夜・間・飛・行

  • 2017.03.21 Tuesday
  • 21:02

サン=テグジュペリ著(堀口大學訳)『夜間飛行』(新潮文庫)

 

文学に不慣れなじぶんが、 古稀にならんとする歳になって、一人の飛行家の生きざまに興味を持って『夜間飛行』を読み始めた。本書には著者の処女作『南方郵便機』も併せて掲載されている。『南方郵便機』が1929年、『夜間飛行』が1931年の作品で、翻訳本が昭和31年(1956年)の発行というので、堀口大學の名訳と言われる作品ではあるが読むのに難儀した。

 

難儀したと言っても、それで読むのが嫌になったということはなかった。ただ、じぶんの語彙の未熟さを思い知る体験となってしまった。この歳でこんな体験をするのも何だが、それでも言葉(言語)の奥深さを改めて認識することになった。作家サン=テグジュぺリを知ってから未だ半年も経っていない。また、飛行家サン=テグジュぺリについてもほとんど無知であることを知った。尚のこと、作家/飛行家サン=テグジュぺリについてはゼロベースである。

 

『夜間飛行』『南方郵便機』共に読み切れていない。今回は、文学というより、空飛ぶ機械の黎明期に一万キロに及ぶ郵便航空路が事業展開されていたという事実を記した記録書として注目、さらにその内容に困惑している。ライト兄弟が有人動力飛行に成功したのは1903年である。そして1914年から始まった第一次大戦に早々と兵器として登場する。この速い展開も驚きだが、じぶんが今知りつつある、大戦後の郵便機の冒険的な進展もまた驚異的と言わざるを得ない。

 

郵便機の操縦士を実体験した著者サン=テグジュぺリによる文学的な飛行の表現は今まで知らなかったものだ。何せヒコーキに興味を持ったのが中学生の頃からで、第二次大戦の軍用機からであり、読んだ操縦士の体験記が坂井三郎の『大空のサムライ』と言うのだから文学の香りのしない世界だ。そう意味で、作家/飛行家サン=テグジュぺリは老いたじぶんにとって希有な存在になりそうな気配を感じている。

 

じぶんは読み物と言えばノンフィクション偏重の人生だった。ただ年齢?と共にエモーショナルな要因の重みを思うようになり、昨年、数学者・岡潔の著書で「数学は感情を入れなければ成り立たぬ」という表現を読んだとき、僭越ながら我が意を得たりと思ったものだ。そして人生の晩秋を迎えようとする今、芸術性と宗教性がじぶんと余生の鎹(かすがい)になるような気がしている。

 

『夜間飛行』は、若い頃に読めばまた違った印象を持ったのかもしれないが、何ともやるせない気持に苛まれる作品だ。フランスの著名な作家アンドレ・ジッドの序文、訳者 堀口大學のあとがき、そしてフランス文学者 山崎庸一郎の解説は本書を理解?するに重要なメッセージに思えるのだが。しかし、じぶんが残された時間でこれらのメッセージを真に理解できるようになれるかどうかは判らない。

 

 恐怖は死と直面したときにあるのではない。僕はこれまでに、四度死にかけたが、一度も恐怖は起こらなかった。こう言うと、僕には決して恐怖はないように聞こえるかもしれないが、実はそれどころが、僕はたびたび恐怖に襲われる。(サン=テグジュベリ)

 

サン=テグジュぺリの生立ちと、時代背景が関連するのかもしれないが、彼の心性が武士(騎士)であったと言うのは達観かもしれない。『夜間飛行』の冷徹な?主人公リヴィエールも、パタゴニアからの飛行中遭遇した暴風雨の中に見えた切れ目に陥穽(落し穴)と知りつつ機を上昇させた操縦士ファビアンも、著者サン=テグジュぺリの分身であろうと推測できる。

 

嵐の中で格闘するファビアンの描写は想像を絶する。まだ黎明期の飛行機である。現代人の常識では未だ事業化できるような代物ではないと考えるのが普通だ。そんな飛行機で夜間に嵐の中を飛行するのである。正気の沙汰とは思えない。しかしながら歴史的な事実なのである。そして、それを支えていたのが主人公リヴィエール、操縦士ファビアン、会社の関係者、そして家族たちの心性だったのである。

 

 僕は七歳の時から、ものを書いてきた。飛行機が僕に筆を執らせたのでは決してない。僕は信じている、自分がもし炭鉱夫だったら、必ず地下に人生の教訓を掘り出そうと努力したであろうと。これもすでに幾度も言ったことだが、僕にあっては、飛行機は決して目的ではなくて手段だ。自分を創り上げる手段だ。農夫が鍬を用いて田畑を耕すように、僕は飛行機を用いて自分を耕すのだ。(サン=テグジュベリ)

 

サン=テグジュぺリが生きた時代と現代の間には半世紀以上の開きがある。この差を大きいと見るか否かは見解に相違のあるところだろうが、個人的にはそんなに遠くの出来事とは思えない。じぶんの祖父の世代である。持て余すほどには残されていないじぶんの余生、サン=テグジュぺリのおかげで多少文学の香りのする生活が期待できるかもしれない。そして、これは僥倖としか言いようがないではないか。

 


 

夜間飛行

昭和31年 新潮社発行

平成28年 九十七刷(amazon

 

著者 サン=テグジュペリ(1900−1944)

名門貴族の子弟としてフランス・リヨンに生まれる。海軍兵学校の受験に失敗後、兵役で航空隊に入る。除隊後、航空会社の路線パイロットとなり、多くの冒険を経験。その後様々な形で飛びながら、1928年に処女作『南方郵便機』、以後『夜間飛行』(フェミナ賞)、『人間の土地』(アカデミー・フランセーズ賞)、『戦う操縦士』『星の王子さま』等を発表、行動主義文学の作家として活躍した。第二次大戦時、偵察機の搭乗員として困難な出撃を重ね、’44年コルシカ島の基地を発進したまま帰還せず。

 

訳者 堀口大學(1892−1981)

東京・本郷生まれ。詩人、仏文学者。慶應義塾大学を中退し、10数年間外国で暮らす。『月光とピエロ』に始まる創作詩作や、訳詩集『月下の一群』等の名翻訳により、昭和の詩壇、文壇に多大な影響を与えた。’79年文化勲章受章。

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