長寿番組の功罪について

  • 2016.04.13 Wednesday
  • 22:10
某局の長寿ラジオ番組が終わりを迎えた。じぶんもある時期通勤時に聞いていたことがある有名な番組だ。パーソナリティの個性が売りの番組で聴取率も高く三十年続く人気番組だ。終わりを惜しむ声も多く、これから何を頼りにしていけばいいのかというようなファンの便りもあるという。ここ十年ぐらいは聞いていなかったのだが、カーラジオで周波数を合わせると、エンディングに向けて番組関係者がお互いを讃え合い、褒め合うような放送内容が聞こえてきた。

しかし、この番組のような長寿番組は本当に良いことばかりだったのだろうかと思う。長く続くということはそれだけ支持されてきたということだと思うのだが、一方それだけ長く人々の生活を拘束してきたとも言えるのではないだろうか。ある種の依存症を生んできたと言えなくもない。チョッとはこのようなことに意識を向けてみるのも必要なのではないかと思うのである。

個人的には、テレビ・ラジオ番組はあまり長寿ではない方が良いような気がする。ある一定のサイクルで変化していった方が良いと思う。少なくともパーソナリティは企業内人事異動のように流れが淀まないようにすべきだろう。制作側も聴取側も慣れすぎないことが大事である。

今、じぶんにはテレビもラジオも定期的に視聴するものが無くなった。その分、ネット上のコンテンツを視聴することが増えてきたのだが、ネットはじぶんで簡単に選択できるので外食のようにある種の偏りが生じやすいとは思う。このことは自覚し続けなければならないと考えている。

NHKラジオに「ひるのいこい」という番組がある。これはじぶんが子どもの頃から続いているので半世紀以上になる。現在どのような番組内容になっているのかは知らない。しかし、子どもの頃近所の家から漏れ聞こえてきたあの印象的なテーマ曲( 古関裕而 作曲 )は忘れられない。 あの曲はあの当時お昼の時刻を知らせるシグナルでもあった。ある種の郷愁を伴って想い出される。しかし、このぐらになると長寿番組というよりもはや歴史と言っていい。


 

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