プラットフォームのはなし

  • 2015.11.16 Monday
  • 20:56
プラットフォームと言っても鉄道の話ではない。インターネットの話である。ラジオのトーク番組で著者 尾原和孝啓を知り著書『THE PLATFORM』電子版を購入した。著者は1970年の生まれというから、青年期にインターネットに出合っていることになる。壮年期にインターネットに出合った我々とは全く異なり、完全にネット世代と言えるのかもしれない。

THE PLATFORM
THE PLATFORM
−IT企業なぜ世界を変えるのか?
 
著者 尾原和啓
1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科修了。
マッ ケンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート(2回)、Google、楽天(執行役員) などの事業企画、投資、新規事業などに従事。十二職目となる現在は、インドネシアのバリ島に居を構え、日本と往復をしながらIT企業の役員などを務める。 初の著書『ITビジネスの原理』はAmazon.co.jp「Kindle本(ビジネス・経済)」2014年の年間ランキング第7位に入るロングセラーと なった。「TED」カンファレンスの日本オーディションに関わるなど、米国シリコンバレーのIT事業にも詳しい。


著者のプロフィールで、著者が1999年にスタートしたNTTドコモのiモード事業に関わっていることを知って、ほんのちょっと身近な人物に思えた。と言うのは、じぶんが、95年辺りから普及を始めたインターネットに興味を持ち始めたころは、ターミナルはPCが主体で携帯電話でインターネット・サービスが使えるというのは画期的なサービスだった。スマホの走りだったのである。当然、じぶんも強い関心を持った。実際にiモードを利用することはなかったが。

当時、このiモードの開発秘話はとても興味深かった。特に、開発リーダーである松永真理氏の印象が強く残っている。他に、夏野剛氏の名前は記憶にあるのだが、残念ながらそれ以外の主たる人物たちの名前が思い浮かばない。それで、著者 尾原氏もこのプロジェクトのメンバーの一人だったということに心が動いたのである。

さて、この著者 尾原和啓の説くプラットフォーム論は脳内に響く。じぶんもインターネット創成期から来るべきネット社会(インターネット社会)に関心を寄せてきた。しかし、サラリーマン生活から足を洗ってからは、ネット社会の本質への関心が日に日に薄れてきていたのだ、と本書を読んで気がついた。

ネット社会にとって「プラットフォーム」が重要な概念であるという認識はあった。著者はプラットフォームを「個人や企業などのプレイヤーが参加することではじめて価値を持ち、また参加者が増えれば増えるほど価値が増幅する、主にIT企業が展開するインターネットを指す」と定義し、さらに「もともと、ハードウェアやOSなど、コンピューターを動作させるための基本的な環境や設定を意味していた」と語る。

代表的なグローバル・プラットフォームとして、アメリカのグーグル、アップル、フェースブック、そしてアマゾン、マイクロソフト、ツイッターをあげる。さらに、独自に発展した日本型プラットフォームとして、リクルート、iモード、楽天をあげるのである。さらに、著者は「プラットフォームが世界を変える」と提唱している。

確かに、インターネットが人間社会に与えた影響は大きい。創成期はまだまだインターネットに懐疑的な人たちが多かったと思われるが、さすがに今は、多くの人たちがその影響力を認めざるえなくなっているのではないだろうか。勿論、その認識の度合いは人によるが。

じぶんも、ネット社会に対し意識的に気を配ってきたつもりだったが、青年期からインターネットに浸かってきた世代に比べれば、やはり埋めきれない溝があるように思う。本書を読んで、著者のライフスタイルにリアリティを感じられなくなっているのである。

著者は、プラットフォームの運営には共有価値観−企業の社員が共通して持っている価値観−が不可欠であるとして、グーグル、アップル、フェイスブックを例に読み解いてゆく。かつて、創造的な企業を評してヴィジョナリーという言葉が使われたが、これと著者の共有価値観とは近い概念ではないかと想像する。

これは、どんな企業においても大切なものだと思うのだが、プラットフォーム企業においては尚一層のこと重要なポイントになるということなのだろうか。確かに著者が言うように、素人目にも、グーグル、アップル、フェイスブックには強いヴィジョン(価値観)が作用しているように思われる。

しかし、今じぶんは、共有価値観が社会的成功(富と名誉)を超えて機能するような個人、組織が本当に存在し得るのだろうかと疑う。じぶんも五十歳ぐらいまでは、ヴィジョナリーということに、もっとリアリティを感じていたように思う。それだけ、じぶんも老いてしまったということなのだろう。だが、本当に共有価値観が優位の個人、組織に対する尊敬の念は未だ消えてはいない。

さりながら、その共有価値観が社会に与える影響がどのようなものであるかについては、著者ほど楽観的ではない。ただ、著者の以下のメッセージは、明るいネット社会の到来を期待できるのかもしれないと思わせてくれる。

 「教養」を意味する「リベラルアーツ(liberal arts)」という言葉がありますが、その原義は「人を自由にする学問」ということです。同じ意味において、私はプラットフォームの知識を「現代のリベラルアーツである」と考えているのです。

著者は、日本には特有のプラットフォームが育っており、それは「B to B to C」 モデルであるという。プラットフォームは参加する企業と顧客の間に立ち、円滑に取引が行えるようにサポートをすることをミッションとする。

日本型プラットフォームは、iモードの着メロや待ち受け画面などのコンテンツが象徴的だが、他人とのちょっとした違いを楽しむ「コミュニケーション消費」であると著者は説く。さらに、こうした運営手法がグーグルやアップルとの違いであるとも言う。

また、楽天の店舗ページのデザインに見られるように、「検索」より「探索」を志向するという特徴は、日本が大きくリードしている手法なのだという。楽天のトップページには、Shopping is Entertainment! というキャッチが創業期から掲げられているとのことだが、著者はこれが楽天とアマゾンとの大きな違いであると言う。そう言えば、楽天のページはドンキのようにゴチャゴチャしているという印象がある。

アマゾンと楽天の違いを考えたことがなかった。アマゾンは時々利用するが、楽天はほとんど利用したことがない。個人的にはウッカリである。著者は、目的がはっきりしている状態で商品を探すためのインターフェースと、目的が必ずしもはっきりしない状態でなんとなく商品を買いたくなるインターフェースは、まったく別のロジックなのだと言い切る

さらに、あまり知られていないことらしいが、楽天の品揃えはアマゾンよりもはるかに多いと著者は言う。楽天に出店している店舗同士は自由競争もあるが、横のつながりも強く、互いのノウハウを共有している。著者は、このことにより、自分がもっとも勝ちやすい場所を探してそれぞれが棲み分けるようになり、結果として品揃えが異常なほど充実しているのだと語る。

 ですから日本のワイン好きはアマゾンではなく楽天に向かいます。五大シャトーの200万円のビンテージワインから、一本700円のリーズナブルなチリワインまで、きっちりとそろえる楽天のロングテール力は、じつは扱う単位を「店舗」にしたからこその結果です。 人間を介在させた方が、じつはプラットフォームとしても効率がよいという現象が起きているのです。

じぶんもアマゾンと楽天の違いに注目してみたいと思うようになった。それには楽天を利用してみるのが一番手っ取り早いと思うのだが、先ずは楽天のホームページへの訪問回数を増やすことが先決か。

著者は、これら日本型プラットフォームの成り立ちは、前述の「コミュニケーション消費」が強力に発達している日本人に帰因すると考えている。そして、この「コミュニケーション消費」が、今後世界に広がっていくであろうと著者は予告する。これが日本のビジネスチャンスになり得ると考えられるのだが、日本型プラットフォームにアドバンテージがあったというのは、じぶんにとっても意外な発見だった。

 今までのように宗教や国家が「自己実現」に向かうなんらかの大きな物語を提供してくれることもあるかもしれませんが、プラットフォームの時代にあった「自己実現」があるはずです。そのヒントが楽天、グループアイドル、ニコニコ動画について説明したような、ハイコンテクストを背景とするような過剰な「コミュニケーション消費」にあります。自己実現のプラットフォームを可能にするヒントとして、日本という国が持つプラットフォームの特殊性が活きてくるのではないか、と私は考えているのです。

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