新しい数学の見方

  • 2016.10.16 Sunday
  • 15:27

森田真生『数学する身体』(新潮社)

 

時折、若い世代の著書に感動させられる。今回の著者 森田真生(もりたまさお)氏にも感動した。じぶんも数学という学問(概念)に高校生の頃から興味を覚え、爺の年代になってもまだその関心は続いている。と言うわけで、書店で「××数学」とか「数学××」とかのタイトルを見ると、取り敢えず目に留まる。

 

今回のタイトルは「数学」の他にもう一つ関心のあるキーワード「身体」が入っていたのでダブルで引力が働いた。そして読んで感動した。終わりにサプライズというおまけまで付いていた。じぶんの読書量などは読書家に比べたら無いにも等しいほど貧弱だが、それでもこんな数学の本は本当に稀なのではないかという予感がある。

 

著者は大学に入学して文系の学部に所属していたが、ふとした縁で数学者・岡潔の『日本のこころ』に出合う。岡潔の言葉を読んで、著者は高校時代に熱中していたバスケットボールの日々を思い出す。著者は勝ち負けよりも、無心で没頭しているときに、試合の「流れ」と一体化してしまう感覚が好きだったという。

 

 岡潔にとって数学とは全心身を捧げた行為であり、頭で理屈を捏ねることでも、小手先の計算を振り回すことでもなく、生命を集注して数学的思考の「流れ」になりきることに、この人は無上の喜びを感じていることが伝わってきた。(省略)

 「数学」と「身体」、とてつもなくかけ離れて見えるこの二つの世界が、実はどこか深くで交わっているのではないか。その交わる場所を、この目で確かめたいと思った。ならば、数学の道へ分け入るしかない。

 

私はこれで数学を学ぶ決心をした、と著者は語る。この後の学生生活はまるで修行僧のようであったのではないかと想像してしまう。巻末の著者プロフィールがそれを物語っているように思える。肩書きに「独立研究者」とあり、これだけでビビッとくる。こんな若いのに・・・、何という人生を歩もうとしているのだろうか。

 

じぶんの数学に対する関心は、計算や数式を解くことよりもその考え方(概念)にあった。興味のきっかけは微積分の「無限」の概念だった。それまで全くじぶんの中に無いものだったのである。有限の線分の中にある無限の点?、などは通常は心に無いものだ。じぶんは、こんなものを生み出してしまう数学が不思議でならず、そしてその世界に興味を持った。

 

一方、道具としての数学というものがあり、社会に科学・技術の発展をもたらした。また、学校制度の中に取り入れられ、学科としての数学が確立されていく。この時、学校に導入されたものは、社会の要請もあったかもしれないが、道具としての数学だったと思う。計算力が評価されていくのは当然の成り行きだった。こうして、数学は学生評価の指標として、入試を計る道具としての役割を担うようになっていく。

 

しかし、著者の数学への取組みは全く異質のものであったと想像する。無論、数学者を目指すに必要な一般教養としての数学全般に対する学習に奮闘努力したとは思うが、著者の場合初めから特有の見方を持って取り組んだと思われるのである。

 

 数学では、まず1があり、それに2が続くけれど、人間の一生のはじまりにおいては、2と1が同時に到来する。

 人はやがて世界に向かって、言葉を発するようになる。昼と夜が区別され、嬉しいと悲しいが分離され、こことあそこが呼び分けられるようになる。

 言葉はまた言葉を生み、差異がまた新たな差異を生む。こうして、世界の文節化は、留まるところを知らずに進む。

 あるとき人は、数を数えはじめるようになった。

 1,2,3,4,5,6,7,・・・・・

 数は、無限の差異に、名前を与える。

 

本書の始まりのページに書かれている言葉だ。こういうところから数学を始める人っているだろうか。しかし、今のじぶんはこういう言葉に敏感だ。じぶんは少年の頃からずっと数学を絶対的な構造を持った聖殿だと思っていた。しかし、歳とともに「ちょっと違うんじゃないかな?」と感じるようになってきたのである。

 

著者が数学への道を進むきっかけとなった数学者・岡潔は数学を「情緒」で表現しようとしたいう。何か禅問答のようにも感じられるが、全身で数学を生きようとした証であり、著者もそこに惹かれたのだと思う。なぜ著者が岡潔の言葉に惹かれたのかは「あとがき」を読んでで判明した。

 

著者は、「数字」は道具として作られ、世界の主要な地域で、そして時間を超えて研かれ、相互に依存しあう道具のネットワークである「道具の生態系」が形作られてきたと見る。道具としての「数字」が洗練されてくると、それをますます使い易くするために、新たな道具や技術が開発される。そして数学が誕生した。

 

著者の数学歴史の解析は、古代ギリシャの論証数学、近代ヨーロッパの代数計算、ヒルベルトの現代数学へと展開され、終わりにアラン・チューリングと岡潔に辿り着く。じぶんは、数学の流れの果てにこの二人に流れ着いたというのは、著者特有の資質の所為であろと考える。著者自身も、この二人を同じ一冊の本で扱った本はこれまでなかったのではないかと書いている。

 

個人的には、アラン・チューリングはコンピューターの原理を提唱した人物として、岡潔は日本の著名な数学者ぐらいのの認識しかなかった。また、2〜3年前からコンピューターと数学の関連について関心を持ち始めて、アラン・チューリングを数学者として意識し始めたのはごく最近であり、本書を読んで尚その意識が強くなった。

 

 そもそも物理学が描くように、人間もまた自然法則に従う一つの「機械」に過ぎないのだとしたら、どうしてそこに自由な意志を持つ「魂」が宿るのか。意志や魂という概念を、どうすれば物理的世界の科学的な記述と調和させることができるのか。「心」の世界と「物」の世界の折り合いは、いかにしてつけられるのか。こうした一連の問いが、次第に彼の頭を支配していく。

 

著者が少年期のアラン・チューリングの心を推察した文章である。科学少年アラン・チューリングを数学(数理論理学)の道へと変えたものは何だったのか。著者は、チューリングが ” 計算や証明による記号の操作を「心」の問題に関連づける ” という当時としては独創的な視点を持っていたことがその誘因ではなかったかと推測する。

 

人の心の本質を科学的に理解したいと願ったチューリングは、ヒルベルト流の「数理論理学」の世界に惹かれた。こうして、チューリングは計算や論理についての原理的な考察によって、マシンから心へと迫る道筋を目指すことになる。

 

まず、チューリングは計算する人間の振る舞いをモデルとした仮想的な機械(「チューリング・マシン」)を考えた。マシンにはマス目に区切られたテープが搭載されていて、マシンはそのテープに記号を書いたり、消したり、テープを左右に移動させたりする。チューリングは、計算者(「コンピューター」)ができるいかなる計算も、原理的にこのマシンによって実現できると考えた。現在のディジタル・コンピューターの原理である。

 

 チューリングはその数を人間の身体から解放したのだ。少なくとも理論的には数は計算されるばかりではなく、計算することができるようになった。「計算するもの(プログラム)」と「計算されるもの(データ)」の区別は解消されて、現代的なコンピュータの理論的礎石が打ち立てられた。

 

その一方で、チューリングは人間の直感やひらめきなどチューリング・マシンの動作に還元できない要素があることも示唆していた。さらに、チューリングは有名なドイツ軍の暗号「エニグマ」の解読に成功した後に「機械の知能」を論じたテキストを同僚たちに配布している。著者はこれが「人工知能」に関する世界初の論文ではないかと考えている。

 

コンピューターは数学の申し子、これは今のじぶんの想いだが、著者の想いもこれに近いのではないか?と勝手に想像する。著者は、数学者は自らの活動の空間を「建築」するのだ、と表現する。私見だが、コンピューターは歴史上もっとも数学的なアーキテクチャーと言えるのはないだろうか。そして、コンピューターは人間の数学的思考の賜だが、かつ自ら数学する機能をも内包するようになるのだろかということが問われている(この表現はじぶんでも曖昧だなぁと感じるのだが)。これはAI問題につながるはずだ。

 

著者が思索したもう一つ別の数学的思考の道がある。それが岡潔が目指したものであり、おそらく著者が目指そうとしているものかもしれない。ただ、著者はアラン・チューリングの目指したものをも俯瞰できる視点にいるという強み?がある。岡潔は1929年にフランスに国費留学している。初めは異国の文化を存分に楽しんだようだが、1931年の満州事変あたりから何か欠乏感に襲われ、日本から『芭蕉七部集』『芭蕉連句集』『芭蕉遺語集』を取り寄せ熱心に読むようになったという。

 

岡は帰国して広島文理科大学に赴任するが、1938年に休職して、妻と二人の子どもと共に両親の住む和歌山県紀見村に移る。この後およそ十三年にわたり、畑仕事と数学三昧の日々を過ごしたというのだから驚く。

 

「小川のせせらぎを構成する水滴の描く流線や速度は、いずれも重力その他の自然法則によって決定されている。しかし、その水滴の運動を人間が計算しようと思えば、厄介な非線形の偏微分方程式を解く必要がある。ある程度の近似を許したとしても、現実的な時間内でそれを正確に解くことは難しい。にもかかわらず、小川の水は流れている。これはいかにも不思議である」(岡潔)

 

これは俳人の目線のようにも思える。フランス留学中に芭蕉の句集を熱心に読んでいたという話が想起される。これを著者は次のように解説する。

 

 自然は、人間やコンピュータによる「計算」とは違う方法で、しかもそれよりも遥かに効率的な方法で、同じ「結果」を導出してしまう場合がある。そもそも紙と鉛筆を使った「計算」も、紙や鉛筆の持つ物理的な性質に依存いているし、紙を使おうが、コンピュータを使おうが、計算というのは自然現象の振る舞いの安定性に支えられている。自然現象をある目的に沿って、部分的に切り出すことで計算は成り立っているのだ。そういう意味で自然界には、常に膨大な計算の可能性が潜在している。

 

自然環境そのものが、どんな計算機よりも潤沢な「計算資源」の役割を果たす、という著者の言葉に息をのむ。そうなのである。じぶんも以前、完全に自然をシミュレーションできるコンピューターがあると仮定したら、それは自然そのものではないかと妄想したことがあった。人間は自然を創れるのか、人間は心(人間)創れるのかという課題に通じるテーマである。

 

 記号的な計算は、数学的思考を支える主要な手段の一つであることは間違いないが、数学的思考の大部分はむしろ、非記号的な、身体のレベルで行われているのではないか。だとすれば、その身体化された思考過程そのものの精度を上げる −岡の言葉を借りるなら「境地」を進める− ことが、ぜひとも必要ということになる。(省略)

 が、どんな優れたアルゴリズムよりも、芭蕉が句境を把握する速度は迅速だ。

 芭蕉の句は「生きた自然の一片がそのままとらえられている」ような気がする、と彼は言う。

 

本当は身体が一番優秀な計算機(コンピューター)なのかもしれない。「あとがき」で、著者の記述に驚くと同時に納得した。著者は、中学二年生のときに、武術家・甲野善紀氏の「身体的知性」を知ったと言うのである。じぶんも当ブログで何度も甲野氏のことを書いている。じぶんが甲野氏を著書で知ったのは三十年以上前であり、ワークショップなどで直接教えを受けてみたいと思いながら果たせずにきたことを今でも後悔している。

 

著者が岡潔に惹かれたこと、数学への道を歩み始めたこと、これらのことも甲野善紀という人物を介すると腑に落ちるのである。じぶんにとって森田真生という青年ははるかに年下だが、もしかしたらこの老体に何か力の水を与えてくれる人物かもしれないという感じがしている。今、本書の再読と別の著書も読んでみたいと思っている。

 


 

数学する身体

発行 2015年10月

   新潮社(amazon

 

著者 森田真生(もりたまさお)

1985年生まれ。独立研究者。

東京大学理学部数学科を卒業後、独立。

現在は京都に拠点を構え、在野で研究活動を続ける傍ら、全国各地で「数学の演奏会」や「大人のための数学講座」など、ライブ活動を行っている。

公式ウェブサイト http://choreographlife.jp

 

calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM