進撃に巨人現る!!

  • 2017.08.28 Monday
  • 21:23

二年前にネット・アニメ(無料版)で『進撃の巨人』を知り、一年前にTSUTAYAでコミックを1巻から18巻まで借りて読み、19巻目からコミックを買い始めた。19巻、20巻は買ってすぐに読み終えたのだが、21と22巻はそのままビニ本のままになっていた。

 

先日、23巻を買ったのを機に三冊を通し読みした。そして第22巻で進撃の巨人が現れたのである。初め「進撃の巨人」とは変なタイトルだなと思っていたのだが、特に詮索もせずアニメを見て、コミックを読んできた。ところがついに現れたのである。

 

 

巨人が人を喰らうという物語は普通であれば猟奇的な感じがするものだが、『進撃の巨人』にそんな印象は持たなかった。どちらかと言えば、ストーリーの背景とその展開にむしろファンタジー性を感じた。何故か人間が石の「壁の内」に住み、壁の外に得たいの知れない無垢(無知)の巨人が居る。巨人は人を喰らうが食用ではない?ようだ。現世界とは無縁のファンタジー界の物語であろうと感じるのは当然だ。

 

 

しかしストーリーは進展して、主人公エレンのように人間が巨人に変身できることも明らかになっていく。さらに「壁の内」に、エレンの他にも巨人に変身できる仲間がいることが分かってくる。女型の巨人、鎧の巨人、超大型巨人などの知性を持つ巨人たちである。

 

そして第21巻で、「壁の内」の巨人に奪われたエリア奪還作戦の中で、主人公エレンの父親が書き残したノートからこの世界の秘密が明らかになる。じぶんも、「エッ、話はそういう方向へ行くの」と驚くような展開である。この世界には「壁の内」の人間と、壁の外の巨人しかいないと思わされてきたのだが、海を越えた大陸には広大な人間社会が存在していたのである。

 

さらに、これがこのストーリーの核心?なのだが、「壁の内」の人間は始祖ユミル・フリッツが大地の悪魔との契約で ”巨人の力” を手に入れた民(ユミルの民)の末裔なのである。始祖ユミルは死後九つの巨人に魂を分け、そしてエルディア帝国が築かれた。帝国は巨人の力により1700年間世界を統治したが、内戦により弱体化し終にマーレ国に敗れる。エルディア145代の王は争いを嫌い一部の民と共に辺境の島の「壁の内」に逃れる。

 

 

ユミルの民は巨人の脊髄液を注入されることにより無垢の巨人に変身できる。マーレ国は残されたユミルの民を自国の兵器として利用、さらに辺境の島の「壁の内」のユミルの民は悪魔であると洗脳し、殲滅作戦に参加することを強要する。

 

そして、この辺境の島はマーレ国によるエルディア人流罪の地でもあり、咎を受けたエルディア人は無垢の巨人に変身させられ、「壁の内」の同族の民を殺戮することになる。

 

これがこのコミックの始まり(第1巻)の背景だったのである。そして、女型の巨人、鎧の巨人、超大型巨人は九つ分けられた始祖ユミルの魂が宿った巨人たちであり、さらに始祖の巨人、獣の巨人、そして第22巻で主人公エレンが父親から引き継いだ「進撃の巨人」が判明するのである。ここでタイトルの意味が初めて分かった。

 

しかし、第23巻の物語の展開が心配になってきた。大陸にはマーレ国に対峙する連合があり、時はエネルギー、科学兵器の時代へと移りつつあり、巨人兵器の時代は終焉するという話になってきているのである。どっかの世界の歴史に似てきた。これは困る。せっかくのファンタジーから飛び出してしまう。

 

今、A・キンブル著/福岡伸一訳『生命に部分はない』を読んでいる。内容は、分子生物学の発展に伴う人間パーツ・ビジネスとも呼べる社会現象に関わる話なのだが、とても怖い話である。このような現世界の現状を考えると巨人化のはなしも妙に現実味を帯びてくる。出来れば『進撃の巨人』はこちらの世界とは遠い世界の物語であってほしい。

 

幸い、このコミックの中では、「壁の内」に隠蔽されていると思われる全ての巨人を制御できる「始祖の巨人」を手に入れることができれば、全く状況が異なってくるという設定になっている。個人的には、現世界の歴史を辿るような状況にはならないことを願っている。しかし、本コミックはストーリーがカオス的であるという印象があるので、まだまだ期待できると思っている。取り敢えず12月の第24巻を待とう。

 

関連投稿: 「進撃の巨人」を知ってしまった (2015/04/11)

銀幕のスターは永遠か?

  • 2017.07.30 Sunday
  • 21:11

今週は、GyaOで無料の映画二本を観た。『AVIATOR』と『FLYBOYS』だ。簡単にヒコーキものに惹かれてしまったということだ。『AVIATOR』はリリースされた頃の記憶はあるのだが『FLYBOYS』は曖昧だ。どちらも事実を基にした作品ということで、やはり商業映画なのでロマンスを抜くことは出来ないにしても、個人的には全体の中に占める割合がもうちょっと少ないほうが良いのではと思ってしまう。何故って、現実はハードボイルドだど〜!!

 

 

映画に詳しくはないのだが、アカデミー賞に主演、助演の賞があるように、登場人物の人となりを表現するのが映画の大事な手法になっていると考える。銀幕のスターを活かすという営業上の理由があるのかもしれないが、しかし、じぶんの好みから言えば、時によるが、直接的な人物描写はある範囲に抑えた方が良いのではと思っている。そういう意味では、アニメの作風の方がじぶんの好みかもしれない。

 

事実を基にとは言え、ぶっちゃけ数年分を二時間程度で表現するわけだからドラマティックにならざるを得ない。しかし、それで物語が事実と大きく乖離したものになるとは言えない。一方で、じぶんは事実(真実)というものが存在するのかどうかさえ妖しいと思っている。あるとしたら、それは ” 神のみぞ知る ” ということなのだと考える。それはもう宗教の世界である。

 

同じテーマで別の制作スタッフが映画を作ったとして、全く異なるテイストの作品になる可能性がある。そこでどっちが真実に近いかなどと論じてみても意味がないだろう。特に人物の内面描写となれば、それは事実というより、もうアートだ。よって、事実に基づく映画では、登場人物の直接的な内面描写は抑えめにして、むしろ絵画的な表現を多くした方がいいのではとじぶんは思う。

 

ヒコーキという道具が戦争に利用されていく時代背景、技術的な葛藤、操縦士の心理などの描写をメインにして、その中から登場人物の人となりが醸し出されるような作風が良いと思うのである。ヒーローよりもヒコーキを主役に。と言っても、これは好みが関わってくるので議論には向かないテーマだ。

 

議論に向かないと言えば、現国会が熱中している学園騒動も議論には向かないのではないか。政策に関わった政治家、官僚等の内面を議論しようとしているようで、それは国会の議論のテーマには向かないと思う。殺人を妄想しながら現実に普通の生活をしている人物と、妄想は無いのだがふとした事から殺人を犯してしまった人物がいた場合、社会として後者の責任を問うというのが取り敢えず現行のルールである。

 

公的な政策に関しても、公式の手順に沿っているか、公式記録に矛盾があるか否かしか問えないのではないか。関係者の内面にまで入っていくと、それはドラマ(アート)もしくは宗教の世界に立ち入ってしまうことになる。そういうことは映画に任せておけばいいということだ。政界に銀幕スターは要らない。

 

閑話休題。

 

それにしても、何故に、特に実写版映画の中でこうも男女の性愛描写が強調されるのだろうか。人間の三大欲求として「食欲」「睡眠欲」「性欲」があげられるが、映画の中では「性欲」(性愛)が別格な存在として捉えられているようだ。これは心理学上のテーマなのかもしれないが、LGBTなど性が複雑化する現社会においては、もはや安易な男女性愛描写は要検討の命題になっているのではないだろうか(?)。

絵本のはなし

  • 2017.07.06 Thursday
  • 11:11

絵本というものに注意が向くようになったのは十五年以上前からだろうか。何かで柳田邦夫氏の ”絵本のすすめ” のような記事を読んだことがキッカケだったかもしれない。しかし注意が向いたと言っても、何ら行動は起きなかった。書店で絵本コーナーを回るわけでもなく、ネットで覗いてみることもしなかった。ただ当時から、人の認知活動は言葉(文字)によるものだけではないということに関心が向き始めていたように思う。

 

定年後、東京に出かけると、時間が許せば日比谷の書店「丸善」に立ち寄ることが多くなった。地方の書店には少ない洋書コーナーとか、絵本コーナーなどを覗いて回る。コミック本を読むようになったのもこの頃からである。今思えば、認知 ≧ 理解 の気付きではなかったか。

 

理解というと、やはり言葉(言語)によるものという印象が強い。ただ、人の{脳}を考えると、これは進化過程に関係があるのかもしれないが、言葉(言語)偏重のシステムであることは否定できない。人は言葉以外の情報(音楽、絵画等)に接しても何とか言語化しようとする。理解しようとするのである。このことの善し悪しはまた別の問題なのだが。

 

しかし、そもそも、全てを言語化 - 永遠の課題 - しようとすることに無理があるのではないか。これは{脳}に取り憑いた業(ごう)ではないかとさえ思ってしまう。こんな事への関心が、絵本とかコミック本に注目するようになった要因ではなかったかと考えている。絵本の中にはまったく文字の表記がないものもある。

 

 

日本には俳句という五・七・五の一七音を定型とする固有の短い詩がある。今、じぶんに俳句を読む(詠む)才能がないことを本当に残念に思う。少なくとも、俳句などの詩歌は理解する(できる)ものではないのではないか。世の中には専門家による俳句の解釈本があるが、これも悪まで方便によるものだろう。

 

数学など、言語体系のなかで特異な発達をみせた分野もあるが、今や言論空間において一般的言語である言葉は、口述においても記述においても深刻な問題に直面していると思わざるを得ない。コミュニケーション(相互理解)・ツールとしての機能を充分に果たせているとは思えないからである。

 

それは言葉の問題というより人、特に大人の身体({脳}を含む)側の問題ではないかと思うのである。そんな大人には絵本が役に立つ、そう思う。子どもだけのモノにしておくのはもったいない。中途半端に若いと、絵本を手に取るなどはちょっと恥ずかしいと感じたりするものだが、この歳になるとそんな気兼ねは消失する。年寄りの特典だ。

 

ご同輩には、心身のリセット、リフレッシュのために絵本を勧めたい。

ライフ・スタイルとしてのジャズ

  • 2017.06.22 Thursday
  • 21:18

山下洋輔・相倉久人著『ジャズの証言』(新潮新書)

 

このところ、マスメディア・シーンを眺めていると、その出来の悪さに辟易する。特に、国会など政局がらみのTV報道・討論番組は酷い状況になっている。芸能人と所謂専門家が繰り広げる言論空間?は視聴に耐えない。こんなことが伏線になっていると思うのだが、夜のドライブ途中で見つけた本『ジャズの証言』にとびついた。本当は、言論空間はもっと魅力的で刺激的なものの筈だという想いがあるのである。

 

山下洋輔はずっと注目してきたジャズピアニストだがエッセイストでもある。相倉久人(’15年他界)は著名な音楽評論家であり、じぶんも若い頃から知っていたと思っていたのだが、本書を読んで肝心なことを知らなかったことが分かった。両氏の未発表対談をもとに再構成した本で、以前読んだような気がする箇所もあるが、多くはじぶんの知らないことだった。

 

まず、相倉久人が山下洋輔のメンター的存在だったことは知らなかった。よくジャズ喫茶通いをしていた二十代の半ばに、ジャズ関連の雑誌などを読んで(眺めて)いたのだが、この辺りの認識はほとんどなかった。まあ、いい加減なジャズファンだったわけだ。しかし、本書の中の両氏のやり取りはじぶんにとって啓蒙的ですらある。

 

山下洋輔の執筆活動の始まりは病床での「ブルー・ノート研究」(1969年)という論文だと思う(?)。演奏を諦めなければならないという状況に対する復讐だったと語っているが、これをきっかけに山下洋輔トリオのあのフリースタイルのジャズが始まったというのだから特筆すべき事柄なのである。

 

 理論で説明できないことや、学ぼうとしても学べないものが存在するのが音楽の本質だから、結局それらは「遺伝子から生まれ出たもの」だと解釈するしかない、というのがぼくの考えです。こうした言語化しづらい領域の解明に挑んだのが、山下さんの論文「ブルー・ノート研究」でもあるわけですよ。(相倉)

 

世の中には、音楽など言語化できない(しづらい)ものが多い。山下洋輔も「ブルー・ノート研究」について、” ある意味で整理はしましたが、同時に「分からないものだ」ということを明快に言ったつもりです ” と語っている。このことを感知しているかどうかが、好い表現(弁論、文筆、演奏など)ができるか否かの分かれ目になるのではないか。

 

現代の音楽は西洋の音階、和音が絶対的だが、現実の世界の音楽は昔からその範疇に納まるものでないことは自明のはずだった。しかしながら、近代西洋音楽理論はその歴史的成果・恩恵を考慮すれば評価せざるえないものであることも確かだ。一方、自然界が数学・物理学の理論と同一ではないように、音楽の世界も近代西洋音楽理論と同一でないことも確かであり、ジャズはその象徴なのである。

 

じぶんの音楽に対する嗜好の中心が、歌謡曲、ポップス、クラシック、そしてジャズへと移ってきたのは、それはそれで意味があるような気がしている。便宜上音楽をジャンル分けするのは、言語化すると分かったような気がするという人間(脳)の特性上、やむを得ないことなのかもしれない。

 

しかしながら、言語化する上で、どんなに頑張っても数学や物理学と同じようなモデル化は無理と悟るべきではないのか。音楽は実際に演奏して何ぼのものだ。いづれ、AIがフリーなジャズを演奏できるようになるのかどうかは分からないが、もしそうなったら、じぶんも考え直さなければならないのかもしれない。もっとも、それまで生き延びることができるとは思えないのだが。

 

どちらにしても、今、言論空間を構成する議員の方々、マスメディアの関係者、専門家の皆さまには、ぜひ討論ではジャズのように音色、リズム、創造性が重要であり、その論議の正しさの度合いではないことを分かってもらいたいと思う。もともと議論の性質が科学が対象にするものと異質のもので、初めから科学と同じような正確さなど求むべきものではないのだから。

 

閑話休題。

本書の中で、両氏は国家「君が代」に触れている。これがとても面白い。

 

 「君が代」の出だしは和音がつきませんが、これはつけられないからであって、一種のブルーノート現象なんです。出だしはユニゾン。「君が代」は頭と締めがユニゾンで、途中から和音が入り、最後は再びユニゾンで終わります。(山下)

 

そう言えば、多くの国の国歌は西洋のマーチの流れで作られているが、ずっと「君が代」の節だけは独自性を主張している。昨年のリノ・オリンピックの閉会式の「君が代」を思い出した。次のオリンピック開催国である日本のパフォーマンスが行われた。その映像を真剣に見ていたわけではなかったのだが、「君が代」が妙に印象に残ったのである。

 

 

気にはなっていたのだが、特に調べもせずに来てしまった。本書の「君が代」の件を機にネットで調べてみて驚いた。多くの内外の人々の称賛の記事が表示されていたのである。 ネットには、作曲家で編曲家、トランペット奏者としても活動している三宅純氏の編曲によるもので、 東ヨーロッパのブルガリア地方に古くからある女性合唱・ ブルガリアンヴォイスで表現されたとある。

 

あえて不協和音を作りだすことで神秘的なハーモニーを生み出せるとあるが、山下洋輔の説を逆手にとったとも言える。アレンジで「君が代」が全く異なる曲に感じてしまう。しかし、本当に音楽の世界は広く深いと改めて思う。

 

両氏のセシル・ティラーの話も面白かった。山下洋輔とセシル・ティラーは、結果として演奏の外見が似たようなスタイルになったが、本当は演奏の志向性が正反対であるという説は興味深い。山下洋輔は終わりが閉じているが、セシル・ティラーは開いているというのである。

 

じぶんは、’73年の新宿厚生年金大ホールのセシル・ティラーのコンサートに行った。新宿の「ピットイン」で山下洋輔トリオを聴くようになった後である。その時の詳細な記憶はないが、山下洋輔トリオと演奏スタイルは似ているがテイストが違うと感じたことを憶えている。

 

セシル・ティラーは無理かもしれないが、山下洋輔トリオは日本の祭りでもオッケーと思ったのである。日本の祭りのお囃子と共演できるかもしれない。山下洋輔は和風、何故かそう思ったのである。

 

それにしても、著者の山下洋輔、相倉久人のやり取りはジャズセッションのようでもある。いや、本文中にも出てくるが、両氏の人生がそのままフリージャズ演奏そのものなのかもしれない。何とも羨ましいかぎりである。

 


 

ジャズの証言

2017年5月発行(新潮新書:amazon

 

著者 山下洋輔

1942年東京生まれ。ジャズピアニスト、エッセイスト、国立音楽大学招聘教授。著書に『ドファララ門』『即興ラプソディ』など。

 

著者 相倉久人

1931年東京生まれ。音楽評論家。東京大学文学部中退。著書に『ジャズの歴史』『されどスウィング』など。2015年7月他界。

 

 

 

ポルコ・ロッソ と サン=テグジュペリ

  • 2017.06.05 Monday
  • 21:19

じぶんはずっと、アニメ映画『紅の豚』の主人公ポルコ・ロッソとサン=テグジュペリの生きた時代はほぼ同時期と思っていた。しかし、昨年、サン=テグジュペリが未帰還になった時に搭乗していた飛行機がF5B(P38の偵察型)であることを知って、直ぐに時代背景を間違えていたと思ってしまった。ところが。

 

『紅の豚』は大恐慌(1929年)の頃が時代背景なので、サン=テグジュペリ(1900年生まれ)は29歳で処女作『南方郵便機』を執筆した時期である。個人的に、ポルコ・ロッソはドイツの撃墜王リヒトホーフェン(1892年生まれ)と同世代なのかなと勝手に想像したりしていたのだが、もしそうであるとすると『紅の豚』の時代背景では37歳となる。しかし、映画のシーンを思い起こすともう少し若いのかなと思ったりもする。

 

 

ネットに、”ポルコは初めて飛んだときの話をするとき「1910年、17の時だったな」と言ってます ” という記事があった。じぶんはその台詞までは憶えていないが、この説を取ると『紅の豚』の時代背景では36歳になる。じぶんの説に近い。どちらにしてもポルコ・ロッソはサン=テグジュペリの5〜6歳年上の先輩格になる。同世代とは言えないかもしれないが、やはり同時期に大戦の複葉機を飛ばしていたことになる。一人はアドリア海を、もう一人はサハラ砂漠を。

 

宮崎駿監督はサン=テグジュペリを意識し続けていたに違いない。じぶんも昨年の終わり頃からサン=テグジュペリを強く意識するようになった。間大戦期の一定の時期だけに存在した限られた精神性を持った飛行家たち、大地を鳥のように飛ぶことができた最初で最後の人間たち。サン=テグジュペリのおかげで奇跡的にその生きざまを後世に遺すことができた。

 

じぶんの余生がどれほど残されているのかは分からない。しかし、その生きざまは彼ら飛行家たちのそれと対極的と言える様相だ。高齢化社会などサン=テグジュペリの意識には存在しなかったに違いない。飛行家は1944年7月31日、地中海上空で消息を絶つ。妄想を逞しくして、もしサン=テグジュペリが戦後まで生き残っていたとしたら、どんな人生を送ったのだろうと思う。しかし、これはタブーかもしれない。

 

ポルコ・ロッソのその後も気にかかる。先日、宮崎駿監督が最後?の復帰宣言をした。それならばと、体力的にきつかろうと想像しながらも、『紅の豚』の完結編を期待してしまう。監督個人の与り知らぬことと思いつつ、何とか我ら彷徨える老いた羊たちに引導を渡してもらえないものか。

 

関連投稿: サン=テグジュペリを想う (2016/12/28)

進化し続ける益子焼き

  • 2017.05.03 Wednesday
  • 21:20

今年のGWも半ば、というよりも今日からがメインか。1日と2日はGWの中休みという感じで行楽地も空いているかもしれないと思い、天気晴朗の昨日、3年ぶりに益子春の陶器市に出かけてみた。最近は国道4号バイパスも車線が増えて走行に快適で、信号が無ければ高速道路かと見紛うばかり。実際、高速道路と同じような走行をしている車が多い。

 

今やスピード抑制走行(法定速度遵守)?が普通になったじぶんでも二時間ほどで益子に到着。この時期は渋滞必至の県道もすんなりだったが、会場近くまでくるとさすがに車列の滞りが見られるようになった。今回は、会場の中心からちょっと離れた窯元の駐車場に車を駐め、歩いて中心地に向かうことにした。

 

これは初めての試みだったのだが、爽やかな五月晴れの日だったので気持ちよく歩くことができて、15分ほどで会場中心に着くことができた。3年ぶりということで、またいつもと異なる方向から歩いて会場に向かったこともあり、今回は何か新鮮な感覚を覚えた。

 

いつの頃からか、益子で働く外国人陶芸家も多くなり、さらに陶器市には益子以外地域からの作品が展示されるテントも増えて、30年ほど前から比べるとずいぶんと華やかなイベントになってきたという印象があった。

 

今回、特に強く印象に残ったのはLISA  LARSON の展示コーナーである。近頃は異色の作家の異色の作品展示にも慣れていたのだが、LISA  LARSONの展示には今までとは異なる雰囲気を感じたのである。

http://lisalarson.jp/
mashiko_lisa/

 

最初目についたのはポスターのネコのイラストである。このキャラは良く見かけるよとの家人の話に、そう言えばどっかで見たことのあるようなと思った。じぶんが知らないだけで、有名な作家だったのである。しかし、そのメジャーな外国の陶芸家の作品がなぜ益子の陶器市に?。

 

パンフレットに、”今年の春も、益子陶器市にリサ・ラーソンが出展!” と記されていたので、初めてではないらしい。

 

しかも、ポスターに「りさや」とあり、またその作品群が洗練されたバラエティにとんだものであり、頭の中が???の状態になった。これらの作品はどこの土で作られ?、どこで焼かれたもの?。

 

「りさや」のウェッブサイトで少しばかり分かってきた。陶芸家リサ・ラーソンと益子焼きとの縁は1970年の大阪万博で人間国宝・濱田庄司との出会いからというので驚いた。長い歴史があった。これら作品のなかには益子で作られたものもあるということだろう?。

 

歳の所為か、最近、じぶんもリサ・ラーソンの作品のようなカワイイものに弱くなってきた。それにしても、その善し悪しは別として、益子焼きもずいぶんとイメージが変わってきたものだ。どんな文化もそうなのだろうが、益子の陶器市も期待と懸念が入り交じった新しい雰囲気のイベントになってきたような気がした。

ジャズが戻ってきた!!

  • 2017.03.26 Sunday
  • 14:48

年が明けてからさらに傾向が強まったのだが、家にいる時は居間のTV(TVスティックに接続)でyoutubeのジャズを流していることが多くなった。半世紀前に高校を卒業して、一年遊んでしまったのだが、専門学校に行くために田舎から上京した。まもなく、友人がアルバイトをしていたジャズ喫茶がキッカケとなりモダンジャズを聴くようになる。

 

店のオーナーの嗜好だったと思うのだがよくコルトレーンが流れており、田舎の子にとっては妙な音楽だなと思いながらも、徐々にその不思議な魅力に惹かれていった。二十代の初めから終わりに結婚するまで、モダンジャズはじぶんの生活の中で大きな比重を占めるようになっていた。当時はLPレコードだったがレコード店を覗くのが楽しみの一つだった。

 

 

LPレコードは当時二千円前後、じぶんにとって安価なものではなかったので買えるのは限られており、二十代に買ったLPレコードは全部で100枚程度だったと思う。コレクターの部類には全く入らない程度のものだ。LPレコードの購入は限られ、その代わりに新宿、渋谷のジャズ喫茶によく通った。ドリンク一杯で二〜三時間を過ごす。

 

後に新宿のピットインなど、生演奏のジャズクラブにも行くようになった。年に一、二回は大会場のコンサートにも出かけた。しかしジャズ喫茶もジャズクラブも出かけるのは一人だった。知人と一緒だったのはほんの数えるほどの記憶しかない。一人で飲むことはなかったが、ジャズはほとんどアローンだったのである。読書に近い行為だったのではなかったかという気がする。

 

二十九で結婚した。今思えばこの頃からジャズ離れが始まり、子どもが生まれてそれが加速する。それからずっとジャズとは縁の薄い生活が続く。立ち寄った施設のBGMでジャズが流れていたりするとちょっと聞き耳をたてたり、ショップでジャズのCDを見つけ思い出したように買ってみたりしたが、気持ちを入れて聴くことはなかった。

 

それが、youtubeで音楽を視聴できることを知り、初めはPCでBGMとして使うようになった。さらにTVスティックを接続してからは使い易さが向上し、いろんな音楽コンテンツを試してみるようになった。アマゾンによればyoutubeでは数百万の音楽コンテンツが利用できるという。

 

そして、ジャズを検索して驚いた。昔聴いたLPアルバムやら、色んなジャズフェスティバル、コンサートの録画やらが満載なのである。これらのジャズを聴き始めて再発見したのは、イージーリスニング曲より本格的に演奏しているハードな曲の方がじぶんにとってはBGMに向いているということである。

 

 

ジャズ、特にバップ以降のものがいいのだが、今、じぶん一人の空間を満たすにはジャズが最適であることが分かった。何かをしながら聞くのにピッタリなのだ。読書、作業のジャマにならない。むしろ何らかのパワー?がもらえる感覚がある。しかも不思議なのは、BGMとして流しておきながら曲に集中しようと思えばそれが可能で、またBGMに戻せるのである。じぶんにとって他にこんなジャンルは見当たらない。

 

ジャズが戻ってきた!!

 

とは言え、これは螺旋の戻りで二次元で同じ位置でも三次元では異なるの例え、二十代のじぶんと今のじぶんが同じの道理はなく、この後にジャズから受ける生理的、心理的影響もあの頃とは随分と異なるのではないかと考えている。これから先どうなるのかは皆目見当がつかない。

 

三日ほど前から、マイカーのオーディオHDに手持ちのジャズCDのセーブを始めた。しかし手持ちは十枚ほどしかないので、後はレンタルCDである程度の枚数をセーブしようと考えている。マイカーがジャズ喫茶になる。二十代の独身時代には持てなかった環境だ。老後は芸術性と宗教性が頼りなのだ、と又じぶんに言い聞かせる。

 

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夜・間・飛・行

  • 2017.03.21 Tuesday
  • 21:02

サン=テグジュペリ著(堀口大學訳)『夜間飛行』(新潮文庫)

 

文学に不慣れなじぶんが、 古稀にならんとする歳になって、一人の飛行家の生きざまに興味を持って『夜間飛行』を読み始めた。本書には著者の処女作『南方郵便機』も併せて掲載されている。『南方郵便機』が1929年、『夜間飛行』が1931年の作品で、翻訳本が昭和31年(1956年)の発行というので、堀口大學の名訳と言われる作品ではあるが読むのに難儀した。

 

難儀したと言っても、それで読むのが嫌になったということはなかった。ただ、じぶんの語彙の未熟さを思い知る体験となってしまった。この歳でこんな体験をするのも何だが、それでも言葉(言語)の奥深さを改めて認識することになった。作家サン=テグジュぺリを知ってから未だ半年も経っていない。また、飛行家サン=テグジュぺリについてもほとんど無知であることを知った。尚のこと、作家/飛行家サン=テグジュぺリについてはゼロベースである。

 

『夜間飛行』『南方郵便機』共に読み切れていない。今回は、文学というより、空飛ぶ機械の黎明期に一万キロに及ぶ郵便航空路が事業展開されていたという事実を記した記録書として注目、さらにその内容に困惑している。ライト兄弟が有人動力飛行に成功したのは1903年である。そして1914年から始まった第一次大戦に早々と兵器として登場する。この速い展開も驚きだが、じぶんが今知りつつある、大戦後の郵便機の冒険的な進展もまた驚異的と言わざるを得ない。

 

郵便機の操縦士を実体験した著者サン=テグジュぺリによる文学的な飛行の表現は今まで知らなかったものだ。何せヒコーキに興味を持ったのが中学生の頃からで、第二次大戦の軍用機からであり、読んだ操縦士の体験記が坂井三郎の『大空のサムライ』と言うのだから文学の香りのしない世界だ。そう意味で、作家/飛行家サン=テグジュぺリは老いたじぶんにとって希有な存在になりそうな気配を感じている。

 

じぶんは読み物と言えばノンフィクション偏重の人生だった。ただ年齢?と共にエモーショナルな要因の重みを思うようになり、昨年、数学者・岡潔の著書で「数学は感情を入れなければ成り立たぬ」という表現を読んだとき、僭越ながら我が意を得たりと思ったものだ。そして人生の晩秋を迎えようとする今、芸術性と宗教性がじぶんと余生の鎹(かすがい)になるような気がしている。

 

『夜間飛行』は、若い頃に読めばまた違った印象を持ったのかもしれないが、何ともやるせない気持に苛まれる作品だ。フランスの著名な作家アンドレ・ジッドの序文、訳者 堀口大學のあとがき、そしてフランス文学者 山崎庸一郎の解説は本書を理解?するに重要なメッセージに思えるのだが。しかし、じぶんが残された時間でこれらのメッセージを真に理解できるようになれるかどうかは判らない。

 

 恐怖は死と直面したときにあるのではない。僕はこれまでに、四度死にかけたが、一度も恐怖は起こらなかった。こう言うと、僕には決して恐怖はないように聞こえるかもしれないが、実はそれどころが、僕はたびたび恐怖に襲われる。(サン=テグジュベリ)

 

サン=テグジュぺリの生立ちと、時代背景が関連するのかもしれないが、彼の心性が武士(騎士)であったと言うのは達観かもしれない。『夜間飛行』の冷徹な?主人公リヴィエールも、パタゴニアからの飛行中遭遇した暴風雨の中に見えた切れ目に陥穽(落し穴)と知りつつ機を上昇させた操縦士ファビアンも、著者サン=テグジュぺリの分身であろうと推測できる。

 

嵐の中で格闘するファビアンの描写は想像を絶する。まだ黎明期の飛行機である。現代人の常識では未だ事業化できるような代物ではないと考えるのが普通だ。そんな飛行機で夜間に嵐の中を飛行するのである。正気の沙汰とは思えない。しかしながら歴史的な事実なのである。そして、それを支えていたのが主人公リヴィエール、操縦士ファビアン、会社の関係者、そして家族たちの心性だったのである。

 

 僕は七歳の時から、ものを書いてきた。飛行機が僕に筆を執らせたのでは決してない。僕は信じている、自分がもし炭鉱夫だったら、必ず地下に人生の教訓を掘り出そうと努力したであろうと。これもすでに幾度も言ったことだが、僕にあっては、飛行機は決して目的ではなくて手段だ。自分を創り上げる手段だ。農夫が鍬を用いて田畑を耕すように、僕は飛行機を用いて自分を耕すのだ。(サン=テグジュベリ)

 

サン=テグジュぺリが生きた時代と現代の間には半世紀以上の開きがある。この差を大きいと見るか否かは見解に相違のあるところだろうが、個人的にはそんなに遠くの出来事とは思えない。じぶんの祖父の世代である。持て余すほどには残されていないじぶんの余生、サン=テグジュぺリのおかげで多少文学の香りのする生活が期待できるかもしれない。そして、これは僥倖としか言いようがないではないか。

 


 

夜間飛行

昭和31年 新潮社発行

平成28年 九十七刷(amazon

 

著者 サン=テグジュペリ(1900−1944)

名門貴族の子弟としてフランス・リヨンに生まれる。海軍兵学校の受験に失敗後、兵役で航空隊に入る。除隊後、航空会社の路線パイロットとなり、多くの冒険を経験。その後様々な形で飛びながら、1928年に処女作『南方郵便機』、以後『夜間飛行』(フェミナ賞)、『人間の土地』(アカデミー・フランセーズ賞)、『戦う操縦士』『星の王子さま』等を発表、行動主義文学の作家として活躍した。第二次大戦時、偵察機の搭乗員として困難な出撃を重ね、’44年コルシカ島の基地を発進したまま帰還せず。

 

訳者 堀口大學(1892−1981)

東京・本郷生まれ。詩人、仏文学者。慶應義塾大学を中退し、10数年間外国で暮らす。『月光とピエロ』に始まる創作詩作や、訳詩集『月下の一群』等の名翻訳により、昭和の詩壇、文壇に多大な影響を与えた。’79年文化勲章受章。

シン・アニメ!

  • 2016.11.30 Wednesday
  • 19:45

いつも利用しているシネマで、26日からアニメ映画『この世界の片隅に』が公開されていることが分かり、さっそく観に行ってきた。しばらくして家人の感想は「不思議な映画だね」だった。確かに今まであまり見なかったアニメ作品だったように思う。素人の感想だが、ジブリの高畑 勲監督の作風と共通なものも感じられる。しかし、その制作手法は異質なものにも思える。

 

http://konosekai.jp/

 

クラウドファンディングで制作されたということなので十分な予算があったとは思えない。作画の経費も抑えなけれならなかったろうし、昨今のアニメ作品に比べ人物の表情描写が乏しいのはやむを得ない。しかし、このことがさほど気にならないほど、ストーリーも含めその制作は満足できるものだ。

 

昨今のリアリティーを目指すアニメ映画も嫌いではない。しかし、こういう表現方法も有りなのだとつくづく思った。最新技術を駆使して製作した絵本、紙芝居というような喩えもあるかもしれない。太平洋戦争の時代だが、主人公すずは十九で嫁に行く。祝言もそこそこに翌日の朝早くから家事に精を出す。そんな時代だったことを思い出す。戦後生まれのじぶんでも子どもの頃はそんな名残があったことを憶えている。

 

自他共に認めるちょっとボーっとしている主人公すずだが、小さいころから絵が好きで日記のように絵を描いている。そして、この主人公の特技がこの映画の描写の中で重要な役割を果たしていく。アニメの中の「絵」がこんなに面白い効果をもたらすものとは思いもしなかった。

 

門外漢だが、日本芸能である能は言うまでもなく、歌舞伎、人形浄瑠璃も見た目のリアリティーよりも印象的な表現方法に特徴があると思う。この作品もそんな制作手法が取られているように思えてならない。実写版『この世界の片隅に』はあり得るのだろうか???。個人的にはファンタジー的なアニメが好みなのだが、『この世界の片隅に』はアニメ(映画)として注目すべき作品になっていると思う。

映画に求めるもの

  • 2016.11.21 Monday
  • 15:34

映画『続・深夜食堂』

http://www.toei.co.jp/movie/details/1207519_951.html

 

先日、家人に請われて映画『続・深夜食堂』を観てきた。感想を聞かれて、「悪くはないけど、元気が出ないね」と答えた。確かに人情物語で温かい感じは伝わってくるのだが、個人的には積極的に観なくてもいいかなというのが印象だ。小さめの上映室だったのだが、観客は十人に充たないシニアだけだった。

寂しい (>_<)

 

 

「続」が付いているので第二弾ということになる。家人も含めそれなりにファンがいるということだ。コミックが原作のようだが原作も同じ印象なのかどうかは知らない。独身の頃こんな店に通っていたことがある。もっとも、深夜からではなく深夜までの店で、マスターではなくママのいる店だった。的屋組織の幹部の人から名刺をもらうというような体験はしたが、映画に登場するような強烈な個性の客はいなかった。

 

こういう作品で癒される人たちもいるのだろうと想像はするが、この歳になると沈んだ雰囲気のままで終わるような物語はつらい。TVドラマを観なくなってから久しい。と言いつつ『下町ロケット』は観たが。さらに映画を観る回数は年に片手がいいところ。そして、役者を売りにするような作品は好まないので、邦画より洋画、そしてアニメを観ることが多くなる。

 

こんなじぶんなので全く評論などはおこがましく、じぶんの好みしか表現できない。どっちかと言えば、シリアスなものよりファンタジーっぽいのが好きなのである。初めっから「あり得ねー」度が高めの作品がいい。これはテーマ、ストーリーもさることながら作り方にもよるのではないか。『続・深夜食堂』と同じ傾向の作品?と言えるのかもしれないが『三丁目の夕日』は好きである。こっちは元気がもらえる感じがある。

 

昨夜、ネットでアニメ『この世界の片隅に』(http://konosekai.jp/)の予告版を見つけた。クラウドファンディングで制作費を賄った作品だという。興味津々で見てみたいと思ったのだが、いつも利用するシネマコンプレックスではやっていないので、どうしようかと思っている。

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