マイルスから始めよ!

  • 2017.04.29 Saturday
  • 14:42

最近、じぶんの生活環境の中にジャズが戻ってきた。これはじぶんの一人暮らしもどきの生活と、ICT( Information and Communication Technology )の進化の所為(お陰)である。わが家のTVにはアマゾンのTVスティックを接続してあり、youtubeで音楽のストリーミングのし放題の状態にある。

 

始めは一般的なBGMをセレクトしていたのだが、おすすめ機能でジャズの楽曲が多く表示されるようになってきて、意識的にモダンジャズ・アーティストを検索するようになった。その結果、マイルス・デイビスで引っかかってしまい、最近はyoutubeを開くとおすすめカテゴリーがマイルス・デイビスのアルバムとコンサートビデオのオンパレードになってしまった。

 

また先日ふと寄ったカフェの書棚で『マイルスに訊け!』( 中山康樹著 )が目に留まり、コーヒーを飲みながらパラパラと目を通した。そして、じぶんがマイルス・デイビスについて何も知らなかったことに気がついた。

 

青年期のジャズの始まりはジョン・コルトレーンだった。そして、徐々に色んなミュージシャンを聴くようになっていく。当然マイルスも入っていたはずなのだが何故か強い印象は残っていない。

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ジャズを知ったのは専門学校生だったころで、LPレコードを買ったり頻繁にジャズ喫茶廻りをするようになったのは働くようになってからだ。1969年からだったと思う。

 

ウィキペディアで、1969年のマイルスはファンの間で「幻のクインテット」「ロスト・クインテット」と呼ばれていた時期であることを知った。この時期の録音は長らく発表されなかったとある。

 

かつてジャズがじぶんの生活の中にしっかりと入ってき始めた頃、マイルスは作品としては沈黙の時期だったということだ。もちろんマイルスはビッグな名前なので知らないわけはない。1969年という年代が主な理由とは思えないが、マイルスの演奏があまり記憶に残っていないのである。

 

しかし、じぶんは翌年1970年発表のアルバム『ビッチェズ・ブリュー 』を買っている。この辺の経緯は記憶にない。ただ、じぶんのジャズに対するイメージを変えたアルバムであったのは間違いない。電子音を多用したロック調?の楽曲に少し戸惑いを感じたことは憶えている。ただ、その後チック・コリア(ウェザーリポート)のアルバムなども手に入れているので、このマイルスから始まった変化に興味を覚えていたのは確かなようだ。

 

しかし『マイルスに訊け!』をチラ読みして知ったのだが、マイルスがリッチな家庭に生まれ、本人が ” 今まで生活に困ったことはなく、これからもない " というようなことを語っているのにビックリした。じぶんには昔の黒人のジャズミュージシャンはみんなプアな家庭に育ったというイメージが定着していたので。

 

youtubeで色んな年代のマイルスを聴いているとその変遷が分かる。ジャズという呼称も嫌いでブラック・ミュージックと呼んでくれと言っていたというマイルス、ミュージシャン人生の後半、人の声に近い音が出るというのでトランペットにミュートを付けて演奏することが多くなったマイルス、下を向いて歩きながら、時に後ろ向きで演奏するマイルス。

 

今、その音楽性だけではなく、人間性にとても興味を憶える。マイルスを聴いてみたい、マイルスに訊いてみたいという思いがある。

 

関連投稿: ジャズが戻ってきた!! (2017/03/26)

危機意識の有り様について

  • 2017.04.24 Monday
  • 21:10

東日本大震災の福島原発事故から6年が経った。あの時、政府からの情報は危機的状況にはないというものだったが、そのまま信用できるかどうかは不明確だったので、最悪のケースの場合、関東エリアも避難区域になる恐れがあるのではと思っていた。そして、じぶんの年齢を考えて、先ずは息子たちの家族の非難ということが頭を過ぎった。

 

当時は、放射能による被害は地震、津波と違って急激的なものではなく緩慢なものだろうと考え、家の通風口にフィルター、マスク、メガネなどの対処である程度の時間稼ぎができるのではと思っていたのだから、本当に危機意識があったのかとなると疑問だ。また当初から、非難区域では農産物どころか普通の生活が出来なくなるだろうから、ソーラー発電とか無人ロボット化工場でやっていくしかないのではないか、というようなイメージが想起されていた。

 

こんな話は、当時も今も、家族も含めて他人と話をしたことがない。近所の住人、会社の同僚たちは本当はどうだったのだろうかと今でも思う。このことは国として総括しておいた方がよいのではと思うのだが、果たして現状はどうなのだろうか。先の戦争の総括さえ出来ていないことを考えると期待薄なのかもしれない。

 

この列島は地震、台風、火山と自然災害のデパートの状況を呈している。さらに最近はゲリラ豪雨、竜巻とかレパートリーも増えている。この国の人々は、東日本大震災、熊本地震を見ても、災害を坦々?と受け入れてしまうという印象がある。このことはある時は称賛の対象にもなるが、適切な危機意識の有り様を考えると反省すべき事象であるのかもしれない。

 

一方、現在の北朝鮮を取り巻く東アジア情勢は戦後最大と言っていいほどの状況ではないかと思われる。しかしながら、そんな状況の中で国会とマスメディアは森友学園問題に明け暮れ、さすがに最近はそれにも飽きて国際情勢に目を向けるようになってきたようだが。それでも今度は反動のせいか、外交、安保等を乗り越えてミサイル防衛の可否、敵地攻撃の是非へと一気に話題が飛ぶ。

 

いま原子力空母カールビンソン北上中、場合によっては今月中に一触即発の状態に、未だにマスメディアの乗りは森友学園問題と同じだ。本当の危機意識が動機となって番組作りがなされているのかとなると甚だ疑問に思う。もし本当に、故意か事故かは別として、本土にミサイルが着弾して大きな被害を被ったとき、やはりこの国の人々は坦々とそれを受け入れてしまうのだろうか。あるいは何か別の精神が覚醒することになるのだろうか。

 

そこまで行かなくとも、もし周辺の戦闘に巻き込まれて自衛隊員が戦死するような状況があったとき、我々はそれにどう反応するのだろうか。じぶんが未だ若いころ、未だ平和にボケていられたころに、こんなことを考えてみたことがあった。とても言葉にしにくいのだが、この国に本当に危機意識が芽生えるには人身御供が必要となるのかもしれないと思った。どのような防衛力を必要とするのかというような話は次のステップになるのだろう。

 

原発事故は未だ終焉していない、ほとんどの国民の関心からは遠ざかってしまったが。この国の人々は、自然災害に比べると紛争等に対しては不慣れである。しかし今、適切な危機意識を考え、身につけなければならない時期が来ているのかもしれない。

DNAと個人と社会

  • 2017.04.19 Wednesday
  • 12:28

安藤寿康著『日本人の9割が知らない遺伝の真実』(SB新書)

 

この本はPodcast「武田鉄矢:今朝の三枚おろし」で知った。内容は、著者も”はじめに”の中で書いているように、誰もがうすうす感じていることを著者がエビデンス(双生児法と確率・統計による検証)をあげて明らかにしている。

※双生児法とは、身体・心理・行動発達に対する遺伝と環境の要因を明らかにするために、双生児を用いる古典的な方法である。遺伝子を100%共有する一卵性双生児の相関と約50%共有する二卵性双生児の相関とを、環境変化のもとで比較することで、その発達形質の遺伝性を見る。

 

人の知能を含む心的形質は遺伝するというものなのだが、このことは誰もが何となく気がついていたことではないだろうか。顔や、体格が親に似るのだから知能、学力だってそうなのだろうと思うのが自然だ。しかしながら、なぜか運動も学力も努力で達成できるものだと思ってきた(思わされてきた)。それが社会的に都合がよく、また事実を上手に説明する手法が欠けていたということもその理由の一つなのかもしれない。

 

社会が成熟?してきた今、その準備が整ってきたということなのだろうか。しかし、社会の成熟というのもまた眉唾という気がしないでもない。しかしながら、統計的手法が理論的、技法的に洗練されてきたというのは間違いないような気がする。これにより今までスッキリしなかった現象の解説が可能になったということはあるだろう。

 

問題は我々一般人である。専門家が駆使する確率・統計の表現に不慣れなのである。個人的に確率・統計に興味あるのだが、それでもその意味することを理解するのは難しいと感じている。特に確率・統計に関心のない一般の人々にとって、著者の解説はチンプンカンプンか、もしくは思いっきり勘違いされるかのどちらかではないかと思ってしまう。

 

もっとも、最近は天気予報がパーセント(確率)で表示されるのが常で、確率的な表現に多少は馴染んできていると言えなくもない。予報の正確さが増しているとは言え、思いっきり予報が外れることがあることを肌身に感じている。このことが重要なのである。パーセント(確率)と異なる事象が実際に起きるというのが「自然・社会現象」なのである。

 

著者は、形質の種別で異なるとしながらも、人の心的形質の遺伝率は凡そ50%程度だと言う。しかしながら、この50%という数値は集団レベルのものであり、個人にそのまま当てはまるものではないと補足する。個人でみればバラツキがあるが、集団でみれば平均値に集約される。この辺りが確率・統計の分かりにくところである。

 

しかしながら、知能、学力などの心的形質が統計的に半分程度は遺伝的なものであることを知ることは重要であろう。ここは表現が難しいのだが、無駄?な努力を回避できるかもしれないからである。心的形質はいま認知できているものも含め数多く存在すると考えられる。このことを前提に、著者はすべての人が同じ方向に向かって同じ努力をすることに疑問を呈しているのである。

 

本書は6章からなり、「第5章 あるべき教育の形」と「第6章 遺伝を受け入れた社会」は著者の革新的教育論となっている。教育学博士である著者の主旨はこの二つの章にあるのではないかと思われる。本書の刺激的なタイトル「日本人が知らない遺伝の真実」は、著者が ”あとがき” 書いているように、営業的事情により付けられたのではないかと推察する。

 

著者の本旨は、一人ひとりが遺伝で引き継がれた様々な心的形質を活かせる教育、そして社会をどのように創り上げるのかということにある。そのためには、教育が往々にして個人間の格差を拡大させる方向に働くこと、そして最終的に遺伝的な差を顕在化させることを知ることが重要だとしている。

 

 人間が持っている能力は多種多様なのですが、社会的に特定の能力がフォーカスされ、そこに教育資源が投入されることで、遺伝的な差がより顕在化していくことになったのです。

 その結果、ほとんどの人間が不当な頑張りを強制されるようになりました。

 

著者の「学校は売春宿である」説には初めギクッとした。人間の三大欲求としてあげられるのが、食欲、性欲、そして三つ目に何を持ってくるかということになるのだが、著者は知識欲をあげる。そして、今の学校制度は知識欲を充足させるためにすべての人を「売春宿」に閉じ込めるようなものだと言う。ここまでズバッと表現することには驚くが、しかしその主張には一理ある。

 

このような状況を踏まえ、著者は二つの教育改革を提唱する。いまの教育制度の大枠はそのままにして運用を変える小さな教育改革と、働き方をも含めた大きな教育改革である。

 

 12歳頃に形を取り始めた「その人らしさ」は、教育を始めとした環境の影響を受けて増幅され、能力として発言していく。どのように能力が伸びていくかは、その人が本来持っていた遺伝的な素養によるところが大きい。

 

著者は、12歳以降の教育は社会とつながった本物を学べるものでなければならないとし、教師ではなく「本物の知識」を体現できる社会人に教えを乞うことの重要性を説く。さらに大きな教育改革として、社会の「キッザニア化」と「能力検定テストの創設」をあげる。

 

「生涯現役」という言葉があるが、著者は「学びの生涯現役」を達成できる社会を目指そうとしているのではないか。結果として、このことが日本人、そして日本社会に幸せをもたらすと考えているのではなかろうか。このことについては、じぶんも強いシンパシーを覚える。学び直しの必要性を考えてみたいと思ったことが、当ブログを始めた動機の一つだったのだから。

 

 あらゆる能力が遺伝することをきちんと認め、多彩な才能を評価する文化をみなでつくり上げていく。小規模なコミュニティを維持、活性化できる社会的な制度をつくる。そうした取り組みによって、遺伝的な素質が発現する可能性は大きく高まります。

 素質を高められる環境を探求し、適応し、生存する。そして旅をしながら私たちは「本当に自分」になっていくののです。

 「かわいい子には旅をさせよ」といいますが、それは大人も同じ。私たちはみな死ぬまで旅をし続けるのです。

 

著者の提案は傾聴に値する。

著者は、人間は年齢を重ね、さまざまな環境にさらされ、遺伝的な素質が引き出されて、本来の自分自身になっていくようすを行動遺伝学は示唆していると語る。じぶんも今年で七十になる我が身をふり返り、残された余生を生ききるには、との想いが廻っている。

 


 

日本人が知らない遺伝の真実(kindle版)

2016年12月 発行(SBクリエイティブ:amazon)

 

著者 安藤寿康

1958年東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科博士課程修了。現在、慶應義塾大学文学部教授。教育学博士。専門は行動遺伝学、教育心理学。主に双生児法による研究により、遺伝と環境が認知能力やパーソナリティに及ぼす研究を行っている。著書に『遺伝子の不都合な真実』、『遺伝マインド』、『心はどのように遺伝するか』など。

 

 

政治とメディアの本分

  • 2017.04.11 Tuesday
  • 21:44

二大政党を理想と考えるわけではないが、政権交代できる政党が二つ以上あった方が良いという思いで、前回の衆議院選挙までずっと民主党を推してしてきた(必ずしも支持ではない)。しかしながら、あまりの体たらくぶりに気を喪失して、前回の参議院選挙は自民と日本のこころに投票した。

 

国の平成29年度予算が成立した。そして肝心の予算委員会で、野党とマスメディアは「森友問題」に終始した。この両者いったい何をしたかったのか、未だに全く意味不明だ。じぶんは特別に自民党支持ではなかったのだが、いつのまにやら、心情的に政権よりの立場になってしまった。

 

日本が「森友問題」に明け暮れていた頃、太平洋対岸のアメリカでは北朝鮮問題がマスコミに取り上げられていたというのだから、この国の社会状況がますます理解不能だ。4月4日イラン政府軍が化学兵器を使用したという理由で、6日トランプ大統領がトマホークによるシリア空軍基地の攻撃を指示した。さらに、米海軍の原子力空母カールビンソンがシンガポールから東アジアに向けて航行中だという。

 

10日参議院議員・青山繁晴氏が「虎ノ門ニュース」で警鐘を鳴らしている。トランプ大統領には「森友問題」と比べようもない深刻な大統領選に関わる疑惑があるという。選挙中にロシアからの支援?を受けていたという疑惑らしいが、大統領選挙が無効になりかねないような大問題だという。

 

青山氏は、アメリカという国の本質は軍事国家であり、機に乗じて軍を動かすことに躊躇しないと言う。北朝鮮は核実験、ミサイル発射実験と挑発的行為を続けている。さらに、ミサイルもICBM、SLBMとアメリカにとって無視できない段階にまで来ており、トランプ大統領としては軍事オプションを採用する表向きの理由が整ってきたということになる。そして、さらに大統領の選挙に関わる疑惑を一掃したいというウラの事情もあり、軍事行動を起こす動機が十分というわけだ。

 

この青山氏の読みが全てとは言いがたいが、しかし国会で「森友問題」を争点にしているような時期でないだろうことは、一市民のじぶんにも分かる。この危うい国会の状況の中、都議会までが「豊洲問題」で妖しい空気になってきている。国では野党とマスメディアが主役?を演じていたが、都では知事とマスメディアがまた同じような役を演じようとしているとしか思えない。

 

今、本当に議論しなければならないことは何なのか、真剣に考え行動してほしいと思う。「森友問題」も「豊洲問題」も真にコンプライアンスに違反するようなことがあるのであれば当局に対応してもらえば良い。しかし、国会も都議会もやらねばならぬことが他に山積みなのではないのかと危惧する。政治家もマスメディアも政局で遊んでほしくはないのである。

パターン・ランゲージという言語のかたち

  • 2017.04.06 Thursday
  • 21:48

井庭嵩著・編集『パターン・ランゲージ:想像的な未来を創るための言語』( 慶應義塾大学出版会 )

 

本書は3年前に購入したままになっていた本である。当時iTunes_Uで、慶應義塾大学SFCの一部の講座が視聴できた。いろいろと事情があるのだろうが、現在はほどんど更新されていない状態だ。大変残念に思う。SFCの興味あるコンテンツの一つが井庭嵩氏の「パターン・ランゲージ」の講義だった。井庭嵩氏は慶應義塾大学SFC総合政策学部准教授で「パターン・ランゲージ」をテーマとした講義を担当していた(いる)。

 

人間が創出するものの中で、言葉(言語)、音楽、絵ほど興味深いものはない。これらを無くしては他のすべての創作も無に帰するのではないかと思えるほどだ。特に言葉(言語)の意味はとてつもなく大きい。もしじぶんが言葉を使えなかったとしたらという仮定すら想像できない。しかも、視聴覚を前提としない言語活動が在ることをヘレン・ケラーは証明している。実に不思議である。じぶんの人生を考えてみても、”人生=言語活動” と言っても過言ではない。

 

地デジ番組に縁遠くなり、家ではよくアメリカのネット・ニュースを見る(流している)。困るのは英語なので話されている内容がほとんど分からないことである。しかし、それでは日本語のニュースはどうかと考えれば、英語とは違って分かった気になれるということである。今は、日本語と英語のニュースの違いは分かった気になれるか否かということではないかとすら思っている。

 

しかし、言葉(言語)にとってこの分かった気がすること(理解&誤解)が大きな意味を持つ。なぜなら、これで人、社会が活動を始めるからである。しかしながら、社会の複雑化が増すにつれ、自然言語のやり取りだけでは対応しきれなくなってきているのが現状ではないか、というのがじぶんの認識である。

 

個人的な見解だが、「パターン・ランゲージ」は、このような社会状況を背景に自然言語の再定義の必要性を問うているのではないかと推測する。

 

 パターン・ランゲージは、1970年代に建築の分野で、クリストファー・アレグザンダーという建築家によって考案された。彼は、住民参加型の町づくり・住まいづくりを実現するためには、建築家が持っているデザイン(設計)の知を、住民と共有しなければならないと考えた。そこで、質感があり、美しく、いきいきとした町や建物を生み出すための秘訣を、253の「パターン」として記述し、それらを関係づけ体系化した「パターン・ランゲージ」を生み出した。

 

後に「パターン・ランゲージ」の手法はソフトウェア・デザインの分野に応用されるようになった。著者等はさらに、「パターン・ランゲージ」を人間の行為そのもの、学び、教育、プレゼンテーション、コラボレーション、組織変革、政策デザイン等にまで進化させようと試みてきた。

 

パターン・ランゲージでは、デザインにおける多様な経験則をパターンという単位にまとめる。パターンには、デザインにおける「問題」と、その「解決」の発想が一対となって記述され、それに名前が付けられる。パターン・ランゲージの利用者は、自らの状況に応じてパターンを選び、そこに記述されている抽象的な解決方法を、自分なりに具体化して実践する。

参考:井庭研究室「ラーニング・パターン

 

本書では、建築、情報、ソフトウェア、政策のプロである中埜博、江渡浩一郎、中西泰人、竹中平蔵、羽生田栄一との対談、鼎談で「パターン・ランゲージ」の活用について議論されている。しかし、本書の内容を実感を伴った理解まで達するのは困難だ。やはり何らかの実体験/実践が不可欠であり、読んで理解するというのは甚だ難しいという印象を持った。

 

しかながら、じぶんは、「問題」と「解決」の発想の一対の記述に名前がつくというパターンの形にずっと強い興味をもってきた。今、新聞、雑誌、TV等のマスメディアの中では、刺激的な短フレーズの言葉−キャッチコピー−が乱れ飛ぶ。CMはともかくとしても、社会的事象でその真偽などは二の次で心的インパクトのみが強調されるような見出しのあり方などを見聞きするにつけ、不安な想いにかられるのである。

 

せめて、社会的課題の解決にはもっと真摯に取り組んで欲しいと切実に願う。しかし、それには自然言語というツールだけでは力不足なのだろうと考える。新しい言語のかたち、「パターン・ランゲージ」のような新しい言語体系が必要なのだと思うのである。

 

日本の文学界には、5・7・5の17文字で千文字の随想に負けない表現力を有する俳句がある。社会活動にここまでの高尚さは不必要かもしれないが、現状ではあまりに低俗な表現が多すぎると思わざるをえない。そういう意味で、著者等の研究/活動に期待するところ大なのである。そして、これはこの国だけの問題だけではなく他の多くの国でも事情は同じであろうと考えられる。

 

関連投稿: やはり、経済は複雑系? (2013/04/11)

 


 

パターン・ランゲージ_創造的な未来をつくるための言語

2013年10月 慶應義塾大学出版会発行(amazon

 

著者 井庭 崇

慶應義塾大学総合政策学部准教授

1974年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、同大学大学院政策・メディア研究科博士課程修了。博士(政策・メディア)。千葉商科大学政策情報学部専任教員、マサチューセッツ工科大学素ローン経営大学院客員研究員等を経て、現職。

 

 

 

トランプ大統領は歴史的社会現象か

  • 2017.03.30 Thursday
  • 20:17

三浦瑠璃著『「トランプ時代」の新世界秩序』(潮出版社)

 

2016年11月8日(アメリカ時間)、共和党のドナルド・トランプ候補が民主党のヒラリー・クリントンを下して大統領となった。これは世界中の専門家たちにとってびっくり仰天の出来事だったようだ。大方のマスコミの予想では、ヒラリー・クリントン優勢が当然のような報道になっていた。

 

しかしながら、中には ”トランプは侮れない” と読んでいた少数の専門家がいた。本書の著者・三浦瑠璃氏もその一人だ。ほとんど地デジを見ないので、じぶんが著者を知ったのはネット上の映像コンテンツだったと思う。おじさんたちの中で小気味よい論理展開をする人だなというのが第一印象だった。逆に言うと、おじさんたちの論理は切れ味が悪いということだ。

 

この国も未だ男中心の社会だろう。故にどうしても、おじさんたちは色んなしがらみが多く「常識」に捕らわれやすくなるのだと思われる。しかもこの常識というやつが、普遍性よりは自分が在るコミュニティの土着性の方が強いので厄介なのである。そういう意味では、著者は初めから男たちの常識世界からフリーでいられたのかもしれない。これは著者のアドバンテージだ。

 

ドナルド・トランプという人は素人目にはとてもアクが強い人物に感じられる。それが実態なのか虚構なのかは分からない。著者も安易な結論を差し控えているようにも見える。トランプ氏は衝撃的な暴言?を吐くかと思えば、禁欲的なトランプ・ファミリーという側面を併せ持つ。

 

現地で直接取材をしている著者は、本書のまえがきで、トランプ氏に対する自分の考えが2016年3月のスーパーチューズデー前夜から変わっていないと表現する。多くのマスコミの評価とは反対に、トランプ候補は侮れないという印象を持ち続けたということだろう。

 

アメリカ事情に詳しい著者の解説が色んな切り口でなされているのだが、残念ながらじぶんにはそれらを一つのイメージに整理することはできない。じぶんが理解できた?のは、著者が今回のアメリカの大統領選を「トランプ現象」と称し、世界に波及しうる一つの社会現象として捉えようとしていることである。ある意味で、トランプ大統領は生まれるべきして生まれたという考えだ。


本書のタイトル『「トランプ時代」の新世界秩序』は、その著者の思いをそのまま表現しているのだろう。初めにアメリカ社会の変動があってトランプ大統領が誕生したのであって、トランプ大統領が誕生したがためにアメリカ社会に変動が起きようとしているのではない、という認識が一般的にが欠けているということだ。

 

アメリカは我々が想像する以上に複雑な社会構造を有している。共和党、民主党も簡単に二大政党と表現できるような状況にはない。今回の選挙で取りざたされた男と女、白人と非白人、エスタブリッシュメントとノンエスタブリッシュメントの対立、そして宗教対立までが混在する。さらに、最近はLGBTという記号も一般化し、男女の性差だけでは捉えきれないカオスな社会になってきている。

 

 人々の争いや対立を見据える国際政治学者は、とかく世界を悲観的に見る傾向があるのですが、正直言って、私自身は暗澹たる思いにかられています。世界がこのようなとば口に立ってしまったのは、トランプ氏一人のせいではまったくありません。アメリカは九十年代から十数年の間、自らの単極的な行動によって、世界の秩序をより自由で平和で民主主義的なものに作り変えようとしました。多くの失敗と混乱があったことは確かですが、そこに一定の理想があったことも事実です。世界はこうした試みが、歴史の中で「束の間」に存在した例外的な事象であったことを思い知らされることでしょう。

 

著者は近年の国際政治上で大きな影響力を持ってきた国・アメリカを上のように総括する。旧いアメリカが後退しシン・アメリカが現れる。その象徴がトランプ大統領ということだ。善かれ悪しかれ世界の多くの国がトランプ大統領(アメリカ)の対応をせまられることになる。

 

トランプ大統領はアメリカ・ファーストを唱えているが、著者はアメリカ経済が減速して日本にとって良いことは一つもないと語る。日米にとって、TPPに代わる東アジア経済圏の基本システムをデザインしうるか否かは重要な懸案事項だ。また安全保障では、著者は自分の国がどうありたいのかを前提に日米同盟を再定義することの必要性を説いている。

 

今、本当に議論されなければならない事柄を棚上げにして、三面記事的出来事?に揺れる現国会の状況を見るにつけ、著者の表現を借りれば暗澹たる思いにかられる。与党を全面的に支持できるわけではないが、野党とマスコミの幼稚な言動はあまりに酷過ぎる。現状では、本書で日本に突き付けられた課題は、悔しいがこの国にとって本当に難問であろうと考えざるを得ない。

 

関連投稿: ベビーブーマー大統領誕生 , Now! (2017/01/21)

 


 

「トランプ時代」の新世界秩序

2017年2月 発行(潮新書:amazon

 

著者 三浦瑠璃

国際政治学者。1980年神奈川県生まれ。東京大学農学部卒業。東大公共政策大学院修了。東大大学院法学政治学研究科修了。法学博士。専門は国際政治。現在、東京大学政策ビジョン研究センター講師。著書に『シビリアンの戦争』『日本に絶望している人のための政治入門』

 

 

 

 

ジャズが戻ってきた!!

  • 2017.03.26 Sunday
  • 14:48

年が明けてからさらに傾向が強まったのだが、家にいる時は居間のTV(TVスティックに接続)でyoutubeのジャズを流していることが多くなった。半世紀前に高校を卒業して、一年遊んでしまったのだが、専門学校に行くために田舎から上京した。まもなく、友人がアルバイトをしていたジャズ喫茶がキッカケとなりモダンジャズを聴くようになる。

 

店のオーナーの嗜好だったと思うのだがよくコルトレーンが流れており、田舎の子にとっては妙な音楽だなと思いながらも、徐々にその不思議な魅力に惹かれていった。二十代の初めから終わりに結婚するまで、モダンジャズはじぶんの生活の中で大きな比重を占めるようになっていた。当時はLPレコードだったがレコード店を覗くのが楽しみの一つだった。

 

 

LPレコードは当時二千円前後、じぶんにとって安価なものではなかったので買えるのは限られており、二十代に買ったLPレコードは全部で100枚程度だったと思う。コレクターの部類には全く入らない程度のものだ。LPレコードの購入は限られ、その代わりに新宿、渋谷のジャズ喫茶によく通った。ドリンク一杯で二〜三時間を過ごす。

 

後に新宿のピットインなど、生演奏のジャズクラブにも行くようになった。年に一、二回は大会場のコンサートにも出かけた。しかしジャズ喫茶もジャズクラブも出かけるのは一人だった。知人と一緒だったのはほんの数えるほどの記憶しかない。一人で飲むことはなかったが、ジャズはほとんどアローンだったのである。読書に近い行為だったのではなかったかという気がする。

 

二十九で結婚した。今思えばこの頃からジャズ離れが始まり、子どもが生まれてそれが加速する。それからずっとジャズとは縁の薄い生活が続く。立ち寄った施設のBGMでジャズが流れていたりするとちょっと聞き耳をたてたり、ショップでジャズのCDを見つけ思い出したように買ってみたりしたが、気持ちを入れて聴くことはなかった。

 

それが、youtubeで音楽を視聴できることを知り、初めはPCでBGMとして使うようになった。さらにTVスティックを接続してからは使い易さが向上し、いろんな音楽コンテンツを試してみるようになった。アマゾンによればyoutubeでは数百万の音楽コンテンツが利用できるという。

 

そして、ジャズを検索して驚いた。昔聴いたLPアルバムやら、色んなジャズフェスティバル、コンサートの録画やらが満載なのである。これらのジャズを聴き始めて再発見したのは、イージーリスニング曲より本格的に演奏しているハードな曲の方がじぶんにとってはBGMに向いているということである。

 

 

ジャズ、特にバップ以降のものがいいのだが、今、じぶん一人の空間を満たすにはジャズが最適であることが分かった。何かをしながら聞くのにピッタリなのだ。読書、作業のジャマにならない。むしろ何らかのパワー?がもらえる感覚がある。しかも不思議なのは、BGMとして流しておきながら曲に集中しようと思えばそれが可能で、またBGMに戻せるのである。じぶんにとって他にこんなジャンルは見当たらない。

 

ジャズが戻ってきた!!

 

とは言え、これは螺旋の戻りで二次元で同じ位置でも三次元では異なるの例え、二十代のじぶんと今のじぶんが同じの道理はなく、この後にジャズから受ける生理的、心理的影響もあの頃とは随分と異なるのではないかと考えている。これから先どうなるのかは皆目見当がつかない。

 

三日ほど前から、マイカーのオーディオHDに手持ちのジャズCDのセーブを始めた。しかし手持ちは十枚ほどしかないので、後はレンタルCDである程度の枚数をセーブしようと考えている。マイカーがジャズ喫茶になる。二十代の独身時代には持てなかった環境だ。老後は芸術性と宗教性が頼りなのだ、と又じぶんに言い聞かせる。

 

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           好きな音楽と絵 (2012/04/10)

夜・間・飛・行

  • 2017.03.21 Tuesday
  • 21:02

サン=テグジュペリ著(堀口大學訳)『夜間飛行』(新潮文庫)

 

文学に不慣れなじぶんが、 古稀にならんとする歳になって、一人の飛行家の生きざまに興味を持って『夜間飛行』を読み始めた。本書には著者の処女作『南方郵便機』も併せて掲載されている。『南方郵便機』が1929年、『夜間飛行』が1931年の作品で、翻訳本が昭和31年(1956年)の発行というので、堀口大學の名訳と言われる作品ではあるが読むのに難儀した。

 

難儀したと言っても、それで読むのが嫌になったということはなかった。ただ、じぶんの語彙の未熟さを思い知る体験となってしまった。この歳でこんな体験をするのも何だが、それでも言葉(言語)の奥深さを改めて認識することになった。作家サン=テグジュぺリを知ってから未だ半年も経っていない。また、飛行家サン=テグジュぺリについてもほとんど無知であることを知った。尚のこと、作家/飛行家サン=テグジュぺリについてはゼロベースである。

 

『夜間飛行』『南方郵便機』共に読み切れていない。今回は、文学というより、空飛ぶ機械の黎明期に一万キロに及ぶ郵便航空路が事業展開されていたという事実を記した記録書として注目、さらにその内容に困惑している。ライト兄弟が有人動力飛行に成功したのは1903年である。そして1914年から始まった第一次大戦に早々と兵器として登場する。この速い展開も驚きだが、じぶんが今知りつつある、大戦後の郵便機の冒険的な進展もまた驚異的と言わざるを得ない。

 

郵便機の操縦士を実体験した著者サン=テグジュぺリによる文学的な飛行の表現は今まで知らなかったものだ。何せヒコーキに興味を持ったのが中学生の頃からで、第二次大戦の軍用機からであり、読んだ操縦士の体験記が坂井三郎の『大空のサムライ』と言うのだから文学の香りのしない世界だ。そう意味で、作家/飛行家サン=テグジュぺリは老いたじぶんにとって希有な存在になりそうな気配を感じている。

 

じぶんは読み物と言えばノンフィクション偏重の人生だった。ただ年齢?と共にエモーショナルな要因の重みを思うようになり、昨年、数学者・岡潔の著書で「数学は感情を入れなければ成り立たぬ」という表現を読んだとき、僭越ながら我が意を得たりと思ったものだ。そして人生の晩秋を迎えようとする今、芸術性と宗教性がじぶんと余生の鎹(かすがい)になるような気がしている。

 

『夜間飛行』は、若い頃に読めばまた違った印象を持ったのかもしれないが、何ともやるせない気持に苛まれる作品だ。フランスの著名な作家アンドレ・ジッドの序文、訳者 堀口大學のあとがき、そしてフランス文学者 山崎庸一郎の解説は本書を理解?するに重要なメッセージに思えるのだが。しかし、じぶんが残された時間でこれらのメッセージを真に理解できるようになれるかどうかは判らない。

 

 恐怖は死と直面したときにあるのではない。僕はこれまでに、四度死にかけたが、一度も恐怖は起こらなかった。こう言うと、僕には決して恐怖はないように聞こえるかもしれないが、実はそれどころが、僕はたびたび恐怖に襲われる。(サン=テグジュベリ)

 

サン=テグジュぺリの生立ちと、時代背景が関連するのかもしれないが、彼の心性が武士(騎士)であったと言うのは達観かもしれない。『夜間飛行』の冷徹な?主人公リヴィエールも、パタゴニアからの飛行中遭遇した暴風雨の中に見えた切れ目に陥穽(落し穴)と知りつつ機を上昇させた操縦士ファビアンも、著者サン=テグジュぺリの分身であろうと推測できる。

 

嵐の中で格闘するファビアンの描写は想像を絶する。まだ黎明期の飛行機である。現代人の常識では未だ事業化できるような代物ではないと考えるのが普通だ。そんな飛行機で夜間に嵐の中を飛行するのである。正気の沙汰とは思えない。しかしながら歴史的な事実なのである。そして、それを支えていたのが主人公リヴィエール、操縦士ファビアン、会社の関係者、そして家族たちの心性だったのである。

 

 僕は七歳の時から、ものを書いてきた。飛行機が僕に筆を執らせたのでは決してない。僕は信じている、自分がもし炭鉱夫だったら、必ず地下に人生の教訓を掘り出そうと努力したであろうと。これもすでに幾度も言ったことだが、僕にあっては、飛行機は決して目的ではなくて手段だ。自分を創り上げる手段だ。農夫が鍬を用いて田畑を耕すように、僕は飛行機を用いて自分を耕すのだ。(サン=テグジュベリ)

 

サン=テグジュぺリが生きた時代と現代の間には半世紀以上の開きがある。この差を大きいと見るか否かは見解に相違のあるところだろうが、個人的にはそんなに遠くの出来事とは思えない。じぶんの祖父の世代である。持て余すほどには残されていないじぶんの余生、サン=テグジュぺリのおかげで多少文学の香りのする生活が期待できるかもしれない。そして、これは僥倖としか言いようがないではないか。

 


 

夜間飛行

昭和31年 新潮社発行

平成28年 九十七刷(amazon

 

著者 サン=テグジュペリ(1900−1944)

名門貴族の子弟としてフランス・リヨンに生まれる。海軍兵学校の受験に失敗後、兵役で航空隊に入る。除隊後、航空会社の路線パイロットとなり、多くの冒険を経験。その後様々な形で飛びながら、1928年に処女作『南方郵便機』、以後『夜間飛行』(フェミナ賞)、『人間の土地』(アカデミー・フランセーズ賞)、『戦う操縦士』『星の王子さま』等を発表、行動主義文学の作家として活躍した。第二次大戦時、偵察機の搭乗員として困難な出撃を重ね、’44年コルシカ島の基地を発進したまま帰還せず。

 

訳者 堀口大學(1892−1981)

東京・本郷生まれ。詩人、仏文学者。慶應義塾大学を中退し、10数年間外国で暮らす。『月光とピエロ』に始まる創作詩作や、訳詩集『月下の一群』等の名翻訳により、昭和の詩壇、文壇に多大な影響を与えた。’79年文化勲章受章。

脱地デジのはなし

  • 2017.03.16 Thursday
  • 21:51

『バカの壁の』の養老孟司氏が日本国民が参勤交代−都会と田舎の生活を交互にする−を行えば個人も社会も変わると提唱した。このことに完全に共感するが、同様に全員が脱地デジを行えば個人も社会も変わるとじぶんは思う。当初は脱TVと言っていたのだが、今は脱地デジで充分だと思っている。しかし、参勤交代も脱地デジも出来そうで出来ないということも同じだ。

 

個人的に脱地デジ(地上波TV放送)になったのは2015年の12月なのでもう1年以上前になる。家のTVにはアマゾンのTVスティックとビデオプレーヤーに接続されているがほとんどTVスティック専用の状況だ。

 

 

 

 

 

 

 

TVスティックのアプリの数も多いが、じぶんがよく使っているのは「YouTube」「GYAO!」「NHK WORLD」「YAHOO!」などだ。特に「YouTube」では視聴できる楽曲は膨大なものと推測され、最近、家のTVはジュークボックスと化している。LPレコードで聴いていたころのジャズアルバムも聴けて、青春の頃に通ったジャズ喫茶を思い出す。

 

さて地デジ、つまり地上波テレビのはなしだが、個人的にはほとんど見るに値しないと思っている。もちろん中には優れた番組があろうことは承知のうえだ。先ずその番組を探すことが一仕事である。リサーチにかかる時間とその番組を視聴する時間が要るわけで、これに値する番組もゼロではないだろうがチャレンジする気力も時間もない。

 

まして、ほとんどがバラエティに埋め尽くされている今の地デジ番組にはどう反応していいのやら戸惑いを感じるばかりだ。これらの番組でやられていることはもはや見るものではなく、むしろ視聴者自らが職場で、学校で、家庭で、仲間内で同じことをやればいいのだと思うのである。なにもわざわざ第三者に仕事でやってもらって、それを傍観している必要もなかろうと思う。

 

プロ・スポーツ選手のプレイを観るのと同じだという考えもありかもしれないが、個人的にはバラエティ番組でやられていることがそんな大層なモノとは思えない。勿論、出演者(芸能人等)もやっているうちにそういうことに長けてくるのだろうが、それでもそれが観るべきアート、芸として評価しうるのかということはまた別の話だ。

 

確かに、現在の民間放送のビジネスモデル−スポンサーが番組、CM制作と放送に関わる全費用を負担する−はよく出来ているモデルだと言える。巡りめぐって、最終的に購買というかたちで一般消費者が費用の負担をすることになっている。本来はスポンサーと一般視聴者が主役のモデルなのかもしれないが、実態は中間の制作業界(局、芸能関連)が肥大肥満化しているということだろう。

 

何やら医療関連業界を思わせる。本来は医者と患者の関係こそが主流であるべきところ、中間の医療機関/製薬業界が肥大肥満化する。そして、元々何を目的としたモデルなのかが曖昧なままになってしまう。いつのまにかツール(業界)が主役となってしまったステージになる、何ともやりきれない気持ちだ。

 

放送というメディアも、NHKモデルは論外だが、何か新しいモデルの構築はできないものだろうか。キーは中間業界なのだろう。書籍の出版では「編集」という機能が重要だという。ネットに溢れているコンテンツの脆弱さはこの編集機能が無いことだと言われる。そういう意味で、放送メディアも編集機能を持つキー局のガバナンスが問われるということになるのだろう。

 

と、これは正論だが現実に起動しうるかどうかは疑問だ。結局、社会的に脱地デジ運動にまで高まるようなところまで行かなければ、大組織が変革することは難しいことなのだろうと考えてしまう。

 

関連投稿:NHK問題、と大橋巨泉氏の遺言 (2016/09/03)
     再・脱TVのすすめ (2015/05/14)
     脱TVのすすめ (2011/01/19)

七回目の3.11の日に

  • 2017.03.11 Saturday
  • 14:46

東日本大震災から六年目の今日をどう過ごそうかと考えていた。家で静かにしていようか、それとも時折出かける唐沢山から北に向かって祈る日にしようか。結局ありきたりのニュースの影響を受けて、開通したばかりの圏央道を走ってみることになってしまった。境古河IC-つくば中央IC間が完成して全線開通ということになったのである。

 

五霞から乗って、とりあえずつくば中央までと思いながら走り出したのだが、途中で家人が成田空港まで行ってみたいと言い出し、しかも空港に隣接した「航空科学博物館」を提案され、ヒコーキに弱いじぶんは二つ返事で了解してしまった。しかし話に聞いてはいたが、ほとんどが高架で対面交通の高速道は眺めはいいのだがはっきり言って走りにくいと感じた。

 

 

出かけたのがお昼過ぎでまだ交通量が少なかったので往きはよかったのだが、復りが想像以上に大変なことになるとは思いもしなかった。1時間半ほどで成田空港周辺に辿り着いた。成田空港は何度か搭乗者として利用したことはあったが、その時は電車かバスで空港乗り入れという感じたったので、マイカーで周辺を走るのは今回が初めてだ。

 

そこで、空港周辺の道路、施設の状況があまりに雑然としている印象に驚いた。ここが日本の代表的国際空港界隈とは思えないほどに道路の作りと標識が分かりにくいのである。何とか「航空科学博物館」周辺に辿り着いたのだが、このエントランスのあまりの色気の無さ?にまたビックリした。

 

そして、じぶんが想像していたミュージアムにはほど遠い施設だった。それでもヒコーキ好きのじぶんにはワクワク感を抑えることができなかった。巨大な星形エンジン、ジャンボのターボファンエンジンには興味津々だった。

 

 

館内で2時46分を迎えた。館内放送の案内に従い45分から黙祷をさせて頂いた。

結局閉館の5時まで滞在することになったのだが、収穫は星形エンジンのセスナ195と生のエアバスA380をみれたことである。

 

 

それにしても、エアポート界隈とミュージアムはもっとクールなデザインと運営を期待したかった。加えて、土曜日であることを考慮しても、帰路の圏央道はアウトレットと常磐道とのジャンクションのためと思われる渋滞が酷かった。この後、一車線のデメリットをイヤと言うほど知らされることになる。

 

何とか渋滞区間を通り抜けて流れだしたのだが、日が落ちて車は照明を点灯し、反対車線の交通量が増して眩しい前照灯の列が流れてくる。この高速道は一車線のみならず路肩が狭く、中央に分離帯はなくポールが並べられている区間が多。なおさら一車線の幅が狭く感じられる。インフラとしては高速道路ではなく60km/h程度で走る一般道路の体しかなしてないと思われた。

 

近頃、目が弱ってきているせいか一般道路でも夜はあまり走りたくないと思う。今日走った圏央道の区間は80km程度だと思うのだが、まるでゲームをやらされているような感覚だった。一般道路かと思わせるような道をある程度以上の速度で走らなければならないという意識と、前から向かってくる灯りの列で、まるTVゲームのようだった。違うのは事故ったら死ぬということである。

 

この区間はほどんど休憩所が無く、車を寄せるスペースも無い。もう途中でゲームを終わらせたい(高速を降りる)と思ったが、もう少しで着くとじぶんに言い聞かせて五霞ICまで戻ってきた。正直本当に疲れた。途中、レストランで食事をして家に帰ってからも、頭の疲れがとれなかった。こんなに疲れたドライブは初めてかもしれない。

 

家でネットでニュース等を見ると、言うまでもなく3.11震災のニュースが多い。6年経ってもまだまだ町が復興途上であることが報道されている。まだ地盤のかさ上げ工事が続いている現状をみるとコミュニティの復活、再興はほど遠いのが現状のようだ。

 

 

今日、半日の体験だったが、空港界隈と幹線の高速道路というインフラの現状を見て、この国のデザインの力が意外に弱いのではないかという印象と危惧を持った。インフラは文化、生活の基盤である。ぜひ、被災地の町の復興には確固としたデザイン・力を発揮してほしいと願う。

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