バイリンガルは社会問題?

  • 2016.09.13 Tuesday
  • 18:20

茂木健一郎著『最強英語脳を作る』(ベスト新書)

 

 英語は学ぶというより、英語を生きることが大事です。英語を身につけるということは、英語の「マインド・セット」を身につけることで、それは単に単語や表現を知っているということとは違います。

 英語の「マインド・セット」は近代に入って世界で最も成功した「マインド・セット」になりました。したがって、英語ができないと、人類の文明の最先端の現場にいられない。これが英語をやらねばならない最大の理由で、受験や就職のために勉強するものではありません。

 英語はもはや、文化ではなく、文明なのです

 

本書の表紙裏に表記されている本文からの抜き書きだが、本書を「マインド・セット」と「英語は文明」の二つのキーワードで要約している。本書はとても刺激的な内容の本である。しかし、二度読んでも理解できたとは言い難いが、著者の言わんとする方向には強く引き付けられる。

 

数年前にドクター苫米地の『バイリンガルは二重人格』(amazon)に触発されて身近な外国語_英語に関心を持った。じぶんの興味は全く個人的なもので、そもそも人間は二重(多重)人格ではないのかという思いから、もしかしたらバイリンガルは二重人格を自覚?できる手近な方法ではないかと考えたのである。

 

しかし、還暦過ぎて本格的にバイリンガルを目指すというのはさすがにハードルが高いので、取り敢えずの方法として洋書を読んでみるとか、ネットで英語のトーク番組、ニューヨークタイムズのビデオを見るなどをやってきた。最近アマゾンTVスティックを買ったので、家にいるときはNHKワールドニュース、Yahoo!などをBGM代わりに流している。

 

今はIT環境で辞書機能なども充実してきているので外国語の学習には本当に便利な世の中になった。じぶんがやってきた程度の努力でも多少の成果はあるもので、英語を無意識に翻訳しようという衝動からはかなり解放されてきた気がする。英語のトークを、意味を理解できるかどうかを別として、音楽を聞いているかのように聞き流すことが出来るようになってきたのである。変なはなし、始めは日本語の雑念にジャマされて、このことすら困難だった。

 

さて、著者・茂木健一郎氏が本書で提唱していることは、じぶんの私的な関心などとは質を異にする問題である。あるコミュニティ/企業の英語公用語とか、低学年からの英語教育とかが話題になったこともあるが、著者のテーマはこれらとも少し異なるのである。

 

自分流に解釈すると、英語とそのマインド・セット(※)が、例えば石油産業のような現代社会にとって不可欠な構成要素(文明)になってしまっているということだと考えられる。もはや ”善し悪し好き嫌い” ではどうにもならない。現代社会では石油産業を認めることからしか何事も始まらない。同様に英語を使えることからしか何事も始まらない。別の視点から見ると、今や、英語はインターネットと共に現代文明を形作るメインフレームであると考える方が適切なのかもしれない。英語はもはやこの地球上に無数にある言語の中の一つであるという存在を超えた、と考えるべき時代になったのだろうか。

(※)マインド・セット -- ある種の世界の見方、価値観、行動様式、そういうものの複合体(本文から)

 

著者は、何事(特に経済的側面では)の最前線も英語によるコミュニケーションが主流となっており、誰もが英語なしではその現場にすら立ち得ないのが現実だと言うのである。じぶんは実情がそこまで逼迫した状況か否かを判断することはできない。しかしこのような状況を踏まえると、著者の認識では、今の日本の英語教育は問題外ということになる。

 

著者は毎年TEDトークに出演しているとのことだが、日本人からの揚げ足取りが多いのだという。それも内容に関することよりも「その表現は変だとか」「この発音は変だ」とかがほとんどで、日本人の完璧主義がマイナスに働いてしまっているのだろうと解釈される。こんなことでは、むしろ、英語は受験科目から外した方がよいのではないかとの意見すらあるという。その方が、各自が社会のニーズに応えて必死に英語習得に努めるのではないかとの期待からである。

 

英語の必要性を説く著者だが、世界中にある様々な言語を排除することを唱えてはいない。むしろ、それぞれの母国語は大事にして、英語を現代社会のリンガフランカ(共通語)として認識すべきだと主張しているのである。ただ、その英語はマインド・セットと一体であるというのが著者の主張の核心である。じぶんにとってもここら辺りが理解の難しいところである。リンガフランカとマインドセットは相反するのでは?と思ったりする。

 

しかるに著者の主張は、現に「英語というマインド・セット」が、その善し悪しは別として、世界中特に先進国エリアを闊歩しているではないかという認識なのである。もしこれを是認するならば、この国も政府として何らかの対策をしなければならないということになるのだろうが、さて、どこまで対応できるのやら。著者の懸念もその辺りにあるのではなかろうかと推測する。また、ここまで来ると、英語学習の問題は単に個人の外国語習得の是非を超えた社会(国体)問題と考えざるをえなくなる。

 

さて、著者は英語を習うための具体例としてAIをあげる。2006年3月、グーグルが開発した囲碁ソフト「アルファ碁」が韓国のイ・セドル九段に勝利した。このAIはポリシー・ネットワークと強化学習ネットワークの二つのソフトから成り、前者は何百万局という過去の棋譜を読み込んでパターン化、後者はいろんな手をランダムに打ち込んで自分自身と対局するという試行錯誤で絞り込みを行うのだという。

 

著者はこれが英語学習にそのまま当てはまるという。ポリシー・ネットワークでは良い英語を読みまくり、聞きまくりして、強化学習ではアウトプットで書きまくり、喋りまくりで相手の反応をみる。そして、今の日本の英語教育ではこのどちらも不十分である、AIに学ぶべきだと著者は言う。

 

著者は、さらにAIが進化して同時通訳が可能になれば、もしかしたら英語(外国語)学習も不要になるかもしれないが、自分自身のために外国語学習を続ける人たちは残るだろう予測する。しかし、この点に関してはじぶんは少し異なる意見を持っている。人間は肉体を持つ存在であり、意識を司る{脳}も結局この一部にすぎない。じぶんは、通常では人間は肉体から離反できない、と考えている。しかしながら、日本語と性格の異なる英語とのバイリンガルは日本人の{脳}に好影響を与える?という著者の説には共感する。

 

これほどに運動機能を補助する文明が発達した社会でも、いやむしろだからこそ、人間はこれほどまでにスポーツ世界を巨大に発展させた。さらに、健康を理由に生活の中にフィットネスなどを取り入れせっせと身体を動かしている。おそらく、自分の{脳}をバイリンガルにすることと、AIの通訳機能を使ってコミュニケーションを取ることとは次元の異なるテーマのような気がする。今、将来どんな現実が現れるのかは分からない。出来ることならば、じぶんの生存中に何らかの回答が得られることを楽しみにしたい。

 

関連投稿: 英語という外国語のはなし (2012/01/18)

 


 

最強英語脳を作る

発行 2016年7月 KKベストセラーズ(amazon

 

著者 茂木健一郎

1962年、東京生れ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職はソニーコンピューターサイエンス研究所シニアリサーチャー。

専門は脳科学、認知科学であり、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに、文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。

2005年、『脳と仮想』で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年、『今、ここからすべての場所へ』で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。

 

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