銀幕のスターは永遠か?

  • 2017.07.30 Sunday
  • 21:11

今週は、GyaOで無料の映画二本を観た。『AVIATOR』と『FLYBOYS』だ。簡単にヒコーキものに惹かれてしまったということだ。『AVIATOR』はリリースされた頃の記憶はあるのだが『FLYBOYS』は曖昧だ。どちらも事実を基にした作品ということで、やはり商業映画なのでロマンスを抜くことは出来ないにしても、個人的には全体の中に占める割合がもうちょっと少ないほうが良いのではと思ってしまう。何故って、現実はハードボイルドだど〜!!

 

 

映画に詳しくはないのだが、アカデミー賞に主演、助演の賞があるように、登場人物の人となりを表現するのが映画の大事な手法になっていると考える。銀幕のスターを活かすという営業上の理由があるのかもしれないが、しかし、じぶんの好みから言えば、時によるが、直接的な人物描写はある範囲に抑えた方が良いのではと思っている。そういう意味では、アニメの作風の方がじぶんの好みかもしれない。

 

事実を基にとは言え、ぶっちゃけ数年分を二時間程度で表現するわけだからドラマティックにならざるを得ない。しかし、それで物語が事実と大きく乖離したものになるとは言えない。一方で、じぶんは事実(真実)というものが存在するのかどうかさえ妖しいと思っている。あるとしたら、それは ” 神のみぞ知る ” ということなのだと考える。それはもう宗教の世界である。

 

同じテーマで別の制作スタッフが映画を作ったとして、全く異なるテイストの作品になる可能性がある。そこでどっちが真実に近いかなどと論じてみても意味がないだろう。特に人物の内面描写となれば、それは事実というより、もうアートだ。よって、事実に基づく映画では、登場人物の直接的な内面描写は抑えめにして、むしろ絵画的な表現を多くした方がいいのではとじぶんは思う。

 

ヒコーキという道具が戦争に利用されていく時代背景、技術的な葛藤、操縦士の心理などの描写をメインにして、その中から登場人物の人となりが醸し出されるような作風が良いと思うのである。ヒーローよりもヒコーキを主役に。と言っても、これは好みが関わってくるので議論には向かないテーマだ。

 

議論に向かないと言えば、現国会が熱中している学園騒動も議論には向かないのではないか。政策に関わった政治家、官僚等の内面を議論しようとしているようで、それは国会の議論のテーマには向かないと思う。殺人を妄想しながら現実に普通の生活をしている人物と、妄想は無いのだがふとした事から殺人を犯してしまった人物がいた場合、社会として後者の責任を問うというのが取り敢えず現行のルールである。

 

公的な政策に関しても、公式の手順に沿っているか、公式記録に矛盾があるか否かしか問えないのではないか。関係者の内面にまで入っていくと、それはドラマ(アート)もしくは宗教の世界に立ち入ってしまうことになる。そういうことは映画に任せておけばいいということだ。政界に銀幕スターは要らない。

 

閑話休題。

 

それにしても、何故に、特に実写版映画の中でこうも男女の性愛描写が強調されるのだろうか。人間の三大欲求として「食欲」「睡眠欲」「性欲」があげられるが、映画の中では「性欲」(性愛)が別格な存在として捉えられているようだ。これは心理学上のテーマなのかもしれないが、LGBTなど性が複雑化する現社会においては、もはや安易な男女性愛描写は要検討の命題になっているのではないだろうか(?)。

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