下町ロケットを考える

  • 2015.11.07 Saturday
  • 20:47
先月、家で一人のときに何気につけたテレビでドラマをやっていた。阿部ちゃんが熱い演技をやっている。タイトルをチェックすると『下町ロケット』だった。池井戸 潤・小説のドラマ版とすぐ分かった。原作は読んでいない。最近はほどんどドラマを見ることはなく、すぐにチャンネルを変えるかテレビのスイッチを切ってしまうだろうと思っていたのだが、結局最後まで見てしまった。

下町ロケット
http://www.tbs.co.jp/shitamachi_rocket/

表現が多少大仰だが、それがイヤミになっていない(と、じぶんは感じた)。作風が、なんか ” 踊る大捜査線 ” っぽいなと思った。後でネットで調べたら、結構話題らしい。割と女性に受けているというコメントもあった。そうなんだ?、と思った。

じぶんが見たのは第一話だったようだ。そんなことも知らずに惹き付けられて見てしまった。一週間後、第二話を見た。そして第三話はネットで見た。やはり面白い作品だと思った。世間の評価はネットなどで散見できる。しかし、何故じぶんがこのドラマを面白いと思ったのかを、じぶんなりに考えてみた。

結論、この作品はファンタジーなのである。だから大仰な表現が許され、むしろそれが活きてくる。じぶんは昔からアニメが好きだ。アニメは作品の内容に関わらず、いつもファンタジー性を具有している。じぶんはそれが好きなのだと思う。実写は良くも悪くも出演者の生のイメージを引きずってしまう。何がリアリティなのかも分からない。

吉川しかし、ドラマ「下町ロケット」では、演出と出演者に依るところが大きいのかもしれないが、まるで歌舞伎を見ていると思わせるようなところがある。原作はもっとリアリティのある作品となっているのかもしれないが、ドラマの方はファンタジーなのである。

日本には元来、職人・匠をリスペクトする文化があるように思う。そこを上手にくすぐるファンタジー作品となっている。職人はカネだけでは動かない。かつてそんな生き方をした日本人たちがいた。現代人にもそんな生き方への憧憬が潜んでいる。だから、このドラマ成功したのではないか。そして女性にも受けた。

さらに、ドラマ「下町ロケット」は ”大人の童話” と言ってもよい。子どもは童話で育まれる。大人だって童話で育まれるのである。否、育まれるまでとは行かなくとも、疲れ切った大人たちへの一服の栄養剤に なる可能性を秘めていると思う。もしかしたら、このドラマは揺れる日本社会からの暗黙の要請によるものではないだろうか、そんな妄想も生まれてくるのである。

また、全く個人的な事情だが、今、「エンジニアリング」という言葉を再確認してみたいと思っている。かつてエンジニアを目指していた頃があった。ロケットならぬ航空機エンジンのエンジニアである。今思えば、あの頃のじぶんの精神はエンジニアを志向してはいなかった。むしろサイエンティスト志向であったのではないかと思う。

mrj

honda jet


今、MRJ(三菱リージョナルジェット)、そしてホンダジェット開発のニュースに触れて、その成功を願うと共に、その開発過程での「科学」と「工学」の葛藤を想像してしまうのである(経済も広く科学と工学の範疇に入る)。ドラマ「下町ロケット」はそれを象徴しているように思われてならない。

どちらにしても、このドラマ「下町ロケット」は、じぶんにとって本当に久しぶりに愉しめるテレビドラマであることは間違いない。でも、残念ながらじぶんのテレビ離れは止まらない気がする。

アニメ『バケモノの子』を観てきた

  • 2015.07.21 Tuesday
  • 20:19
ジブリの宮崎駿監督が『風立ちぬ』を最後に引退宣言をしてさびしい思いがあった。監督はジブリ美術館の関係で、まだアニメ制作等にも携わっていくようだが、嘗てのような大作を期待するのは難しだろう。今は、「辺野古基金」の共同代表に就任するなど、アートより社会活動に軸足を移されたように見える。

前の投稿では、安保法案を考える上で監督の会見内容を参考にするということでご登場願ったが、個人的にはちょっと残念な思いがある。しかし、会見の席では、困難な道を覚悟の上で永続的に「辺野古基金」の活動を続けたい、との固い決意を表明されていた。宮崎駿監督の人生の総括にとって、重要な一ページになるのだろうと推察できた。

細田守監督『バケモノの子』が封切りになったので観てきた。前に、ビデオで『おおかみこども雨と雪』、そして『サマーウォーズ』を観て愉しませてもらった。宮崎駿監督の引退もあり、細田守監督の最新作には大いに期待するものがあった。

バケモノの子
http://www.bakemono-no-ko.jp/index.html

細田守監督の『時をかける少女』は、多分?まだ観ていない。が、『サマーウォーズ』は愉快な活劇で、『おおかみこども雨と雪』は昔話を思わせる懐かしい感じのする作品だった。そして、今回の四作目『バケモノの子』は、前の二作の要素とジブリのファンタジー性を併せ持った作品という印象がある。

細田守監督の前二作品は、基本的にあり得ない話なのだが、妙に現実感のある作品となっている。アニメそれ自体は漫画なので、そもそもリアリティがあるわけがないのだが、それ故に却って、アニメは観る人に不思議な現実味(想像力?)を感じさせてくれるのだろうか。たとえCGを駆使した実写版と言えども、アニメ版と同じ味は出せないのではないかと思う。個人的には、アニメ版の方によりリアリティを感じる。実写版は、例えば「ハリーポッター」のように、ディズニーランドのアトラクション的である。

また、映画とメッセージ性はいつも議論になるところだが、個人的には、作者の意図的なメッセージ性は好まない。しかし、また全く何のメッセージ性も感じられない映画はつまらないと思う。観た後に、人それぞれが何かを感じ取れるのが一番だと思っている。その意味で、『バケモノの子』は何ヶ所か ”かくあるべき” と思わせるようなコトバがあり一瞬醒めてしまう場面があった。いつかビデオ版で再チェックしたみたいと思っている。

『バケモノの子』は東京の渋谷エリアと、異次元のバゲモノの世界が舞台となっている。主人公はとある路地からバケモノの世界に入り込んでしまうのだが、後に自由に出入りできるようになる。その ”科学的根拠は” などの野暮な話は抜きにして、この作品には、バケモノの世界への入り口は渋谷のどの辺りだったのか、などというミーハー的想いを生じさせるリアリティがある。

ともかく、一人のアニメファンとして細田守監督に期待するところは大きい。ぜひ、これからも愉しい作品を作り続けてもらいたいと願う。

巨人の次はパラサイト

  • 2015.05.09 Saturday
  • 16:39
この前、アニメ「進撃の巨人」の話題を投稿したのだが、またまたGyao!で、今度はアニメ「寄生獣」を見てしまった。以前、近隣のシネマのロビーで実写版の広告を見つけたのだが、その時は特に興味を持たなかった。ただ、監督が山崎貴だということがちょっと気になった。さりながら、アニメ版を見てしまった。初めは、??? だったのだが面白い。

原作は岩明均氏で、1988年 から1995年まで講談社から 出版されたということなので、物語としては完結している。あいだが何作か抜けてしまったが、Gyao!で、ちゃんと完結まで見ることができた。「寄生獣」も「進撃の巨人」と同様に、初めは単に奇をてらったものかと訝ったが、そのうちに段々と惹きつけられていった。

寄生獣

「寄生獣」は「進撃の巨人」に比べるとリアルな感じがある。「進撃の巨人」はなお物語が継続中であり、じぶんが見た部分は、アニメ版の二十数話とは言え、ほんのさわりでしかない。さらに、物語のステージも、展開も全てファンタジー(?)であることが前提になっている。対して、「寄生獣」はステージが今、現在の日本社会そのものである。人間に対するパラサイトというのは奇異ではあるが、なぜか妙にリアリティがある。

右手に寄生生物ミギーを宿す高校生・泉新一は、要注意人物として人間からもパラサイトからもマークされていた。いまや、新一の住む東福山市は、市長・広川 を中心に組織化されたパラサイト達が、一大ネットワークを作り上げていた。一方、人間側も、寄生生物殲滅を目的とした対パラサイト特殊部隊を結成。アジト と化した東福山市庁舎に奇襲を仕掛けようとしていた。激化する戦い…。人間の子を産み、人間との共存を模索するパラサイト田宮良子は、新一とミギーの存在 に可能性を見出したが、肝心の新一は、母親を殺された事件がきっかけで寄生生物への憎悪を募らせていた。そんな彼らの前に、最強パラサイト・後藤が、その 姿を現した。生き残るのは人間かパラサイトか。そして「寄生獣」とはいったい何なのか。新一とミギー、最後の戦いがついに始まる。
映画『寄生獣 完結編』公式サイト

このリアリティは何だろうと思った。ウィキペディアの解説なのだが、原作者岩明均氏を「残虐描写を特徴とするが、ストーリーは哲学的かつドラマティックな展開を両立させている。2000年代以降は歴史に題材を取った作品が多い」と解説している。岩明氏は社会風刺的志向が強いのかもしれないと思った。

「寄生獣」のストーリー展開はトンデモないが、人間も地球上に生きる生物の一つの ”種” にすぎないという前提に立てば、生物の生存をかけたサバイバル・ゲームの話と言えなくもない。突然、人間に寄生したパラサイト生物(寄生獣)は生きるために人間を餌として食べる。気持ちの悪い話ではあるが、ストーリーの中で、パラサイト生物が主張する説が段々と無茶な話に思えなくなってくる。人間が食物連鎖の頂点にいなければならない理由はない。

パラサイト生物は、街のビルの地下を ”食事場” として、時折り人間を連れ込んで食欲を満たす。突然、顔が肉食獣に変身して襲いかかる姿は恐ろしい。kiseiしかし、こんな恐ろしい画面が、スーパーの肉のコーナーで「おいしそう!」などと普通に会話している人間の姿とダブってくる。冷蔵棚の中の赤みを帯びた肉の塊が、少し前まで生きた牛や豚だったことなどは微塵も想わない。考えてみれば、これはこれで不気味な話である。

「進撃の巨人」、「寄生獣」と続けて怪奇アニメ(?)を見てしまった。しかも、「寄生獣」は既に実写版が公開されており、「進撃の巨人」も間もなく公開になる。ホラー映画とは一線を画すものだとは思うが、今この二つのコミック作品がアニメ化され、実写版も制作されたというのは偶然なのだろうか。ちょっと気がかりで好奇心をそそる。

関連投稿:「進撃の巨人」を知ってしまった (2015/04/11)

「進撃の巨人」を知ってしまった

  • 2015.04.11 Saturday
  • 17:44
 プロ野球の話ではない。大阪のUSJに顔が実物大の巨人のモックアップがあるとか、去年のNHKの紅白にアニメのテーマを歌っているグループが出たとか出ないとかぐらいの認識しかなかったのだが、年が明けてから、書店で『進撃の巨人と解剖学』(amazon)という新書版の表紙をチラッと見してから、頭の中に残るようになった。この本はぜひ読んでみたいと思っている。

そして、ついにGYAO!で期間限定の無料アニメ版が配信されているのを見つけてしまった。そして、第1話を見てびっくり仰天した。人がバリバリと巨人に食われる。こんな表現許されるのかと思った。初めは奇をてらった作品なのかと思ったが回を重ねるごとに、これはタダもんじゃないと考えるようになった。世間で話題になるだけのことはある。

進撃の巨人
http://shingeki.net/

アニメ版を25話まで見ることができたが、まだまだ入り口という印象だ。ウィキペディア(wikipedia)によると、
” 圧倒的な力を持つ巨人とそれに抗う人間たちの戦いを描いたファンタジーバトル漫画。2009年9月9日に講談社の少年マガジン編集部から発行が開始された『別冊少年マガジン』10月号(創刊号)で連載を開始。新人作家の初連載作品であるにもかかわらず2011年には第35回講談社漫画賞の少年部門を受賞するなど、各方面から高い評価を受けた ”
とある。

後に、岡田斗司夫氏が、Podcastで、原作者が「やっと半ばまで来た」と話しているということを紹介していた。まだまだ現在進行中のストーリーなのである。アニメ版25話を見ただけでも、このストーリーは一体どこへ行くのか??という印象だっが、原作の状況を考えればエンディングはますます気の遠くなる話だ。

作者 諌山創(いさやまはじめ:wikpedia)氏のデビュー作ということなのだが大変な作品である。マンガ(コミック)は少年の頃に『鉄腕アトム』『赤胴鈴之助』『まぼろし探偵』『鉄人28号』等々を月刊誌で楽しんでいたものだが大人になってからは縁遠くなってしまった。『カムイ伝』『明日のジョー』『巨人の星』、そして『沈黙の艦隊』ぐらいだろうか。週刊誌のマンガはあまり読まなかった。それと、5〜6年前、『風の谷のナウシカ』の原作を買った。

また最近、老いてから、マンガという表現形態に興味を持つようになったのは、養老孟司氏の「日本人がマンガ・リテラシーを持つのは、日本語が音と絵(漢字など)が無原則に結びつくという表記形態のためで、フキダシがルビの役割をする」という説とか、内田樹氏がマンガフリークであることを知ったことが影響している。

内田樹氏が称賛する井上武彦・作『バカボンド』を読んでみようかと考えたりもしていたが、まだ実行していなかった。そんな折りの『進撃の巨人』である。いま、どうしたもんかと思い悩んでいる。残念ながら、タイムもマネーも有り余るほど持ち合わせてはいない。

関連投稿:内田樹 日本のカルチャーとしてのマンガを熱く語る!!  (2011/02/11)

ブタさんのはなし

  • 2014.10.11 Saturday
  • 18:18
書店散策中、家人に教えられ書棚に見つけた文庫本『紅の豚』 、ジブリの教科書シリーズ(文春ジブリ文庫)があることも初めて知った。パラパラ捲って、とりあえず購入する。内心「ブタさん」と呼んでいる「紅の豚」はじぶんにとって特別な存在である。

第一、当ブログの管理者ニックネームはPORCOである。『紅の豚』の主人公 PORCO ROSSO からそのまま頂いた。さらに、じぶんのスマホの待受け画面はずっと「ブタさん」である。時折、いつまで使うのかなと思いながらも、今のところ替える気はない。

紅の豚ジブリの教科書7
紅の豚
文春ジブリ文庫(amazon
2014年9月 発行

万城目 学(ナビゲーター)
鈴木敏夫
宮崎 駿
加藤登紀子
佐藤多佳子
イタロ・カプローニ
村上 龍
稲垣直樹
青沼陽一郎
佐藤和歌子
大塚英志


この文庫本には幾つかのエッセーと制作関係者等の対談が載っている。執筆者の名前は、残念ながら、『紅の豚』の宮崎 駿監督、鈴木敏夫プロデューサーと、村上 龍氏しか知らなかった。

驚いたのは、中高生の頃に『紅の豚』を観たという若い執筆者たちのこの作品に寄せる想いである。因みに、じぶんが『紅の豚』を観たのは二十二年前(四十五歳)である。以来、ずっと、この作品は ”自分たちの世代” のために作られたと勝手に思い込んでいたので、二回りも若い世代の人たちにも共感するところがあるのだということが新鮮に感じられた。もっとも、娯楽作品としても一級なので、世代を超えて楽しめる作品にはなっている。

飛行艇

また、ダンディズムも普遍性を持っているものなのかもしれない、と改めて思っている。じぶんよりもずっと若い世代にも、「紅の豚」をかっこいい!と思える人たちがいるということは、多少の感覚の相違があるにしても、世代に関係のない共通の価値観なのかもしれない。

なぜブタなのか?。執筆者の中にも、そのことを問う人と、ほとんど無関心 −ありのまま− の人がいるようだ。因みにじぶんは後者である。作品の中でも、PORCO はブタのまま普通に生活し、スクリーンの社会ではなぜか普通に受け入れられている。しかし、我々が暮らすこの地上、世間にも、普通に非常識なことがまかり通っている。今さら驚くことでももない。
 
 豚が人間になりました、よかったよかったとやってしまったら嘘になる。そういうカタルシスを求めるのは間違っているんです。

宮崎監督の言葉だ。この辺は微妙だが解る気がする。そして、これはこの作品を本当に愉しむ(理解する)ための鍵だとも思う。じぶんでも、なぜ「ブタさん」が好きなのかなんて、あまり考えたこともなかったが、この本を読んで、作る側にも観る側にもいろんな想いがあることを再認識した。

じぶんも、もう一度問うてみる価値があるのかもしれないと思う。宮崎監督は、そしてじぶんも、ただのヒコーキ好きというわけではない。しかし、「飛ぶ」という行為に、何かしら拘っていることは確かのようだ。

じぶんは『紅の豚』のエンディングが好きである。作中、大人の女性ジーナの声を演じている加藤登紀子作詞・作曲のテーマ曲『時には昔の話を』が流れる。涙が出そうになる。この本には宮崎駿と加藤登紀子の対談が載っている。宮崎駿さんは1941年生まれ、加藤登紀子さんは1943年生まれ、そしてじぶんは1947年生まれである。

二人はほぼ同世代、じぶんは弟分というところか。「戦争を知らない子どもたち」と言われる戦後生まれの自分たちと、二人との間の歳の差は小さい。しかし、自分たちと二人との間には何か隔たりがあるように感じられるのは何故か?。 加藤登紀子さんは高校生、十六歳の時に六〇年安保のデモに参加していたという。じぶんは、六九年の東大安田講堂事件を上野公園から眺めていた。航空機製造のエンジニアを養成する学校に在籍していた。

『時には昔の話を』の中に「あの頃」という言葉が出てくる。 加藤登紀子さんは、安保の頃のセーラー服の自分がキラキラしていたという。彼女はその体験を「あの頃」に重ね合わせているのかもしれない。宮崎駿さんにとっての「あの頃」は、映画会社に入って労働組合をやりながら、出会った連中と、こんな映画を作りたいとさんざん語り合っていた頃だという。

それでは、じぶんにとっての「あの頃」と言えば、同世代が学生運動の中で、表向きはエンジニアを目指しながら、将来に悶々としていた頃である。『時には昔の話を』を聴くと「あの頃」を思い出す。いったい、どうしたかったんだろう?。青年海外協力隊が頭を過ぎったこともあった。宮崎駿さんもこの歌に触発されたという。

 サン=テグジュベリの『人間の土地』だったかな、当時の郵便飛行って命がけだったんですよ。その夜間飛行からパイロットが帰ってきてね、いつもの店で、いつものコーヒーとクロワッサンの食事をするんです。刺激的じゃない。あくまで日常なんです。でもとても威厳があるんですね。

エンディング・イラスト監督のこんな感覚ってじぶんにもあるような気がする。エンディングテーマ『時には昔の話を』が流れる中、スクリーンには「飛行機黎明期」をテーマにした二十二枚のイラストが映し出される。

その中で、じぶんの一番のお気に入りのイラストである。これから出かけるのだろう、フライトに。なぜか、この一枚が好きだ。一人静かに旅立つ。行く手には何が待ち構えているかは分からない。しかし、人生ってそんなものではないか。そんな象徴なのだろうか。この飛行機乗りの後ろ姿にじぶん自身を重ねてしまう。もちろん、顔は「ブタさん」である。

この本には、一遍の驚きのエッセーがある。イタロ・カプリーニ氏によるものだ。あの宮崎駿監督の『風立ちぬ』(『風立ちぬ 』を見たけれど (2013/07/27))に出てくるジャンニ・カプローニのお孫さんである。このエッセーの中には、イタロ・カプリーニ氏と宮崎監督との親交のきっかけになった出来事などが書かれているが、カプリーニ氏は監督を尊敬の念を込めてマエストロ・ミヤザキと呼ぶ。
風立ちぬ
また、驚きの真実として、ジャンニ・カプローニが、戦後 、”最後のファシスト” の烙印を押され不遇の人生だったことを知った。イタロ・カプリーニ氏は、祖父たちの成功があったからこそ工業国イタリアの成長があったと信じており、祖国イタリアでは評価の低い祖父ジャンニ・カプローニを、日本で映画の中に甦らせてくれた宮崎監督に最大の謝意を表す。

サン=テグジュベリ、ポルコ・ロッソ、ジャンニ・カプローニ、そして堀越二郎、宮崎監督がイメージする飛行機の設計者と搭乗員たち。どちらかと言うと、不遇な一生と思えてしまう人物たちばかりだ。しかし、社会的成功ばかりが人生ではない。監督はそう言いたいのではないだろか。言葉にしてしまうと陳腐に聞こえてしまうのだが・・・。

「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2014」に参加しました

  • 2014.05.08 Thursday
  • 19:56
クラシックの祭典「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」が10回目を迎えた。今年も5月3日から5日までの三日間、東京国際フォーラムを中心に大手町・丸の内・有楽町エリアの会場で有料、無料のコンサートが開催された。このイベントは第一回から認知していたのだが訪れる機会がなかった。昨年と一昨年は会場に出かけてみたのだが雰囲気を味わうだけで終わった。

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン
http://www.lfj.jp/lfj_2014/

今年は5日に家人と一緒に出かけた。11時ごろ会場に到着したのだが、今年は早朝の震度5の地震とあいにくの小雨模様のせいか、国際フォーラム地上広場は昨年に比べ人出が少なかった。しかし、今回は3回目の挑戦で家人も同行しており何とか有料のコンサートを体験してみたいと思った。地下一階チケット売場の周辺は多勢の人で賑わい当日券を買う人が列をなしている。張り紙をチェックすると、ほとんどに SOLDOUT の張り紙がしてあったがAホールのコンサートに未だ空きがあった。

クラシックCDを楽しむことがあっても ” 通 ” ではないのでコンサート案内を見ても内容をさほど理解できない。開始時間が好都合ということでNO313(Aホール:14:00-15:00)のチケットを購入した。S席しか残っていないということだったが2枚6千円で買えた。出演者はレミ・ジュニエ(ピアノ)、ウラル・フィルハーモニー管弦楽団、ドミトリー・リス(指揮)で、曲目はラフマニノフ:交響詩「死の島」op.29とラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番 ニ短調 op.30(第1〜第3楽章)というもの。

” 通 ”  ならばお馴染のものなのだろうが当方には初のお目見え。ラフマニノフの名前だけは知っていた。こんな程度の者でも気軽に参加できるというところがこの祭典のミソなのだろう。席は2階席だがほぼ真ん中の席でグッドの位置だった。若いころ生ジャズはよく聴きに出かけたものだがクラシックの生フルオーケストラはこれで二回目だ。

もう少しステージに近い席ならばと思わぬこともないが、結論、しばらくぶりの生コンサートと最後盛り上がって終わる演奏に堪能できた。気持ちよかった。家人もまんざらでもなさそうな面持ち。来年も来よう。来年は最寄駅まで車を使うことを止めて、会場広場でワインを楽しみたい。一度やってみたかった。

帰りは東京駅まで歩く。途中、東京ビルTOKIA1階でピアノとフルート演奏を聴き、KITTEビルを散策、そして丸ビル1階でピアノとヴァイオリンの演奏を聴いてから駅に向かった。地下街で食事をして帰路についたのだが帰宅は10時を過ぎていた。家人とこんな夜遊び(?)をしたのは本当に久しぶりかもしれない。ドライブに出かけてももう少し早めの帰宅が多い。

さて、クラシック音楽とは何ぞや。現代の音楽体系の基であろうか。子供のころから学校で聴かされたりラジオで流れたりしていたが心惹かれるものではなかった。シニアと言われる年齢になってからよく聴くようになった。何故かと問われても答えようがない。幼少のころからクラシック音楽に親しんでいる人々もいるので年齢が主たる要因とも思えないのだが。しかし、じぶんに関して言えば老齢化が必要条件だったのかもしれない。

関連投稿:ラ・フォル・ジュルネオ・ジャポン2013 会場を散策 ! (2013/05/04)

芸術性について考えてみた

  • 2014.02.24 Monday
  • 19:55
佐村河内氏の偽装問題が大事になっている。この件で、楽曲と著書を購入したということでは、本人はあまり自覚がないのだが、じぶんも被害者ということになる。しかし、不思議と腹がたたない。これからも楽曲は聴くと思うし、著書は ”人間を考えるための本” として有用性があるように思う。なぜか、損をしたという感覚はない。

ただ、事がここまで大きくなると、世間も見逃すわけにいかないということなのか、2月19日(水)の読売新聞 に「佐村河内氏問題」という記事が載った。細川俊夫氏、岡田暁生氏、井阪紘氏の三人がコメントを寄せている。三人とも初めて知る方だった。

細川俊夫(ほそかわ としお)
作曲家。ベルリン芸術大などで作曲を学び、ヨーロッパで頭角を現す。ベルリン・フィルやウィーン・フィルでたびたび自作が初演されている。尾高賞、サントリー音楽賞など受賞歴多数。58歳。

岡田暁生(おかだ あけお)
音楽学者。京都大学教授。専門は西洋音楽史。2001年、「オペラの運命」でサントリー学芸賞、09年、「音楽の聴き方」で吉田秀和賞受賞。53歳。

井阪 紘(いさか ひろし)
レコードプロデューサー。カメラータ・トウキョウ会長。日本ビクターなどでクラシック・現代音楽のレコード制作に携わり、1978年に自らのレーベル「カメラータ・トウキョウ」を設立。73歳。


三人のコメントのタイトルは以下の通り、それぞれコメントの内容を端的に言い表しているように思う。
 本物を見抜く直感 不可欠 (細川俊夫)
 作品の真価 再考の機会  (岡田暁生)
 危うい 音楽以外の話題  (井阪紘)

個人的に共感できたのは岡田暁生氏のコメントである。岡田氏以外の二人は作曲、レコード制作と直接音楽の制作に関わってこられた方々で、岡田氏は音楽の研究者という立場なので、ちょっと一般愛好者の方に近いのかな、と勝手な思いを回らしている。

三人とも、専門家、業界人、そして一般の方々を叱っている。その中で、細川氏、井阪氏は ”真の芸術性” を強く問うているように思える。その意味で、佐村河内名義として発表された作品は初めから「本物」ではなかったとする。岡田氏も芸術性に重きをおいてはいるのだが、今回の一連の作品群については、偽りの物語を排して虚心坦懐に聞かれるべき機会を得たとする。じぶんも岡田氏と同じように考えたい。

真の芸術性とは? こんなとき、正月スペシャル番組『芸能人格付けチェック』が思い浮かぶ。芸能人が、ワイン、ステーキ、楽器、演出などの本物、つまり価格の高い方を鑑定するという番組である。価格の高いものと自分の好みが合うことを良しとする。この価値観を前提とする社会に対する憧憬と揶揄の気持ちがごちゃまぜになっているところが、この番組の面白さだと思うのだが、なかなか鑑定は難しいようだ。

あるあゆる分野のプロと言われる人は完全な鑑定というものができるものなのだろうか。また、”真の芸術性” というものは存在するものなのだろうか。今回の事件を通して、こんなことが脳裏をよぎった。

関連投稿:交響曲第一番 (2013/06/23)


[補足]

評論家の宮崎哲弥氏がラジオ番組で、今回の出来事に対しコメントしている。宮崎氏は多くのことに博識の方であり音楽(クラシック)にも造詣が深いようで、今回の一連の作品に対し、一人の作曲家がロマン派とバロック風という全く異なる作風の作品を現代音楽の手法も使わずに作るというのは理解できない、というようなことを語っていた。

残念ながら、じぶんには消化できないコメントだ。会話している中学生のグループに入れきれないというようなもどかしさを感じてしまう。宮崎氏の見解は、業界の人びとの間では ”常識” なのかもしれないが、じぶんには無縁の世界に思えてしまう。

また、宮崎氏は「シャコンヌ 〜佐村河内 弦楽作品集」のなかの「無伴奏ヴァイオリンのためのシャコンヌ」について、バッハの曲と同じようだとコメントしている。じぶんはこの作品を通して本家バッハのシャコンヌを知ったのだが、確かにバッハ風である。しかし、バッハの作品に触発されて作られた作品として、また演奏のすばらしさを考えても、高い評価が与えられるものではないかと思う。素人の評価で心もとないが。

問題とされている「交響曲第一番 HIROSHIMA」そして「シャコンヌ 〜佐村河内 弦楽作品集」、今聴きなおしてみても、特に「シャコンヌ 〜佐村河内 弦楽作品集」の8つの楽曲はiPod に入っている1000曲の中でもじぶんのお気に入りである。

『風立ちぬ 』を見たけれど

  • 2013.07.27 Saturday
  • 17:28
一昨日、楽しみにしていた『風立ちぬ』を観たものの、感想を言い難く迷っている。予想はしていたが、過去の宮崎監督作品とは一線を画すものになっている。

宮崎監督が、ファンタジーではなくリアルな世界をどのように描き見せてくれるか、多くのジブリファンが心待ちにしていたのではないだろうか。じぶんもその一人だ。主役・二郎の子供の頃の飛行機への夢を起点に、ヒロイン菜穂子との出会い、関東大震災、大学卒業、設計者への道、敗戦、とストーリーはたんたんとテンポよく進んでゆく。本当のリアリティとはそういったものかもしれないが・・・。

「ブログラム」にジャーナリスト・立花隆の論評が載っている。このなかの記述にあるように、この映画は特異な構造を持っている。主人公の二郎は、昭和初めの飛行機設計者・堀越二郎と文学者・堀辰雄をごちゃまぜにした想像上の人物であり、ヒロイン菜穂子は堀辰雄の『菜穂子』からきている。さらにストーリーは、二郎と二郎の尊敬するイタリアの飛行機設計者ジャンニ・カプローニと夢の中で”夢”を語り合うシーンが、現実のシーンと重なりあって進行していく。

photo_風立ちぬ?

容易に、作品の中に入りにくかったことは確かである。その原因がはっきりしないのだが、上記の複雑な物語構成が要因の一つなのかもしれない。映画を観るのではなく、映画を見てしまったのかもしれない。映画のストーリーより ”作品のメーキング" の方に心を取られてしまっていたような気がする。

確かに、震災の場面で大勢の住民が逃げ惑うシーンは気が遠くなるような作業だったろうとスタッフの苦労に心を寄せてしまう。また、ストーリーの面でも、史実の堀越二郎と主役である架空の二郎の整合性とか、リアル社会と二郎の夢の世界とジャンニ・カプローニの夢の世界との整合性とか。宮崎監督の胸の内に思いを馳せてしまう。二時間という長い映画なのだが、”おや何だろう”と思っている間にエンディングになってしまった。そんな感じである。

映画を見終えて車で帰る途中、粗雑な運転をする車に立て続けに3回遭遇した。見終えたばかりの『風立ちぬ』の中の、かつてこの国に存在した美しい自然と風景、そしてきれいな日本語の会話が思い起こされた。そして、今この国が直面している"危機"は経済の弱体化などではなく、文化風土が壊れてきていることではないのか、そんな思いが湧き起こってきた。昭和30年代、じぶんが子供の頃の田舎を考えても、貧しく語りは東北訛りでも人々の所作には品があった。文化の貧しさを経済の豊かさで装うことは出来るかもしれないが、質素な経済を補えるのは豊かな文化しかないと思う。

風立ちぬ?

作品完成報告会見で、宮崎監督が「この時代は時間がなかった。必死に生きるしかなかった。そんな時代がくる」と語っていた。会見の中で聞き漏らしてしまいそうな一言だったが、聞き逃さなかった。それは、じぶんがずっと気にかけているテーマだからである。あの頃のような時代、真剣に生きなければならない時代がまた来るかもしれない。

そんな覚悟がいる時代に入っている、それが宮崎監督の思いではないだろうか。じぶんも、定年を間近に感じるようになった五十代の後半から、そんなことを思うようになった。そして、じぶんに残された時間はもう有り余るほどにはない。

photo_風立ちぬ?

どちらにしても、この作品はもう二度三度観賞して、じっくり味わってみる必要があると考えている。宮崎監督は、ファンタジーを簡単に作れない時代が来ていると思い悩み、ジブリの行く末を考えながら本作品に挑戦したと語っているが、個人的には、ジブリのファンタジーはこれからの時代も変わらず我われに夢と力を与えてくれるものと思うので、杞憂にすぎないと思うが、今後リアルにこだわり続けることのないように願っている。



au loves ジブリau loves ジブリ」サイト
 映画を既にご覧になった方、
 これからご覧になる方に、
 別のページが用意されている。


交響曲第一番

  • 2013.06.23 Sunday
  • 11:33
作曲家の佐村河内 守著『交響曲第一番』(講談社:amazon)を読み終えた。本を買ったのは一年ほど前で、この間、NHKで著者の半生を紹介するTV番組等があり、本より先に番組であらましを知ることになった。NHKで取り上げられることになったのは、著者が作曲した『交響曲第一番 HIROSHIMA』(amazon)が東日本大震災の被災地で”希望のシンフォニー”として、クラシックのCDとしては記録的な売り上げをあげていることを受けて企画されたもののようだ。

そもそも、じぶんが佐村河内 守を知ったのは、昨年の3月、近郊に「蔦谷書店」がオープンし、その試聴コーナーで『シャコンヌ~佐村河内守弦楽作品集』を聴いた時からである。CDの解説で彼が全聾であることも知った。視聴したCDに感激を受け、その後2回ほど訪れ全曲を試聴した。なぜか、その時はCDを買わずにコーナーに置いてあった著書『交響曲第一番』を買って帰った。
関連投稿:女川の風抱き鎮魂曲 (2013/03/03)

今月で六十六歳の誕生日を迎えたが、誕生日プレゼントとして家人にCD『交響曲第一番 HIROSHIMA』を所望した。これで本と曲が揃った。

交響曲第一番交響曲第一番 HIROSHIMA


佐村河内 守(さむらごうち まもる) 氏 プロフィール

1963年、被爆二世として広島に生まれる。4歳から母にピアノを師事。幼少よりヴァイオリン、尺八、マリンバなどを習うが、作曲に関して専門的な教育は受けたことがなく、すべて独学で身につけた。高校時代からすさまじい偏頭痛に悩まされ、20代で聴覚異常を発症。35歳のとき一切に聴覚を失って全聾となるが、作曲を続けられる絶対音感があった。全聾後に作曲した、ゲームソフト「鬼武者」の音楽が世界的に高く評価され、一躍注目を集めたが、全聾ゆえに”隠者生活”を選ぶ。抑うつ神経症、不安神経症(パニック障害)という重度の神経障害に合わせ、頭鳴症や耳鳴り発作など、止むことのない凄絶な肉体的かつ精神的な苦痛の闇にいながら、同じように苦しんでいる人々に向けて、日々音楽を紡ぎだしている。


ある程度の予備知識があったとは言え、著書『交響曲第一番』の内容は衝撃的だった。人生とは”必然”と”偶然”が織り成す布のようなもので儘ならぬものという想いはあるが、どうして同じ世に生を受けて、これほどまでに人生に大きな差ができてしまうのだろうという想いに捉われる。

騒乱の社会の中に生まれてしまったと言うのであれば、納得はできぬとしても自然の摂理と諦めがつくかもしれない(?)。しかし、平穏な社会に生まれて次々と艱難辛苦にみまわれるというのは、どう自分を納得させればよいのか想像することすらできない。

佐村河内 守 は広島原爆被災の両親のもとに生まれた。このことと因果関係があるのか否かは判らないが、偏頭痛、それも文章からでさえその異常さがうかがえるほどの症状の偏頭痛から、発作的な耳鳴り、それも「頭鳴症(ずめいしょう)」と呼ばれる耳鳴りの最上級の症状(発作)まで発症する。本人の表現によると、「頭蓋骨を外し、むき出しになった脳を鳥の羽で軽くなでらる感覚」だそうだが、そもそも言葉にするのは無理ということだろう。さらに、最愛の弟の死、そして医者から抑うつ神経症、ヒステリー、不安神経症の診断が下される。

こんなに酷い状況で彼が生きてこれたのには、やはり支えがあった。運命的な一人の少女(しおり)との出会い。道路清掃のアルバイトでめぐり合った仲間たち、初めて発作のつらさを理解してくれた人たちだった。そして、ずっと耐えて彼を見守り続けた妻の存在。さらに、彼が心の師と仰ぐ人物、著書『交響曲第一番』のオビに推薦文を記している五木寛之氏と推測するのだが、その他多くの人たちの支えがあった。

しかし何よりも彼を支えたものは、諦めずに追いかけ続けた「音楽」だった。彼は「耳が聞こえなくなったからこそ、私には音楽しかなくなった」と語る。

 私にとって神聖な<音楽室>は、嘔吐物と尿と血にまみれた恐ろしい戦場と化していました。二日後には洗面器、一週間後には尿瓶なるものが登場し、二週間後に生まれて初めて大人用オムツを装着したときは、泣き笑いが止まりませんでした。
 頭鳴症慢性化からの三ヶ月間は、ほとんど自由を奪われた生活を余儀なくされました。本当に地獄のような日々だったといいきれます。
 そして、のたうちまわるような苦闘を経て、2003年秋、念願の《交響曲第一番》は完成したのです。


彼は《交響曲第一番》の完成に二十年の歳月を費やした。三楽章からなる80分の大作である。作者自身のコメントによれば、第1楽章が「運命」、第2楽章が「絶望」、第3楽章が「希望」とされている。CDの解説の中に ”大編成でありながら精緻なオーケストレーション” という表現があったが、確かに素人のじぶんにも理解できる表現だ。

このCDには録音にまつわるエピソードがあった。収録は、東日本大震災から一ヶ月後の4月11日、12日にパルテノン多摩において行われた。演奏は大友直人指揮による東京交響楽団。1日目の終了間際、第3楽章、演奏が最後の天昇コラールに入った時に演奏会場が突然大きく揺れだした。大震災以来最大、マグニチュード7の余震だった。しかし、誰も揺れに動じることもなく無事に演奏を終了した。この収録では、感動のあまり涙した団員もいた。

作者はこの作品を闇の音楽と呼んでいるとのこと。著書の中にあるように、「漆黒の闇が深ければ深いほど小さな小さな祈りの灯火は強く輝き、私に大きな希望を与えてくれたのです」という記述そのままの作品なのだろう。じぶんはこのCDを一週間に毎日、時には一日に2回聴いた。なぜか、第二楽章に惹かれている。作者が「絶望」という名付けた楽章だが、じぶんには打ちひしがれたシーンというより、静かで穏やかなイメージの方を強く感じる。作者が恐怖を乗り越えて至った ”「闇」の世界” の表現と解釈はできないだろうか。

CDショップには ”『交響曲第一番 HIROSHIMA』10万部発行 ” の張り紙があった。佐村河内ご夫婦の生活・創作環境の改善に生かされれば何よりだなと思った。

ヒトラー 〜最期の12日間〜

  • 2013.04.05 Friday
  • 14:39
今朝の新聞に ”ヒトラー著「我が闘争」禁書継続” という記事が載った。ドイツ国内で出版禁止になっているアドルフ・ヒトラー著 『我が闘争』 について、ドイツ政府は著作権保護期間が切れる2015年末以降も禁止を続ける方向で検討しているというニュースである。これを見て不思議な因縁だなと思った。

実は3日ほど前、たまたま YAHOO!/Gyao! を覗いてみたら、映画 『ヒトラー 〜最期の12日間〜』 を無料配信しているのを発見、制作当時関心があったことを思いだして見始めた。2時間半の長編でもあり途中で止めようと思っていたのだが、ついつい終わりまで見てしまった。面白かったということだと思うのだが、決して楽しい映画ではない。どちらかと言えば後味は良くない。見終わった後も気が重かった。

ヒトラーについては名前はしっているが実像は知らない、と言ったところが多くの人の意見ではないだろうか。じぶんもそうだ。この映画が史実に即したものかどうかは知らない。もっとも、じぶんは史実ということ自体あまり信用しない。歴史といえども、そこで語られるのは一つの物語なのである。まして映画となればフィクションと捉える方が妥当だろう。

ヒトラー 〜最期の12日間〜映画 『ヒトラー 〜最期の12日間〜』

2004年公開のドイツ、オーストリア、イタリア共同制作による戦争映画。監督はオリバー・ヒルシュビーゲル、ヒトラー役をドイツの国民的俳優(ブルーノ・ガンツ)が演じた。

1945年4月のベルリン市街戦を背景に、独裁者アドルフ・ヒトラーの総統地下壕における最期の日々を描く。混乱の中でドイツ国防軍の軍人やナチス親衛隊の隊員が迎える終末や、ナチス宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルス一家の悲劇、老若男女を問わず戦火に巻き込まれるベルリン市民の姿にも焦点が置かれている。ヨアヒム・フェストによる同名の研究書、およびアドルフ・ヒトラーの個人秘書を務めたトラウドゥル・ユンゲの証言が本作の土台となった。撮影はベルリン、ミュンヘンおよび当時のベルリンに近い雰囲気を持つサンクトペテルブルクで行われた。
wikipedia

この映画の舞台は大半がベルリンにあるナチスの総統地下壕の内(なか)となっている。一部、外の悲惨な市街戦の様子が描かれているのだが、中心は悪まで地下の内(なか)である。監督の意図は分からないが、内(なか)と外を明確に分けているように思えてならない。じぶんには、内(なか)がナチスの「心」(脳)、外がナチスの「体」のように映った。悲惨な「体」の状況とは無関係に勝手に迷走する「心」。閉ざされた地下壕の内(なか)で、ヒトラーを中心に種々の精神が葛藤し交錯する。

閉ざされた空間で、ヒトラーの人間らしさ、凶暴さ、知性、そして彼を取り巻く様々な個性と思惑が描かれる。じぶんには、これらがすべて一人ヒトラーの心の闇の描写なのではないかとさえ思えた。ヒトラーはナチスの何だったのか。安易に、極悪非道の人物だったで終わらせていいものか。

ドイツ政府の 『我が闘争』 出版禁止は政治的なものと想像されるが、ヒトラーとナチスの問題は人類共通の大きな課題として忘れてはならないものだと思う。決して、ドイツ一国の問題ではないと思う。臭いものに蓋のごとく、嫌な物は遠ざけて見えないようにするだけでは何の解決にもならない。じぶんもこれを機にまたヒトラー、ナチスに対する関心が芽生えた。『我が闘争』 ぐらいは読んでみなければと考えている。

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