復活するアイボ!!

  • 2017.11.07 Tuesday
  • 21:23

ソニーのペットロボット・アイボが12年ぶりに復活する。アイボ(wikipedia)は1999年に発売、2006年で発売中止となった。じぶんも発売当時は銀座のソニービルまで見にでかけた。よくぞ商品化したものだと感心した。初めは高価なおもちゃという印象が強かったが、累計で15万台販売されたというのは驚きだ。

 

https://aibo.sony.jp/

 

しかし今思えば、アイボ(AIBO)はソニーの先進性の象徴だったように思う。後にソニーはリストラ策の一環でロボット事業から撤退することになるわけだが、現在のAI電子機器の振興を見るにつけ、本当に残念なことだったと思わざるを得ない。ソニーはこの時にソニースピリット?をも置き去りにしてしまったのかもしれない。

 

じぶんは、ロボット技術、カメラ技術、通信技術に長けたソニーは今注目のドローンのパイオニアになれたのではないかと考えている。はなはだ残念至極に思う。

 

関連投稿: オタクの世界へ (2015/02/15)

 

個人的に数年前からインターネット・デバイスとしてのロボットに注目してきた。日本では小型のヒト型ロボットやペットロボットなどが発売され、最近のニュースではAIスピーカー(スマートスピーカー)が話題になっている。インターネットとのインターフェースの役割を担うロボットが多い中で、アイボ(aibo)はこれらの製品とは異なる路線を提案しているように見える。

 

アイボ(aibo)もインターネットに接続されるようだが、「心」というべき本体のデータを定期的にバックアップ(複製保存)することやクラウドで解析した情報をもとに成長させることに主眼を置いているようだ。結果としてアイボ(aibo)と飼い主(オーナー)とのコミュニケーションに関わる膨大なデータがクラウドに蓄積されることになる。

 

ソニーが最終的にどこに向かおうとしているのかは分からないが、個人的な期待として、これらのビッグデータを活用することによるAIロボットの進化への寄与は言うまでもないが、創造主である人間の「心」の解明(解釈)に役立てられるのではと思っている。

 

アイボ(aibo)は特に高齢者層にニーズがあることが予想されるので、遊び相手というより、むしろ心の繋がりを求められるようになるのではないかと想像する。これはいま高齢者層に居る人間の一人として確信に近いものがある。人間と機械(AIロボット)の間に本当に心の繋がりが成り立つのか、生命とAIロボットとの間にあるものは何か、などは認知科学の大きな関心事であろう。

 

AIロボットの社会進出という現象は、日本の産業界が目指すところであることを示唆し、また個人的には、老化していく自らの心身を支えてくれる存在になってくれるのではないかという切実な希望である。あるいは、人が人を支えていくという、かつては普通にあった人情が復活する瀬戸際となる。

 

関連投稿: オタクの世界へ (2015/02/15)

AIとホンキイ・トンク

  • 2017.08.04 Friday
  • 15:32

この世紀はAI( artificial intelligence :人工知能)の世紀と謂わんばかりの勢いだが、AIに関する報道等を見聞きするうちにホンキイ・トンクという言葉を思い起こした。筒井康隆氏の短編集『ホンキイ・トンク』に収められた同じタイトルの作品名である。

 

そもそも、ホンキートンク(wikipedia)とはアメリカのカントリーミュージック等が演奏されていた場所(バー)を指していたが、後にある演奏形態(ragtime)の呼称になっていったようだ。その独特の演奏スタイルが生み出す印象からなのか、或いはよく調律されていない調子はずれのピアノが使われたという事実からきているものなのか、ホンキートンクにはこの調子っぱずれのピアノが不可欠な要素なのだ。

 

筒井康隆のホンキイ・トンクがこのホンキートンクから来ているのは間違いない。短編『ホンキイ・トンク』は、ある小国の女王が国の政策をコンピューター、しかもちょっと狂った(バグ?)コンピューター(「ホンキイ・トンク」)に任せる決断をするという物語である。そして、この「ホンキイ・トンク」が打ち出す突拍子もない政策が功を奏するという話である。

 

短編『ホンキイ・トンク』は1969年の作品で、前の年に小説「2001年宇宙の旅」がキューブリックによって映画化され、人工知能を搭載したコンピューターHAL9000が登場する。AIが少しづづ世間一般に知られるようになっていった時代である。

 

そのような時代を背景に、著者は筒井康隆流SF的観察眼でコンピューター「ホンキイ・トンク」を登場させるのである。人間に反逆したHAL9000と比べ、ガラクタと言われてもしょうがないほどの「ホンキイ・トンク」が社会で有効に機能する。著者一流の社会風刺とも、また、フリーなジャズ好きの著者のフリーな即興と取れなくもない。

 

そして今、AIはあの時代のSF世界から現代のリアル世界の存在へと進化しつつある。AIはまだまだ特定専門分野の枠内に留まるエキスパートシステム(wikipedia)が主流だが、チェス、碁、将棋の世界ではAIがプロを超える力を持ちつつある。その背景にはディープラーニング(wikipedia)という技法の進展がある。

 

そして、近頃は医療分野で画像診断の正解率がパーフェクトに近づいているとのニュースも流れている。近くの病院でレントゲン検査を受けた知人が肺ガンの可能性ありと診断され、紹介された大病院で幼稚な誤診であることが判明したという話を聞いた。こんな状況を考えると、画像診断は原則AIに任すというような制度の確立が急がれるのかもしれない。

 

社会面でも、AIは雇用の喪失を生むなどの懸念がなされている。しかし、もはや、AIはアートの分野をも含むあらゆる分野に入り込んでいくであろうことは否定できないように思われる。人間が車社会を受け入れてきたように、AI社会を前提に法、教育などを整備していくことが肝要となる。

 

上記はまるで評論家のコメントのようで面白みがないが、実は個人的にAIの導入先として推奨したい組織がある。それが行政機関である。ここで話は頭に戻る。先ずAIの能力を生かせるのは行政機関ではないかという発想があり、それが「ホンキイ・トンク」の思い起こしへと繋がったのである。

 

昨今の国会質疑、官僚・地方行政の不祥事などを見るにつけ、いっそAIを中心に据えたシステムにオマカセしては、という思いが沸き出してきてしまったのである。今や、筒井康隆がSF(妄想)した時代に比べれば、AIは使えるテクノロジーに進化した。ただ、これにより多くの議員、役人が職を失うことになるので抵抗も大きいことが想定されるのだが。

 

AIは民間にも入り込んでいくことは間違いないが、メガAIシステムの開発を目途に、一躍行政と民間が一体になってシステムの開発を目指してはどうか。行政は前例、コンプライアンスなどに重きが置かれるので業務のコンピューター化(アルゴリズム化)に向いていると思う。もっとも行政には大岡裁き的側面も必要になるかもしれないので、五大老ぐらいは残しておいた方がいいかもしれない。

 

それにしても、AIは認知科学そのものであると言えるような対象であり、齢七十のじぶんにも充分に刺激的である。晴耕雨読、悠々自適などの老後の生活を喩える表現があるが、じぶんにはほど遠く、むしろ余生もAIに頼るような生活になってしまうのだろうかなどと思いを巡らせる。

AI を知る

  • 2017.02.02 Thursday
  • 16:58

苫米地英人著『認知科学への招待』(サイゾー)

 

昨年はずいぶんとAI( artificial intelligence :人工知能)が話題になっていたような印象がある。将棋でプロがAIに負けたとか、車の自動運転技術の実用化等が争点になっていたが、もっともマスコミ受けしていた話題は ”AIの普及で人間が失業する” というようなことだったと思う。

 

しかし、なぜ急にマスコミはAIに注目し始めたのだろうか。昨年は多くのAI関連本が出回っていたのは確かだ。しかし、マスコミと出版の関係は鶏と卵のような印象もある。どっちが仕掛けたのかは分からないが、どちらにしても、社会的に機が熟してきたということなのだろう(?)。

 

AIという用語が作られたのは1950年代ということで結構歴史がある。じぶんがAIという言葉を知ったのは、日本が国家プロジェクトの一つとして第五世代コンピューター開発に取り組んでいた頃の80年代だと思う。ちょうどパーソナルコンピューター(PC)が普及を始め、個人的にも初めてPCに触れることができた時期と重なっている。

 

しかしながら、AIは永年夢のまた夢という感じで小説や映画の中だけの存在だった。だが、今思えば、あっという間にPCの能力が向上し、さらに世界的なデジタル通信網であるインターネットが普及したことにより、AI開発環境の様相が一変する。世界中の研究者、技術者がインターネットを通じて情報交換、共同研究できるという環境が整備され、結果としてAIの開発を促すことになったのではないかと想像するのである。80年代には予想もしなかった急激な社会環境の変化である。

 

昨年出回った多くのAI関連本に関しては、実は未だどれも読んでいない。生活にかまけて読書が進まないので買う気にならなかったのである。しかし興味をそそるテーマであることは間違いない。ただ失業など、社会問題に着目した記事にはちょっと過剰にすぎる反応ではないかとの印象を受けた。

 

もちろん、AIが普及することになれば「ロボット工学三原則」(wikipedia)にあるような思想など、議論すべき社会的テーマが存在することは言うまでもない。ただ、今、じぶんがより関心を寄せるのはAIのベーシックな部分なのである。そういう意味では、ドクター苫米地の『認知科学への招待』はジャストミートだった。

 

2014年1月初版で、著者は「まえがき」にもAIの啓蒙書であるようなことは唱っていない。著者の意図は認知科学の啓蒙にある。しかし、本書の内容はAIの原理(思想)そのものと言っても過言ではない。つまり、「 AI ≒ 認知科学」 と考えても間違いではないということである。もっとも、著者は最終的に認知科学というパラダイムだけではAIの問題は解決しないという考えに立っている。

 

著者によれば、認知科学は人間の心を含めた知能の働きを探る学問で、まず哲学、心理学の分野で発展が見られた。心理学で中心的な考え方であった実験主義とか、行動主義の行き詰まりに呼応して認知科学が出現、心とか脳の機能に着目し「機能主義」(Functionalism)などと呼ばれた。

 

そして、この「機能主義」の特徴として、心とか脳の働きを「Function」つまり「関数」で表現できると考えることがある。そして、この特徴はコンピューターとの高い親和性を物語るのである。つまり、心と脳の働きをコンピューター内に作り上げるという研究スタンスなのである。そのままAIの研究開発に繋がることになる。

 

そもそも、著者の研究者としての出発点は人工知能に対する興味であったという。そして、アメリカ留学を志して認知科学に出合うことになる。アメリカで、著者は認知科学の巨匠であるロジャー・シャンク、マービン・ミンスキー、ノーム・チョムスキーに直接、あるいは間接的に教えを請う機会を得る。

 

ドクター苫米地の著者には長〜い著者略歴が記載されている。ふつうだったらイヤミに感じるところだが、じぶんはいつも眺めながら愉しんでいる。専門分野は機能脳科学、計算言語学、認知心理学、分析哲学、計算機科学、離散数理、人工知能、さらに天台宗ハワイ別院国際部長、そして自己啓発の世界的権威、故ルー・タイス氏の顧問メンバーとして能力開発プログラム「PX2」「TPIE」を日本向けにアレンジ、普及に努める。

 

理由も分からず、じぶんはドクターの「著者略歴」にも意味があると思ってきた。そして、本書『認知科学への招待』を読んで、その意味が分かったような気がした。著者は、本書でマービン・ミンスキー著『The Society of Mind (邦題:心の社会)』を紹介し次のように評価している。

 

 また、本全体の構成自体が、ニューラルネットのように、一つひとつ項目が密接に絡み合って、クモの巣のようになっていると言っています。

 「心とか知能というものは、単調論理では説明できない。だから、本書の構成自体も非単調論理で書くことにした」と宣言しているわけです。

 ある意味、潔い覚悟で書かれた本だと思います。

 もっとも、私の本も同じように非単調で書いているつもりですし、もっと言ってしまえば、それは一冊の本の中だけでなく、私の著作どうし、あるいは世の中のあらゆる本と密接に絡み合って、クモの巣のようになり、大きなゲシュタルトを形成していると言えるでしょう。

 読者のみなさんも、そこに気付いていただくと、本から得られる情報が一気に爆発的に増えるのではないかと思っています。

 

著者略歴に記載してある著者の多くの研究テーマもこの事に関連しているのではないかと思うのである。一つのテーマ(視点)からでは説明できない。心とか脳はそんな対象なのではないか。

 

AIには解決不能に見える「フレーム問題」が存在する。ロボット(AI)が膨大な計算処理に追われてストップ(フリーズ)してしまうという問題である。人(脳)は当面必要なものと不要のものを簡単により分けてしまうがAIにはそのことが簡単ではない。

 

著者は、本書で仮に「レストラン・フレーム」というものを例にあげて説明している。人はあらゆるバリエーションの店をレストランであると判断できるが、AIが判断に要するためのデータは無限?に出現してくるので切りがない。このような状態から抜け出すには新たなパラダイムが不可欠であるとして、著者は「超情報場仮説」を提唱する。

 

この世界は3次元の物理空間ではなく、高い抽象度を持った「場」である、というのが著者の主張である。著者はこれを「超情報場」と名付けた。人には五感とは異なる感覚器が備わっており、「超情報場」に書かれた「レストラン」という情報を読み取ることができるというわけだ。AIはいつかこの抽象度の高い世界に達することができるのか。著者は、今は誰にも分からないとしながらも、どちらかと言えば否定的だ。

 

著者は記述してはいないが、著者のパラダイムに寄れば、AIが普及することにより人がお払い箱になるというようなことは杞憂に終わるのではないか。個人的には、今後もさらにAIの進化が進み社会的対応策が不可欠になってくると考えており、失業も問題になってくるかもしれない。しかしそのことよりも、人と社会の人間性を高めること - 芸術性、宗教性の追求 - に視点を移していくことの方が肝心なのではないかと感じている。人とAIの共生に向けて。

 


 

認知科学への招待

発行 2014年1月 螢汽ぅ勝次amazon

 

著者 苫米地英人

1959年東京生まれ。認知科学者(機能脳科学、計算言語学、認知心理学、分析哲学)。計算機科学者(計算機科学、離散数理、人工知能)。カーネギーメロン大学博士、同CyLab兼任フェロー、株式会社ドクター苫米地ワークス代表、コグニティブリサーチラボ株式会社CEO、角川春樹事務所顧問、中国南開大学客座教授、苫米地国際食糧支援機構代表理事、米国公益法人The Better World Foundation 日本代表、米国教育機関TPIジャパン日本代表、天台宗ハワイ別院国際部長、マサチューセッツ大学を経て上智大学外国語学部英語学科卒業後、三菱地所へ入社。2年間の勤務を経て、フルブライト留学生としてイェール大学大学院へ留学、人工知能の父と呼ばれるロジャー・シャンクに学ぶ。同認知科学研究所、同人工知能研究所を経て、コンピューター科学の最高峰と呼ばれるカーネギーメロン大学大学院哲学科計算言語学研究科に転入。全米で4人目、日本人としては初の計算言語学の博士号を取得。帰国後、徳島大学助教授、ジャストシステム基礎研究所所長、同ピッツバーグ研究所取締役、ジャストシステム基礎研究所・ハーバード大学医学部マサチューセッツ総合病院NMRセンター合同プロジェクト日本側代表研究者として、日本初の脳機能研究プロジェクトを立ち上げる。通商産業省情報処理振興審議会専門委員なども歴任。現在は自己啓発の世界的権威、故ルー・タイス氏の顧問メンバーとして、米国認知科学の研究成果を盛り込んだ能力開発プログラム「PX2」「TPIE」などを日本向けにアレンジ。日本における総責任者として普及に努めている。著書多数。

妖怪 ” どろーん ” ?

  • 2015.05.23 Saturday
  • 19:50
この2月に、ドローンの話を投稿したばかりだったのだが、その後、ドローンにまつわるいろんな出来事が続け様に起きて、今や注目のトピックスの一つになってしまった。今年は ”ドローン元年” と呼ばれるような年になるかもしれないとは思っていたが、こんなに急激に話題が進展することになるとは想像もしていなかった。

この分野での日本企業の参入や、運用に関わる法制化などに出遅れの感がないでもないが、第1回国際ドローン展が開催されるなど、その対応も本格化する気配が感じられる。しかしながら、ドローンはラジコン・ヘリコプターの一種だろう、ぐらいの認識しかない報道が多いことが懸念される。先の投稿でも取り上げたことなのだが、ドローンは基本的にロボットである。このことへの認識が不足しているような気がする。

3年前のTED2012の中に、既にこのことを十分に認識させうるトークがあった。

TED

確かに、ドローンもラジコンヘリと同様に、同じローター(プロペラ)の空力特性を活かして飛行する。ドローンはマルチコプターという呼び名もあるように3つ以上のローターを使用する。この複数のローターを「フライトコントローラー」が制御することにより飛行する。ローターはドローンの手脚と言ってもよい。「フライトコントローラー」は機体の制御に際し、ジャイロ、ACC、気圧計、磁気、GPS、などのセンサーからのデータを演算に使用する。間もなく、目(カメラ)と耳(マイク)もセンサーに追加されるだろう。

「フライトコントローラー」はコンピューターなので、そのプログラムにより、ドローンは基本的に自動飛行する能力を持っている。もちろん、送信機など外部からのデータにより、その制御に介入することも可能である。と言うことは、高度な機能を持つ外部機器とのデータのやり取りで、より高度のインテリジェンスを加味した制御も可能になるということである。

マルチコプター
もちろん、ドローンにも光と陰がある。空撮、流通、防犯、防災、セキュリティなどへの転用などの明るいシナリオがある一方で、作家 佐藤勝氏の話だが、特定の個人をターゲットにした暗殺マシーンになりうるという話もSFとは言い切れないのである。

個人的に、初めは面白いオモチャぐらいの印象だった。次に、蝶など、昆虫を研究するロボットとしての可能性に興味を持ち、そして「空飛ぶカメラ」という一つの家電商品としても注目するようになった。しかしながら、機体により程度に差はあるが、常にその自立性に注目してきた。

ドローンは、じぶんが触れる前に、登録制やら免許制などの面倒な手続きが誕生してしまいそうな予感もあるが、さて、今年はどこまで、 ” どろ〜ん ” と化けるのか、楽しみだ!!

関連投稿:オタクの世界へ (2015/02/15)

オタクの世界へ

  • 2015.02.15 Sunday
  • 11:51
 金曜日に所用で東京へ。帰りに秋葉原のヨドバシAkiba に立ち寄る。秋葉原と言えば、20代はオーディオとLPレコードのため、30代はパソコンが目的でよく出かけた。その当時、主な立ち寄り先は東側エリアだったが、近年の立ち寄り先は西側のヨドバシAkiba となった。ヨドバシAkiba は駅に近いこともあるが、じぶんにとってはミュージアムのようなところだ。

ヨドバシakiba

いつもは、PC・スマホ、AV関連、そして文具・書店売り場を回って見ることが多いのだが、今回は何となく6階のゲーム・玩具売り場を覗いてしまった。フィギアとかラジコンとかプラモデル紫電改のマキとか雑多な品が置いてある。

そこで「紫電改のマキ」というプラモデルキットを発見した。紫電改は太平洋戦争末期において、米軍の戦闘機と互角に戦える能力を有した数少ない名戦闘機だった。

じぶんにとって紫電改と言えば、何といってもち「紫電改のタカ」(ちばてつや)である。紫電改のタカハードボイルドな世界である。しかし、「紫電改のマキ」とは何と、これぞ ” 萌え ” の世界なのか?!、とインスパイアされた。

ちょっと「紫電改のマキ」の世界を覗いてみたい気もする。これはひょっとしてオタクへの入り口か?。じぶんにはオタクの気質があるような気がしないでもない。AKB48 ファンのシニアたちも多いと聞く。シニアにとってあの世界もそんなに遠いものではないのかもしれない。

閑話休題。

ヨドバシAkiba の玩具フロアに入ってから、ふと DRONE(ドローン)-マルチコプター-売り場を見たいと思った。簡単に言ってしまえばラジコンのヘリコプターである。店内には各種の商品が展示されていた。アジア系外国人と思われる女性が商品を物色している。子供への土産だろうか。

ドローン

このIT系テクノロジーはオモチャから始まり、軍事、防災、運搬への実用性が問われている。これら多様なオモチャは目をみはる。価格も2〜3千円から10万円を超えるものまである。しかし、じぶんはこれらを単純にオモチャとは考えていない。

ライト兄弟から始まった飛行機の歴史は流体力学、材料力学、そして熱力学等の歴史でもあった。しかし、DRONE は一味違っている。無論、飛行体なので、基本は通常の飛行機と同じなのだが、飛行体の姿勢制御の仕方が全く異なるのである。

飛行機はヨー、ピッチ、ロールの姿勢制御を空気の流体力学特性を利用して行う。しかし、DRONE は各種センサーと、プロペラに直結されたモーターの回転数を飛行体に内蔵されたコントローラー(コンピューター)により変えることで制御される。つまり、元々 DRONE は自律的に作られている。

元来、ラジコン飛行機は習熟するのにある程度の時間を要するが、DRONE は初めから自律的なので素人にも簡単に飛ばせる(はずだ)。DRONE に対するじぶんの認識は ROBOT である。それ故に、ピザハットとかアマゾンが配送手段として使おうと考えている。DRONE は最終的に完全に無人で行動できることを目指す。今年は大きな進化の年になるに違いない。



フランス PARROT 社製の最新のホビー DRONE である。これはもう空飛ぶロボット・カメラとしか言いようがない。個人的には、かつて犬型ロボット Aibo を開発・販売したソニーの商品であって欲しかった。ソニーは必要な一級のテクノロジーをすべて有しているはずだ。マーケティングの網にはかからなかったということだろうか。

DRONE も、ホビーから実用ユースまで多様に普及するとなると法令化が必要になるかもしれない。場合によっては免許制度も考えられる。アイザック・アシモフがSF小説の中で示した「ロボット工学三原則」というものがある。人間への安全性、命令への服従、自己防衛を目的とする3つの原則から成る

ROBOT が普及することを想定した社会も、もはやSFではなくなってきている。じぶんは、ROBOT を作ることは人間を考えることだ、と思っている。ここが他の工業製品と異なるところだ。

ヨドバシAkiba の玩具売り場で、懐かしい日本海軍双発攻撃機のプラモデル・キットを手にしながら、シニアにとってオタクな世界はネーチャーに負けないカンフルになるのかもしれないという想いに浸った。

関連投稿:アルゴリズムのはなし (2014/05/21)
     秋の気配の中で何故か・・・ (1012/10/20)

ソフトバンク、 PEPPER ロボを発表

  • 2014.06.22 Sunday
  • 21:33
ソフトバンクがロボット事業に参画することを発表した。割とまめにネット情報を覗いていると思っていたのだが記者会見の発表を洩らした。知ったのはスマップのTV番組からだった。これは驚きと同時に ”始まったか” という感じがした。

現在米国企業のロボット参画が注目されているが、歴史的には日本の方が一歩先んじているはずと思っている。ロボットのマーケットとして様々な分野が注目されているが、個人的には当面インターネット端末(ポスト・スマホ)としてのロボットに関心があった。ロボット掃除機もいずれインターネットにつながるのでは想像していたが、突然ソフトバンクからこのようなロボットが出現するとは思っていなかった。
参照:ロボット組立てマガジン 『ロビ』 創刊号をゲット! (2013/02/28)



しかしこれは挑戦だ。孫社長のコメントはビジネス向けとして割り引くとしても、やはりポスト・インターネット端末(ターミナル)として注目すべき取組みだ。個人的には、スマホ _ iPhone5 を使い始めて一年と四ヶ月になるがますます重宝している。財布とカギとスマホがお出かけの三種の神器である。現在、在宅時も外出時もスマホを便利に使っているが、出来れば在宅時は家電との繋がりがあればなお良いかなという思いがある。しかし、PCもTVも中途半端な感じがしていた。

かならずしも人型でなくてもいいのかなという気持ちもあったが、ロボットがその役割を担えるのではと考えていた。今回、いきなり人型でしかも20万円を切る価格で販売するというのだからビックリだ。しかし、先手でマーケット独占を狙うのであれば考えられる施策だ。アマゾンも当初 Kindle をただ同然で配ったのではなかったか。

安倍首相もロボットを日本の成長戦略の一つに位置づけたいとコメントしていたが、個人的な感想としては ”当然” という思いがある。将来の人口減少を考慮して外国人を入れるとの案も検討されているようだが、もし労働力不足が問題であるとするならば、まず女性・シニア・ロボットの活用の方が優先のように思う。

昔読んだ本を思いだした。さすがに古すぎてアマゾンには記録がない。なぜか処分せずに本箱の隅に残っていた。
メガプラン

メガプラン −海洋黄金郷日本を救う−
発 行 ソーテック社
    昭和59年2月 第1刷発行

著 者 越村信三郎 紹介
1907年金沢市に生まれる(1988年没)。1933年東京商科大学(現一橋大学)卒業。横浜国立大学教授、同経済学部長、同学長を歴任。本書発行時は横浜国立大学名誉教授、和光大学教授、経済学博士。

本書を購入したのは1984年の9月で出版後まもなくだ。今思えば著者はとてもすごい先生だったのである。著者を知ったのは「マトリックス会計」を通してだった。じぶんは三十を過ぎた頃からサラリーマンとして会計の勉強の必要性を感じていた。PCが実用化に向けて認識され始めた頃でもあり、ちょうどPCと会計を同時に教えてくれる人物、西順一郎(※)氏を知った。そして西氏の著書を通して経済学者 越村信三郎氏を知ることになる。

こうして、企業会計を「マトリックス会計」から学んだ。こんなにシステマティックな会計があるのかと思った。全くの素人だったのだが、その斬新さは理解できた。PCとの相性もばっちりで絶対普及すると思っていたのだが、今尚大きな企業には全くと言ってよいほど普及していない。不思議だ。

さてこの「マトリックス会計」の祖とも言うべき越村信三郎氏の著した『メガプラン −海洋黄金郷日本を救う−』だが、なぜ経済学者である著者がこのような本を書いたのか不思議だった。亡くなる4年前、77歳の時の著述である。著者は、喜寿を迎えるにあたり長い研究の成果をしめくくろうと思いたった、と書いている。さらに、日本経済の現状をいくら分析してみてもそこからすぐにあるべき未来像は出てこない、それを描くにはイマジネーションの力が必要である、とも語っている。

著者は喜寿に挑戦する。工場とオフィスの無人化、雇用問題、そして自然環境問題を見据えて、日本の大陸棚に無人工場を埋設し陸地を人間に取り戻す、という一大構想を練り上げる。今目を通してもその斬新さに驚くばかりである。著者が本書を著したのは30年前になるが、その年に誕生した今三十歳の青年たちでさえ、本書に記述してあるようなヴィジョンを持ちうるかは甚だ疑問である。

30年前に、喜寿を迎えようとしてしていた一人の経済学者がこのような構想を著したということは驚異であると同時に、日本の力を感じる。この国にこのような先達がいたことを思い起こし、この国ばかりではなく世界のために力(知恵と経済力)をつくす共同体を目指してほしいと願う。


※ 西順一郎 − 1937年長崎県平戸市生まれ。東京大学卒業後、三菱重工業蠶杭蠡ちソ蟠佻部、ソニー(株)経営開発室勤務。CDI、(財)日本総合研究所経営研究部長を経て、現在(株)西研究所代表取締役。著書に『会計はなぜマトリックスがいいのか?』『マトリックス会計入門』(以上共著、税務経理協会)、『戦略会計入門』『企業方程式』『安全経営してます か?』『知的戦略の時代』『MG/現代の経営教育』(以上ソ―テック社)『人事屋が書いた経理の本』(監修、ソーテック社)などがある。

ロボットと人間の未来

  • 2014.05.04 Sunday
  • 14:58
いつもの書店の散策で何気に目に留まった Newsweek (amazon)を買う。表紙のコピー「ロボットと人間の未来」が気になったからだ。

 Newsweek 2014.4.29

ロボットなどメカトロニクスの話にはこの歳になっても関心がある。結論から言ってしまえば、ロボットを考えることは人間を考えることであると思っている。だから興味がつきない。しかし、世界では、一般にこのようなとらえ方をされることは稀なように思われる。日本人だけは、少しナイーヴするぎるとの批判もあるが、ロボットに対して特異な感情を持っているようだ。

これは「鉄腕アトム」に代表される日本の伝統的サブカルチャーの影響が大きいのかもしれないが、ロボットを単なるマシン(ツール)以上の存在として見るという感性を持っているようだ。ヒューマノイド型ロボットにこだわり続けたのにもそんな背景があると思われる。しかし、その辺りの情況がやや変わりつつある。Newsweek はそれを「ヒューマノイド創世記の到来」と表現している。

記者は、これまでのところ商業的に最も成功したロボットは家庭用掃除機のルンバであるとしながらも、今やアメリカのロボット開発もヒューマノイドが主流になりつつあるという。そして、この背景には、まだ多くの人が気づいていなかった可能性を世界に向けて具体的に示してきた日本の実績があると書く。

東日本大震災の原発事故をきっかけに始まったという米国防衛先端技術研究計画局(DARPA)主催の「ロボティクス・チャレンジ」は災害救助用ロボットの開発競技大会だが、参加するのはほとんど人型二足歩行ロボットだという。長年、人型研究を敬遠していた米国が方向転換したということになる。

さらに、グーグルはロボット関連企業を精力的に買収しており、アマゾンは配送サービス用の小型無人機の開発を進め、フェースブックもAI研究に参戦しているという。ビジネスにおいても、直接・間接的にうま味のある分野になりつつあるということか。

一方軍事利用も進んでおり、自ら攻撃の判断を下す能力を備えた「戦闘ロボット」の開発に熱い視線が送られている。しかし、これにもさまざまな倫理的問題が含まれており警鐘を鳴らす声も高まっている。Newsweek では、09年に立ち上げられた「国際ロボット武器管理委員会」(ICRAC)など、世界中からロボット学者や法律家を集め「戦闘ロボット」の禁止を訴える活動が紹介されている。

カリフォルニア在住の作家・翻訳家フレデリック・L・ショット氏の「 DON'T GIVE UP ON ASTRO BOY 」 の記事に触発される。ショット氏は30年前に『ロボット王国日本』を出版した。当時面白いと思ったプロジェクトに「極限作業用ロボット」の開発があるという。しかし、開発熱は90年後半に冷めてしまう。いろんな弁解の声もあるが、高度な人口知能の開発が進んでいなかったことも一因だ、とショット氏は言う。

シャフト氏は続ける。ロボットの開発に必要なのはハードウェアとソフトウェアだ。日本の研究はハードウェア志向であり、片や米国はソフトウェアやセンサー技術、処理技術に強い。昨年末の「ロボティクス・チャレンジ」で話題になったのは日本のシャフト社と米国のボストン・ダイナミクス社の人型二足歩行ロボットだった。そして、この二社がグーグルに買収された。これでいよいよ日本のメカトロ技術と米国のソフトウェアやコンピューター技術が融合される。

シャフト氏は最後にこう締めくくる。
 鉄腕アトムの誕生日は、2003年4月7日。それから10年以上過ぎたが、「心優しい」「人間より人間らしい」「平和のために頑張る」アトム到来を諦めるのはまだ早い。私は日本の開発者に期待している。

リアジェットのブランド力!!

  • 2014.03.07 Friday
  • 16:16
ヤフーの GyaO! で何気に目に留まった『世界の巨大工場5 リアジェット』のビデオ映像を見てわくわくした。リアジェット(Learjet )と言えば、世界有数のビジネスジェット機のブランドだ(wikipedia)。現在、カナダのボンバルディア・エアロスペースの傘下となっているが、1962年の創立以来、合衆国カンザス州の工場で製造されている。

リアジット

じぶんがこの機種を知ったのは二十代の頃だろうか。その頃、個人的には airliner(大型民間機)と combat aircraft(軍用機)の方に関心があり、ビジネスジェットにはあまり興味がなかった。現在もさほど事情は変わらないと思うのだが、日本国内でビジネ スジェットを運用している企業はゼロに近いのではないか。国内の移動は民間航空と鉄道で充分であり、ビジネスジェットのニーズは低い。

しかし、欧米では事情が異なるであろう。北米とEU諸国の広い大陸を考えればビジネスジェットのニーズはありそうに思われる。もっとも、ビジネスジェットの効用は実用面もさることながら、社会的ステータスとしての意味もあるようだ。欧米のお金持ちは大型クルーザーも所有しているというイメージがある。

じぶんは、そのような世界に全く無縁な庶民ではあるが、この映像を見て注目したのは「製造業」としてのリアジェットである。カンザス州の巨大工場で一貫して製造・組立が行われている。初めて見るリアジェットの製造過程に興味津々の45分だった。

リアジェット

コンピューターによる製造・管理は予想はできたが、しかし大量生産ではない手作りという趣が多く感じられる工場だった。マイナス二百度以下に冷やしたボルトを14秒以内に差し込むという工程では目を見張った。初飛行から塗装、内装へ、どの工程も興味深かった。やはりブランドを製造しているという印象が強く残った。

元々、合衆国のお家芸だった自動車もコンピューターも、今や他国にその製造のシェアを譲り渡している。しかし、このリアジェット工場の映像で、ほとんど斜陽化していると思われていた合衆国本土の製造業の底力を見るような思いがした。軍需産業関連だけではなく、このような民需の製造業がしっかりと生き残っていることが新鮮に感じられた。

日本でも製造業の空洞化が叫ばれて久しい。モノの時代ではない、ソフト・金融の時代だとの声も聞こえるが、やはりモノは重要ではないか。要は何を作るかだろう。日本のお家芸も時代とともに移ってゆくのが道理。やはり、ブランドを作る方向へとシフトしなければならないのではないか。

先日、書店で写真集を見つけた。『イプシロン・ザ・ロケット-―新型固体燃料ロケット、誕生の瞬間』(オライリージャパン出版 (amazon) )である。立ち読みで買ってはいない。その後、他の書店でも二度ほど手にしているので、よほど気になって仕様がないのだろう。
イプシロン
今回、リアジェットの映像を見て、この本を思いだした。大量生産ではなく、国内の工場でしっかりと作り込むという製造業のあり方。ロケットは有望な産業になり得ないかもしれないが、目指す製造業のあるべきモデルとして参考になるのではないか、イプシロンの製造過程の写真を見ていてつくづくそう思えてきた。

日本の車は優秀である。良いモノを安く製造することもスバラシイことだが、安くはないがブランド力のあるモノを提供することも有りではないか。欧州車にはその力があるように思える。車のように高価なものではなく、もっと身近なモノにもブランド力があることをTV番組で知った。三条市にある諏訪田製作所の六千円の爪切りである。

諏訪田製作所(スワダ)
http://www.suwada.aff-shop.jp/

この爪切りは従業員40名ほどの小さな会社で作られているが、世界的ブランドになりつつあるという。じぶんはモノが好きである。高い精神性、芸術性、宗教性にも強い尊敬の念を覚えるが、やはり身体のない心はあり得ぬようにモノを伴わぬ精神性、芸術性、宗教性もあり得ない。

日本のモノ作り、そして職人さんに期待大である。

F35から

  • 2013.12.19 Thursday
  • 16:51
ネットで、一枚のF35戦闘機の写真を見つけた。F35と言えば、航空自衛隊の次期戦闘機に選ばれた戦闘機である。何枚かの中にこの写真を見つけたとき、ヒコーキ好きのじぶんでも、ちょっと異様な感じがした。ロボット? 人が乗ってるの? そんな思いがしたのである。

F35

ライト兄弟から110年、飛行機の発達には驚くべきものがある。F35は最新鋭機ではあるが有人の戦闘機である。ただ、上のF35の写真を見て、自由に空を飛び回る無人のロボットのようなイメージが浮かんでしまったのである。人間のコントロール不要の ”空飛ぶロボット” 。

フライヤー


昨日の読売新聞に「グーグル ロボット企業を買収」の記事が載った。

 米インターネット検索最大手グーグルは16日までに、軍事用ロボットなどを開発する米ボストン・ダイナミクスを買収したことを明らかにした。


 買収額は非公表。グーグルは今月、ロボット事業に参入する方針を示したばかり。東京大学の卒業生らが設立した日本のベンチャー企業「シャフト」など今回の買収を含め、8社のロボット関連企業をこの半年間で買収した。


 ボストン・ダイナミクスは1992年、米マサチューセッツ工科大(MIT)の教授らが設立した。チーターと同じように、前脚、後ろ脚をそろえて走る四足歩行のロボットを、米国防総省高等研究計画局(DARPA)の資金で開発。軍事用の輸送ロボット「LS3」の開発などでも知られる。


さらに、先日、アマゾンの無人機による宅配構想がニュースになった。このところ、急に無人配送システムが話題になってきている。実現までには紆余曲折があるだろうが、じぶんの想像を超えた速さで新しいテクノロジーを使ったサービスが実現しようとしていることを考えると、驚愕の思いにとらわれる。



しかも、これらはネット社会の進化と無縁ではない。インターネット技術がベースになっていることを否定することはできない。社会に張り巡らされた通信ネットワークとGPSによる位置情報システムが社会を大きく変えようとしている。それはスマホから始まる。じぶんも、実際に iPhone5 を使い始めて、そのことを実感している。

進化したインターネットの行く先は、インターネットを神経網にたとえると、手足の進化を促す。人類において、手足の発達が先か、脳の発達が先かは分からないが、現代の脳科学の見解でも、脳が単独で進化するとは考えられていない。情報をサーチ、インプットするための器官が不可欠なのである。人間という生物を語るとき、脳と身体を一緒に考えなければならない。そのため、このブログの中に「脳・身体のはなし」というカテゴリーを用意している。

インターネットもいずれそうなる、というのが個人的な思いだったのだが、アマゾンの構想をニュースで知ったときは、「そう来るか!」とワクワクする思いがした。ポスト・スマホは何か。でも、腕時計型スマホの広告を見た時、あれはないだろうと思った。実際に、店頭で現物を見て、これは使いものにならないなと感じた。ウェアラブル(wearable)なデバイスはこれからも開発されていくだろう。しかし、スマホを超えるモノはなかなか難しいのではないかという思いがする。

どっちにしても、インターネットはインプット・アウトプットのための器官の発達を促そうとしている。そうなると、エレクトロニクス(電子工学)だけではなくメカニクス(機械工学)の要素も重要になるはず。と言うことで、このブログに新しいカテゴリー「メカトロニクスのはなし」を追加した。メカトロニクスは安川電機の技術者の発案による和製英語らしいが、その後広く広まり、近年は外国でも通じるようになったため、現在は安川電機が商標権を放棄して一般名称として使われているとのこと(wikipedia)。

グーグルがロボットに興味を持つというのは頷ける。そして、何といってもエネルギーだろう。巨大なデータセンターを運用するには膨大な電力を必要とする。グーグルのメガ・データとメガ・パワーサプライ、そしてセンサーとアクチュエーターの役割を果たす膨大な数の大小のデバイス群、このメカトロニクス化したメガ・サイバーシステムがグーグルの正体だ。



しかし、このメガ・サイバーシステムはグーグルだけではない。他のクラウドサービスを提供している企業も目指すところは同じにちがいない。現実に目に見える表社会は大きく変わろうとしている。が、もう一つの目に見えない裏社会(サイバースペース)も成長し続けていることを忘れてはならないのだろう。

関連投稿:ワード「サイバネティックス」について (2013/10/26)
     ロボット組立てマガジン 『ロビ』 創刊号をゲット! (2013/02/28)

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