高齢化社会がリアルに

  • 2017.05.17 Wednesday
  • 20:43

じぶんのことは棚に上げ、街場に高齢者が多く見かけるのに改めて驚く。まだ足取りがしっかりした人もいれば、ちょっと足元があやしい人もいる。じぶんの住むローカルの小さな市では女性の高齢者の自転車走行が目立つ。車を走らせていると、前方の自転車が急に道の反対側に横断したりすることがあってドキッとする。

 

高齢化社会と言われて久しい。またも、じぶんのことは棚に上げ、最近そのことを本当に実感するようになった。パート先の公共施設でも、このところ認知症と思われる人を見かけるようになった。二ヶ月ほど前、施設の休館日に、高齢者の車が駐車場入り口の鉄製のチェーンを車でぶち切るという事故があった。このパートを始めて6年近くになるがこんな事は初めてだ。

 

高齢者による事故、事件などのニュース報道があると、じぶんは根拠のない共同責任感のようなものを感じてしまう。われわれのような高齢者は存在するだけで社会のお荷物というような側面がある、じぶんはこのことを認識すべきだと考えている。再三にわたりじぶんのことは棚に上げ、本当に高齢化社会はこの国にとって深刻な問題ではないのかと懸念する。

 

4、5日前の11時頃、バーバーの帰りに駅前広場のベンチにすわり、コーヒーを飲みながら通りすがりの人を眺めていた。リアルに高齢者が多いのを実感した。この時、コーヒーを駅前のセブンイレブンで買ったのだが、店員さんがじぶんと同世代の女性(七十前後)だった。コンビニにシニアの店員が増え始めているということは耳にしていたが、じぶんが直面するのは今回が初めてかもしれない。

 

「ホットコーヒーを一つ」と注文、最近じぶんの喉の調子が少し悪いのは自覚してはいたのだが、シニアの女性店員さんが「えーっ」と言いながら顔を寄せてきたのを見て思わず身を退いた。今までも聞き直されることはあったが、顔まで寄せてこられたのは初の体験であった。これも高齢者同士でこそのビヘイビアということであろう。

 

駅前広場で、改めて、当ブログを始めたころのことを考え始めた。定年を間近にして、じぶんの高齢化と社会の高齢化がリンクしていることは初めから感じていた。そして、これからこの国が体験する社会の高齢化は、大げさな物言いになるが、人類が未体験の歴史的事象かもしれないという感覚すらあった。ブログを始めたのは定年後だが、この問題意識がブログのテーマの一つとなったのは自然な成り行きだった。

 

そして思いついたのが、個人的にも社会的にも ”学び直し” が必要ということだ。定年以前と以後の生活の間には何か一線を画すあり方がいいのではないかという思いもあった。若者には社会人になるための儀式として成人式というセレモニーがある。そして、定年期(50〜60歳)の人々にも転換期を意識的に迎えるための何らかの社会的制度があるのが望ましいと思った。

 

この考えは今でも変わらない。あの駅前広場でそのことを再認識した。高齢者自身の自覚が非常に重要になるのである。若者の教育無償化が問われているが、併せて、定年期の人々の学び直しの仕組み、補助金制度等の整備も検討に値すると考える。増大する社会保障関連予算の抑制には、一見遠回りのようにも見えるが、上記制度等の整備がより効果的ではないかと思うのである。

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