お金の本質のはなし

  • 2013.06.04 Tuesday
  • 16:53
つねに好奇心を刺激するワードの一つ、それが「お金」だ。若い頃ならともかく定年前後から強く関心を持つようになったのだから困ったもの。もっとも定年が近くなると、退職金だ年金だ雇用保険だとお金にまつわる話が増えてくるので、該当者たちはそんな話に過敏になってくる。それにしても、あの頃の話題と言えば「お金」の話ばかりというのは、今から思えば異常に思えるのだが当時はそれが当たり前のことだった。

しかし「お金」の話に一喜一憂しながらも「お金」に振り回されるじぶんに歯がゆさを感じていたのも事実。「お金」は基本的に「共同幻想」(※1)の産物という考え方が理解できたのは五十も半ば過ぎてから、と言って何かが変わるわけではない。「お金」は相変わらず強いインパクトを持つ”概念”(?)であり続けた。ただ「お金」、人とはそういうものだということを認識できただけでも意味のあることだ思っている。
※1 共同幻想 : お金として使えるという幻想(信頼)

スーパーインフレで「お金」が紙くずになるという話があるが、今や「お金」は紙くずにもならない。どっかのコンピューターに記録されているディジタルデータが自分の所有する、あるいは所有しうる「お金」であり、それが全世界の人々の「共同幻想」に支えられていると考えるとその頼りのなさは半端ではない。しかし、ほとんどの人々の「お金」への信頼が揺るがないのは、もはや”スーパー都市伝説”と言わざるをえない。

「お金」は絶対的な存在ではないのかもしれないと思い始め、世に出回っている企業発行の各種ポイント、あるいは「地域通貨」なども立派な「お金」と言えるのではないかという”幻想”を持った。それなら企業は給料の支払いの一部にさえ使うことができるようになる。その後、新進気鋭の経済学者、大学の若き研究者等の著書を通して、それが個人の幻想ではなくちゃんとした研究テーマになっていることを知り嬉しく思った。

「お金」の話は、残されたじぶんの人生の中で、知的好奇心を刺激してくれるテーマとしてだけの存在で終わるかなと思っていたところで、出会った本が 山口揚平著『なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?』(ダイヤモンド社:amazon) だ。著者も著書も魅力満載である。

なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?著者 山口揚平氏 プルフィール

1975年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。1999年より大手コンサルティング会社でM&Aに携わった後、独立・企業した。企業の実体を可視化するサイト「シェアーズ」を運営し、証券会社や個人投資家に情報を提供、2010年に同事業を売却後、12年に買い戻した。現在は、コンサルティングなど複数の事業・会社を運営する傍ら、執筆・講演を行う。専門は貨幣論、情報化社会論。
主な著書に『なぜか日本人が知らなかった新しい株の本』『企業分析力養成講座』『そろそろ会社辞めようかなと思っている人に、一人でも食べていける知識をシェアしようじゃないか』。

「シェアーズ」 URL : www.valuationmatrix.com

著者は学者でも評論家でもない。まだ三十代後半の青年実業家である。サラリーマンとして、そして起業と挫折の体験から、”お金は絶対的なものではない”という「お金」の本質をつかみ、それを具体的に事業、啓蒙活動に活かそうとしている。
 
 真理を探究する人がいる。一方で金儲けがうまい人もいる。でも僕の目標は、真理を発見することでも、逆に徹底的に具体的な成果、たとえば大金持ちになることでもない。
 本当に大事なことは、真実と現実との距離を縮めることだ。自ら思考し、発信し、実行し、実現すること、その全てを体験することだ。僕は、それを目指している。


著者は、最終目標”お金のない世界”という夢に向かって、自らの理想を糧に現実に行動している人物なのである。本書を一通り読んで正直信じられなかった。この若さで”「お金」の本質”をつかみ、その上「お金」の力を活用して理想の社会を目指そうとする。今年六十六歳にならんとする我が身を振り返れば、寅さんではないが、恥ずかしきことのみ多く情けない思いがする。近頃、若い日本人でアスリート、研究者、事業家などにハッとさせるような人物に気がつくようになった。頼もしい限りだ。

著者は、お金のピラミッドと称して、「お金」「価値」「信用」「使命」「覚悟」「信念」の六つの概念を三角形に配置し、「お金」ができる仕組みを表すフレームワークを作成している。その中でマネタイズ(※2)、キャピタライズ(※3)、そして非貨幣経済の三つの流れがあることを示している。
2 マネタイズ : 事業などでお金を得る
3 キャピタライズ : お金を創る(例;お金を刷る)

そうした上で、著者は「お金」を”コミュニケーションの溝を埋める「パテ」”、”言語・宗教・ボディランゲージ・笑顔と同じコミュニケーションツール”などに譬え、「お金」は絶対的なものではなく代替えが効くものであることを証明しようとする。そして、”「お金」の本質” −マネタイズ、キャピタライズ− を見抜いていた象徴的人物としてピカソを挙げ、逆に”「お金」に無縁”の画家としてゴッホと対比するが、人生の目標である幸福度は「お金」だけでは計れないことを補足、強調する。

いつのまにか、「お金」はその保存性や流動性といった機能が、価値や信用を担保する機能を凌駕するようになった。今はみなが「お金」に価値があると思っていること自体がお金の価値になっている。反面、現代人は物や「お金」を認識する五感ばかりが主役となり、幸福を直接に感じとる体内センサーが麻痺している。この著者の声は世の中にはまだまだ届かないだろうが、若い人たちの中に共鳴しあう仲間がおり、現に具体的な行動でその価値観を表現しようとする人たちがいること知ったのは、じぶんにとって驚愕でありまた一筋の光にも感じる。

一方、著者はインターネットの発達を前提にした「個人間の紐帯」の比重が増大してくることを指摘する。今や、世界は「国家」(ソブリン)、「企業」(グローバルカンパニー)、「個人間の紐帯」(ネットワーク)の三層構造を成し、しかも「国家」はその力を弱め、経済は「企業」と「個人間の紐帯」が主力の活動に移行すると予言する。各国のGDPと企業の売上高をランキングすると、第一位がアメリカ、第二位に中国、第三位日本、そして24位の台湾に続きウォルマートが25位、ロイヤルダッチが29位、トヨタが41位と続く。2010年の世界のGDP(企業は売り上げ)とトップ100のうち、4割以上を「企業」が占めるという。こんなことは考えてみたこともなかった。

著者の描く未来像は、「国家」という共同体が陳腐化する中で、「個人間の紐帯」が明確になり、個人の「価値」や「信用」の創造が重要になる経済社会である。そこでは新しい「物々交換経済」が復活する。著者はそれを「信用主義」と表現する。著者は、本書の初めにカール・マルクスの『経済学・哲学草稿』から一文を紹介している。
 
  人間を人間として、
 また世界に対する人間の関係を人間的な関係として前提してみたまえ。
 そうすると、君は愛をだだ愛とだけ、信頼をただ信頼とだけ、
 その他同様に交換できるのだ。

マルクスが、著書の中で、お金のない世界とは物事を無機化・数値化しないで、コミュニケーションが行われ、かつそれが円滑に生産の上昇気流に乗せることができる世界観だと提示していること、そして彼がそんな世界を夢見て死んでいったとある。かつて、じぶんと同世代の若者達がカール・マルクスに触発(?)され学生運動を起こした。そしてその運動は社会を変えることもなく歴史となった。

現代の青年は、同じカール・マルクスの書を読んで運動を起こそうとしている。しかし、その運動は、はるかにクールでリアリティに充ちている。世のエスタブリッシュメントに属する人たちは絵空事と一笑に付すだろうが、じぶんには、これが静かに着実に世の中を変革するムーブメントの一つであるような気がしてならない。いや、そうあってほしいと願う。

関連投稿 : ピカソは本当に偉いのか? (2012/11/25)

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