アメーバからアベマへ

  • 2016.04.30 Saturday
  • 22:01
今月の11日、AbemaTV(アベマティーヴィー:wikipedia)が 開局した。サイバーエージェントとテレビ朝日が合弁で設立したインターネットテレビ局である。初めは何のこっちゃと思っていたのだがPCでアクセスしてみてインターネットラジオと同じような放送サービスであることが分かった。youtube のようなオンデマンドサービスではない。

abemahttps://abema.tv/

そしてiPhoneのアプリを使ってみて、PCよりスマホの方がより親和性があると思った。こっちの方がメインターゲットなのかもしれない。スマホで画面を指先をスライドさせると、20chほどの番組をまるで雑誌をめくるように眺めることができる。これは嘗てじぶんが理想?のTVメディアと思っていたのでついに来たかと思った。参照: 「TV放送」 ビジネスモデルの転換を (2013/05/29)

嘗てじぶんが思い描いたTVの雑誌化( 「マガジンTV」(造語) )は全てのキー局をタブレット画面で雑誌のようにめくってしまうという発想だったので、コマーシャル収入が源泉である現在のTV局のビジネスモデルが成立しなくなると考えた。しかしAbemaTVの場合は同一局の多チャンネル化なので現行ビジネスモデルでも問題ないのかもしれない。

わが家では昨年末から通常の地デジTV放送が見れなくなった(見えなくした)。その頃はほとんどまともにTV番組を見ることはなくなっていたのだが、現実に停波してしまうと何か妙な違和感(落ち着かない)があることに気づいた。TV放送がなくなっても、ネットでオンデマンドの映像などが視聴できるので ”映像ロス” にはなることはない。しかし全てじぶんがセレクトという行為をしなければならない。オマカセにならないのである。その違和感はラジオで消すことができた。

このことは全く意識することがなかったのだが、どうも放送というのもは現代の ”時の流れ” を作るという役割を担っているのではないかということを思いついた。古くは太陽とか月の運行で ”時の流れ” を感じていたのだと思われるが、時計という道具が発明されてからはまさに機械が時を刻むようになった。そして社会に放送という機能が組み込まれると放送局が ”時の流れ” を作るようになった。長くその社会に住んでいるとそのことを自覚することができなくなる。しかし 停波がその記憶を甦らせてくれる。

そもそも人間の身体には初めっから時を感じる機能が備わっているはずだ。何ら道具を必要としないはずなのだが、文明社会はその役目をメディアに委ねてしまった。あるヨットマンが、ひとり大海の中で日常のメディアから隔離された状況でいることの意味を強く語っていた。じぶんの想像を越える体験談だが、その通りなのだろうと想う。

閑話休題。

AbemaTV のようにTV番組の雑誌化 −雑誌のように映像番組をめくって眺めることができるように編集されたメディア− は一つの方向性を示していると思う。AbemaTV を雑誌にたとえれば日刊紙と言えるかもしれない。あとはビジネスとして成り立つモデルとしてどう作り上げていくかということになるだろう。どちらにしても、NHKを含む現行のTV局は安穏とはしていられない時代を迎えることになるに違いない。

今後、TV番組はスマホでパラパラめくって眺めるぐらいでよいのである。今は過大に評価されすぎている。一方youtubeのように膨大な映像をデータバンクに保管する会社がある。これらの資源を使って映像の雑誌化(日刊、週刊、月刊など)ができるのではないかと想いが巡る。
 

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< September 2017 >>

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM