戦火の飛行家_サン=テグジュペリ

  • 2017.07.17 Monday
  • 21:10

サン=テグジュペリ著『戦う操縦士』(新潮社)

 

先に読んだ『夜間飛行』『人間の土地』と同様に本書も堀口大學の訳によるものだ。前の投稿でも書いたのだが、文学作品に不慣れなじぶんにとって堀口大學(1892-1981)の訳は難解な部分が多い。しかし、これはじぶんの素養の無さが原因なので如何ともし難い。今は、難解さはそのままに受け入れておくしかないと考えている。

 

サン=テグジュペリの作品は自分の飛行家としての体験に基づく作品が多い。著者も語っているように、農夫が鍬で土地を耕すように、飛行家は飛行機を使って自己(人生)を耕す。もっとも、これもある限られた時代の限られた者だけに付された特典?だったのかもしれないのだが。

 

本書『戦う操縦士』は、先の大戦でドイツがフランスに侵攻したときに、偵察飛行部隊二の三三飛行隊に所属していたサン=テグジュペリ陸軍大尉が自らの体験を基に記した実戦記であり、訳者の言葉を借りれば、フランス軍の全面的崩壊に至るまでの艱苦の戦闘体験から得たモラルの文学的結実である。

 

これも訳者の解説によるものだが、サン=テグジュペリは飛行家という職業を通じて大自然と接触し、人間の本然の発見に努める。しかしこの本然という訳語に親しみがない。”もとのままの姿” というような意味のようなのだが、本性とは意味合いが異なる気がする。より哲学的な意義を持つ語ではないかと思う。そして、このサン=テグジュペリの姿勢は ”戦闘の日々” にも不変なのである。このことが『戦う操縦士』を戦記から文学作品にまで昇華させた要因であろうと思われる。

 

しかし本書は戦記としても貴重で、フランス敗戦の最中、村を捨て避難民の行列に加わる住民の様子などが詳細に描かれている。日本人が同様の体験をしたのは、沖縄と敗戦後の大陸の住人たちかもしれない。サン=テグジュペリが遺した敗戦の記には価値がある。コミュニティ、個人共に敗北には意義がある、彼はそんなことを語りたかったのではないだろうか。

 

ある日、操縦士は必至覚悟の偵察に飛び立つ。高度1万メートルでの観測士官、射手との普通だが不思議な言葉のやり取り、低酸素状態で凍り付いて固着した方向舵と格闘する、そして高度700メートル、対空砲火の凄まじいアラス上空で操縦士の脳内を多様な想いが駆け巡る。併せてじぶん中では、大戦初期の欧州で既に高度1万メートルの偵察飛行が行われていたのか?などと、知識の曖昧さに気持ちが揺れる。

 

サン=テグジュペリは人生を戦争になぞらえているように思えてならない。彼にとって人間の本然、国の本然、コミュニティの本然というものが重要で、人生、戦争の勝敗ではない。そこから死を恐れない、死を厭わないという生き様が現れてくる。日本の武士道と相通じるものがあるのかもしれないが、どちらにしても、今を生きる我々一般人とは別種の人間であるようにさえ思える。

 

しかし、著者の作品が永く人々に親しまれ、愛され続けていることを考えると、あの頃から現代に至るまで、少なからぬ人々がサン=テグジュペリという飛行家兼文人に共感を覚えているということの証左ではないだろうか。しかも、このことで、ある種の安堵感を得ているじぶんを見る。

 

現世の個人偏重、経済偏重のあり方は強い現実感に支えられている。しかし一昔前に、これらと一線を画す人生観があったことを知ることは、我々にとって大事なことではないかと思う。直面する様々な個人的及び社会的課題/問題と対峙する時、これが解決の手がかりになるのではないかと期待するからである。

 


 

戦う操縦士(kindle版)

発行 1956年11月新潮社 (amazon)

著者 サン=テグジュペリ

訳  堀口大學

 

 

 

 

 

 

 

 

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