ポルコ・ロッソ と サン=テグジュペリ

  • 2017.06.05 Monday
  • 21:19

じぶんはずっと、アニメ映画『紅の豚』の主人公ポルコ・ロッソとサン=テグジュペリの生きた時代はほぼ同時期と思っていた。しかし、昨年、サン=テグジュペリが未帰還になった時に搭乗していた飛行機がF5B(P38の偵察型)であることを知って、直ぐに時代背景を間違えていたと思ってしまった。ところが。

 

『紅の豚』は大恐慌(1929年)の頃が時代背景なので、サン=テグジュペリ(1900年生まれ)は29歳で処女作『南方郵便機』を執筆した時期である。個人的に、ポルコ・ロッソはドイツの撃墜王リヒトホーフェン(1892年生まれ)と同世代なのかなと勝手に想像したりしていたのだが、もしそうであるとすると『紅の豚』の時代背景では37歳となる。しかし、映画のシーンを思い起こすともう少し若いのかなと思ったりもする。

 

 

ネットに、”ポルコは初めて飛んだときの話をするとき「1910年、17の時だったな」と言ってます ” という記事があった。じぶんはその台詞までは憶えていないが、この説を取ると『紅の豚』の時代背景では36歳になる。じぶんの説に近い。どちらにしてもポルコ・ロッソはサン=テグジュペリの5〜6歳年上の先輩格になる。同世代とは言えないかもしれないが、やはり同時期に大戦の複葉機を飛ばしていたことになる。一人はアドリア海を、もう一人はサハラ砂漠を。

 

宮崎駿監督はサン=テグジュペリを意識し続けていたに違いない。じぶんも昨年の終わり頃からサン=テグジュペリを強く意識するようになった。間大戦期の一定の時期だけに存在した限られた精神性を持った飛行家たち、大地を鳥のように飛ぶことができた最初で最後の人間たち。サン=テグジュペリのおかげで奇跡的にその生きざまを後世に遺すことができた。

 

じぶんの余生がどれほど残されているのかは分からない。しかし、その生きざまは彼ら飛行家たちのそれと対極的と言える様相だ。高齢化社会などサン=テグジュペリの意識には存在しなかったに違いない。飛行家は1944年7月31日、地中海上空で消息を絶つ。妄想を逞しくして、もしサン=テグジュペリが戦後まで生き残っていたとしたら、どんな人生を送ったのだろうと思う。しかし、これはタブーかもしれない。

 

ポルコ・ロッソのその後も気にかかる。先日、宮崎駿監督が最後?の復帰宣言をした。それならばと、体力的にきつかろうと想像しながらも、『紅の豚』の完結編を期待してしまう。監督個人の与り知らぬことと思いつつ、何とか我ら彷徨える老いた羊たちに引導を渡してもらえないものか。

 

関連投稿: サン=テグジュペリを想う (2016/12/28)

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