幻のジャパニーズ・ホスピタリティ ”お・も・て・な・し” ?

  • 2017.03.02 Thursday
  • 20:36

2020年東京オリンピック誘致活動の中で話題になったフレーズが ”お・も・て・な・し” だ。今流に言えばホスピタリティということになるのだろう。じぶんもこの国の ”お・も・て・な・し” の精神は実在すると信じたいのだが、十年前に定年を迎えようとする頃から少し疑問に感じるようになってきたのである。

 

前に当ブログでもそのことを書いているのだが、正直、これが客観的な認識と言えるかどうかは定かではない。もしかしたら、この感覚はじぶんの老化現象によるものではないかという思いもある。そしてこの思いは今も続いている。じぶんは終戦後まもない1947年の生まれだ。いわゆる団塊世代である。

 

ふるさとは宮城県で福島県との県境に程近い小さな町である。今から思えば、子どものころは質素な、どちらかと言えば貧しい暮しではなかったかと思う。農家が多く、学校の先生、医者などを除いて高学歴の人はほどんどいない社会である。じぶんの両親も明治生まれで学校は尋常小学校だけだったと思う。

 

しかし子どものころを思えば、じぶんの周囲の大人たちは学歴はなくとも人格者が多かったような記憶がある。中には乱暴な人、怖い人もいたのだろうが、どちらかと言えば純朴な東北弁の記憶と共に ”優しい大人たち” の印象が強く残っている。要するにあの頃の田舎には、幕末から明治期にかけて日本を訪れた西洋人が書き残した ”古き良き” 日本人がまだ残っていたということではないのだろうか。

 

そしてじぶんは、これがこの国の ”お・も・て・な・し” の源泉ではなかったのかと思うのである。この精神が時代と共に形を変え今なお受け継がれきているというのであれば何も言うことはないのだが、じぶんの身近な体験から ”お・も・て・な・し” の精神は薄れてきているのではないかと思わざる得ないのである。

 

じぶんの些細な体験というのは、具体的には車のディーラー、携帯ショップ、ケーブルTV、医療機関、そしてパート先(公共施設)のセキュリティ会社などに関するものである。関係者の顧客目線が非常に希薄なのである。じぶんの関心はこの国のサービスはもっとマシだったのではなかったかということであり、一方これはじぶんの勘違い、思い違いではなかろうかという懸念もあるのである。

 

しかし、これが老化による勘違いとなると一人の情けない老人の話で終わるだけなのだが本当にそうなのだろうか。もし我々が思っている以上にこの国から ”お・も・て・な・し” の精神が薄れているのだとしたら、これは単にビジネス案件に留まらない国のあり方にまで関わる大きな問題だと思うのだが。しかしこれもまた老人の世迷言と切り捨てられるのだろうか。でも本当に気にかかるのである。

 

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