的な消費 (浪費?)” で経済貢献のできる方もおられるだろうが、よりまとまった資産をお持ちの方は”投資”それも蓄財ではなく経済復興・社会貢献のための”投資”をしてほしい。

経済面での貢献がままならぬ方は、かく言うじぶんもこの範疇なのだが、いま一度 ”学ぶ・働く・遊ぶ” ことを考えなおし行動するだけでも社会貢献の”よすが”になると信じる。60歳以上3千万の日本人の考え・行動の変化が社会に影響を与えぬ訳がない。


※ 大下英治 − 1944年、広島県に生まれる。広島大学文学部卒業。1970年、『週間文春』の記者となる。記者時代に『小説電通』(徳間文庫)を発表し、作家としてデビュー。さらに月間「文藝春秋」に発表した『三越の女帝・竹久みちの野望と金脈』が反響を呼び、岡田社長退陣のきっかけとなった。1983年、週間文春を離れ、作家として政財官界から経済、芸能、犯罪まで幅広いジャンルで創作活動をつづけている。

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