生きがい不要の人

  • 2017.11.03 Friday
  • 14:25

訳ありで休業中?のお笑い界の大御所S氏が週刊誌の取材に応じた。その時の言い分が「生きがいは要らない。金と仲間と筋肉があればいい」というもの。今はちょっと筋肉体質らしい。しかしネットでこの話を聞いた時、意味は不明だが正直参ったと思った。今のじぶんには全くリアティがなく、この先も有り得ないケースなのだが、この言い分に反論できない。

 

正しいとか間違っているとかの話ではなく、じぶんの意識を超えたコメントだ。S氏はまだ還暦過ぎたばかりらしいが、じぶんとは全く異質のキャリアで、少しは共鳴するところがあるのかどうかさえ分からない。しかし、そのコメントに妙な説得力を感じるのである。

 

確かに、筋肉は分からないが、「金があり仲間がいれば楽しい人生」というのには反論のしようがない。やはり、S氏の言う通りのようにも思える。しかし、この命題?が十分条件も備えているのかと自問自答すればNOであろうとも思う。

 

年々増加するシニア世代の人口は社会問題である。ただ、 十把一絡げに高齢者を扱ってしまうのはこれまた問題であろう。S氏のコメントはそのことを物語っている。恵まれていると安易に表現していいのかどうかは分からないが、S氏のようなセカンド・ライフを送っている人々がいることも事実なのである。

 

一方、 S氏のライフスタイルと大きくかい離した人生を送っている人々がいることも確かであり、むしろこっちの方が多数を占めるのではないかと勝手に想像する。そして、こちら側の人生には「生きがい」が必要(不可欠?)になってくるのではないかと思ってしまう。

 

しかし改めて考えてみると、この「生きがい」という言葉も曖昧模糊としている。自分の前にあって引っ張ってくれもの、自分の後ろにあって押してくれるもの、或いは今の自分を支えてくるものという解釈で良いものか。人それぞれに「生きがい」もピンキリかもしれないが、それは金がなく仲間がいなくとも何とか生きることを続けさせてくれる存在であるのかもしれない。

 

 僕は二百三十度を維持するために羅針盤を操作する男だ。その僕はまた、プロペラのピッチも、油の予熱も調整する。これ等はすべて、直接な、そして健康的な心労だ。これ等は世帯の苦労であり、気軽な日課であって、人の気持ちを若々しくする。この日課のおかげで、家の中はさっぱりし、床板はてらてらし、酸素は完全に供給されるのだ。事実、僕は、酸素の供給状態を見守っている、理由は僕等が急速に上昇しているからだ。すでに、六千七百メートルへ来ている。

 

サン=テグジュペリ著(堀口大學訳)『戦う操縦士』の中のずっと気になっている一節である。これも「生きがい」の一つの形態なのではないか、とじぶんは思うのである。

 

どっちにしても、生きがい不要の人生と生きがい頼りの人生はどっちも百とは言い難い。そもそも、どっちかを自分で自由に選べるものでもないだろうし、双方を交互に繰り返してしまうような人生もあるのかもしれない。結局、終わりまで待つしかない。

リカレント教育という制度のはなし

  • 2017.10.20 Friday
  • 17:28

当ブログのメインテーマは「学び直し」である。定年後の人生を考えた時に思いついた言葉である。じぶんの人生の繕いをするというのが個人的な目的なのだが、併せてこれは社会的な課題なのではないかということを当時から考えていた。しかも国家的な課題であろうと。

 

今回の衆議院選挙で自民党から「リカレント教育」という政策が提示された。簡単に言うと、生涯教育とか学び直しのことを表すようだが、本来はより明確な定義を持つ用語のようだ。

 

 義務教育または基礎教育の修了後,生涯にわたって教育と他の諸活動(労働,余暇など)を交互に行なう教育システム。スウェーデンの経済学者ゴスタ・レーンの提唱した概念で,1970年経済協力開発機構 OECDの教育政策会議で取り上げられ,研究が進められている。スウェーデンやフランスの有給教育制度,アメリカ合衆国のコミュニティ・スクール,日本の夜間制社会人大学院,放送大学などがその例である。青少年の社会参加を早め,過重な教育負担や教育内容の世代間較差を解消するなどの効果が期待される。しかし,生涯のどの段階にどのような教育を配置するか,労働などを中断して教育に参加する条件をどう確保するか,教育経費の増大にどう対応するかなど,具体化への課題は多い。

(ブリタニカ国際大百科事典)

 

じぶんはこの用語「リカレント教育」を知らなかった。しかも既に半世紀前に国際的に提唱されていたというのは驚きだ。ブリタニカの解説では日本の放送大学が例としてあがれているが、これにはちょっと違和感を覚える。放送大学については、国民に生涯教育の機会を与えたというよりも、国民に広く大学卒業資格取得の機会を提示したということではないかと思っている。

 

しかし、リカレント教育が提示するものはもっと社会活動、問題解決に即した教育システムではないかと思う。ブリタニカの解説文の中では、最後の ” 生涯のどの段階にどのような教育を配置するか,労働などを中断して教育に参加する条件をどう確保するか,教育経費の増大にどう対応するかなど,具体化への課題は多い ” という表現が本筋だと考える。じぶんが関心があるのもこちらの方だ。

 

特に日本は高齢化社会の最前線?にあるようなので、来る世界的な高齢化社会に関する問題解決に世界に先んじて辿り着くことが出来たとしたら、それは国際社会へのノーベル賞的貢献ではないかと思う。そして、じぶんはそのキーがリカレント教育と経済システムのデザイン力にあると考えている。

 

次の政権には是非この政策を実行してもらたいと思う。定年を機に思い描いていたことが実現に向かう兆しが出てきたことはとても嬉しいことである。そして、じぶんがあと十年若かったらと残念に思う気持ちもある。

 

関連投稿: 文科省が女性の「学び直し」拡充政策を発表! (2014/08/20)
      再び、学び直しについて (2012/11/21)

団塊の真実?

  • 2017.10.04 Wednesday
  • 10:55

先日、古希を祝って10年ぶりに小中学校時代の同窓会があり、一泊で那須高原に行ってきた。我ら団塊とは言いながら、同学年僅か五十七名の超ミニの団塊世代である。関東、東北から健在者52名の内21名が集った。幹事の説明のごとく、小さな同窓会とは言え2,3名を除きほとんどの同窓生に連絡が取れる状況にあるというのは本当に稀少なことかもしれない。

 

地デジを見なくなった今、じぶんが利用しているのはインターネットメディアである。地デジのメジャーなメディアと異なり、ネットのマイナーなメディアの情報は玉石混交かもしれないが、メジャー・メディアのバイアスのかかった情報を修正するには格好の存在である。

 

じぶんの場合、今はほとんどネット情報で暮しているので、今度は反対側のバイアスが懸念されるが、TVメディアにどっぷりの年数の方が圧倒的に長かったので、現在のネットに偏った情報生活は丁度良いと考えている。そして、じぶんがネットに危機感を感じるのは、おそらくメジャー・メディアが壊滅したときだと思うが、これは想像しにくい。

 

さて、このネット・メディアの中でご活躍の一人に百田直樹氏(wikipedia)がいる。暴言?が話題になることが多い人物である。個人的に百田氏の主張に共感するところは少なくない。しかしながら、時折、百田氏が唱える ”団塊の世代批判” には閉口する。

 

1947年〜1949年に生まれたいわゆる団塊の世代は約800万人、2005年の統計で現存の人口は約678万人もいる。2003年〜2005年の出生が約330万人というのだからその多さが際立つ。これだけ大量の人々を、百田氏は十把一絡げに批判するのである。

 

しかし、これはやはりちょっと乱暴である。団塊の世代も多様な層で構成されているのが現実だと思う。下の世代の人から ”団塊の世代批判” を聞くこともあるが、そんな時に感じるのは「まるで中韓の反日運動だな」ということである。殆どはその実態を知ることもなくムードで言動に走ってしまう。じぶんには反日運動と団塊批判は同根の現象に見える。

 

さらに、今、世間には多様な言論が飛び交っているが、 インドの寓話「群盲評象」(wikipedia)の状況に見えてならない。この寓話では互いに異なる視点(立場)を理解するというハッピーな物語で終わるらしいが、さて現世界の混乱した言論状況はどんな結末を迎えるのだろうか。

 

そして、誰か、団塊の世代の真実(が在るとして)をバランス良く整理してくれる方はいないものだろうか。団塊の世代の一人として切に願う。

 

橋下徹という人

  • 2017.07.12 Wednesday
  • 11:15

東京都議選の余波まだしばらく続きそうだ。ネットで橋下徹氏の東京都議選結果に関するコメント?を聞く機会があった。しかし、じぶんの橋下徹という人物についてのイメージはタレント活動をしていた頃のままで、政治家になってからの橋下氏についてはマスメディアが報道すること以上のことは知らない。

 

よって、彼の政治的信条などについてもほとんど無知である。大阪都構想についてもその詳細、そしてその真髄を知らない。こんな状況で、ネットで視聴した橋下氏の都議選に関するコメントにはちょっと驚いた。要約すると、「都民ファースト」の躍進、その結果を導いた?民進党の森友、加計の追求を評価し、現政権の体制を批判しているのである。

 

じぶんの政治的案件に関する認識は低い。本気になってその案件について調べたり、考えたりすることが無かったからである。そういう意味では多くの日本の一般的人々と同程度?であろうと考えている。先頃、選挙の専門家と言われる人が、投票は政策ではなく環境(印象、空気、流れなど)によって決定されると断言していた。

 

身も蓋もないと言ってしまえばその通りだが、これが現実なのだろう。問題は有権者にほとんどその自覚が無いということではないか。ただ、普通の生活者の立場から考えれば、これもやむを得ないことと思われる。案件を精査しようにも、そんな時間の余裕も気力もない。

 

しかしながら、このような状況に対して危機感と、焦燥感を感じている人々もまた少なくないのではないだろうか。じぶんもその一人だ。そんな中で橋下徹氏のコメントは、初めは驚きだったが、また別の感覚をも呼び覚ました。

 

当番組で橋下氏はコメンテーター的役割を担っていると思われるのだが、都議選に関するコメントについては、氏の発言はコメントには聞こえなかった。端的に言えばアジ(アジテーション)に聞こえたのである。そもそも弁護士であるということと関連あるのかどうかは分からないが、今の橋下氏は安易にコメントなどしない人物に思える。

 

彼にとって発言(言葉)はツール、あるいはウェポンなのだと思う。こういう視点で見ると、彼のこの発言も腑に落ちる。具体的な企ては分からないが、彼の脳内には大阪府知事を目指した頃からの信念に基づく社会改革構想があるのだろう。それは大阪地域のみならず、日本の全地域が対象なのかもしれない。

 

今、彼が心底「都民ファースト」、民進党を評価しているのかどうかは疑問だ。しかし、今回の都議選で譲出された空気は、彼にとって好ましいものなのだろう。彼の発言はこの状況をより進展させるために用いられる。メディア的解説など、はなから関心がないのだ。依然として不可解な人物に変わりはないが、今回、じぶんなりにラフではあるが、その人物像をスケッチできたかなと感じている。

現代に生きる歴史上の人物

  • 2017.05.11 Thursday
  • 21:32

内田樹という人物がいる。著書を読んで、彼の哲学、身体論に惹かれ好意的な心情を抱いて人なのだが、最近ちょっと戸惑いを感じるようになった。podcastで聞いたトーク番組での発言とか、ブログでの政治的発現内容に疑問を感じるようになったのである。政治的発現は政権、特に安倍晋三という個人?に対する批判なのだが、とても過激的?なのである。

 

内田氏はウィキペディアによれば。

内田 樹は、日本の哲学研究者、コラムニスト、思想家、倫理学者、武道家、翻訳家、神戸女学院大学名誉教授。京都精華大学人文学部客員教授。合気道凱風館館長。 東京大学文学部卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。学位は修士。合気道七段、居合道三段、杖道三段。

 

武道家なのである。内田氏の理論は頭(脳)だけではなく、身体からの思考を思わせるところがあり、とても魅力を感じている。これは内田氏が武道家であることが大きく関係しているのだと思う。内田氏の守備範囲(攻撃範囲?)は広く、政治的発現も率直に展開される。

http://blog.tatsuru.com/

 

政治、社会問題に対する批評も、そんじょそこらのジャーナリスト、評論家も敵わぬほどの方である。これはブログを見ればすぐに分かる。展開が断定的で切れ味がいいのである。これも武道のなせる技なのだろうか。しかし、じぶんにはあまりに切れ味が良すぎてついていけない感じがあるのである。

 

これは全く個人的な事情によるものなのだが、じぶんの中で内田氏の身体論と政治的思想(解釈)が相いれないのである。身体論では慎重?な言い回し−と言うより言語化すること自体に無理があるのかもしれないが−が感じられるのだが、政治的発現となると断定的な表現に変わる。

 

このことがしばらく悩み?の種だったのだが、何とか解決できそうだ。それは内田樹を歴史上の人物と同じに捉え直すことである。考えてみれば、じぶんの身の回りの家族、近所の人、職場の人、友人・知人などに比べれば、内田樹という人物はずっと遠い存在なのである。それは歴史上の人物が遠いのと同じようなものだ。

 

現代では、著名な方々の声を気軽に聞くことができ、また書いたものをいつでも読むことができる状況にある。だからそのような人物を身近な存在と勘違いをしてしまうのである。歴史上の人物はと言えば、どんなに有名な人物であろうと、おおよそ先人たちが残した書きものなどからしか知ることができない。しかし考えてみれば、それは今に生きる著名な人物とて同じような存在であろう。

 

ただ上記のように、旧い時代に生きた人物たちとは異なり、現代に生きる著名人たちはその一挙手一投足が日々公開されているような状況にある。故に、妙に感情移入がし易く、そしてこれが間違いのもととなる。そこで、今に生きている人物とは言え、時に、歴史上の人物と捉え直してみる方がずっとスッキリすることが分かったのである。これはじぶんにとってコロンブスの卵だった。

 

歴史上の人物・内田樹と考えると面白くなる。精神的にも技的に優れた武道家で、道場を構え、しかしながら思想的に現政権に対し激しく対立する人物。幕末期にはこのような人物がいたのではないだろうか。あの時代は活動家が顕著だったが、内田氏は思想家である。さほど歴史に通じていないので具体的人物が思い浮かばない。


内田樹氏と対極的?な位置にいる人物がいる。現参議院議員・青山繁晴氏である。ネットTVとラジオのトーク番組をよく聞く。前参議院選挙で一票を投じた。因みに、内田氏が’50年生まれで青山氏が’52年生まれ、そしてじぶんは’47年生まれである。大きく離れているわけではない。

 

青山 繁晴は、日本の政治家、参議院議員、安全保障および国家政策研究員、作家。前独立総合研究所代表取締役社長、近畿大学経済学部総合経済政策学科客員教授、東京大学教養学部非常勤講師。(ウィキペディア)

 

歴史上の人物・内田樹と青山繁晴を考えると面白い。どちらも歴史上、絶対に存在したような人物に思えるからである。内田氏は思想家で武道家、青山氏は活動家でスポーツマンである。政治的思想は対峙的立場にいる。じぶんは安易な二者択一には与しないようにと思いながら、今は青山氏寄りか。取りあえず、歴史小説を読むように、じっくりと観察を続けようと思っている。

 

関連投稿:時の人? (2016/06/24)
     STAPより怪しい取りまく環境 (2016/03/13)   

マイルスから始めよ!

  • 2017.04.29 Saturday
  • 14:42

最近、じぶんの生活環境の中にジャズが戻ってきた。これはじぶんの一人暮らしもどきの生活と、ICT( Information and Communication Technology )の進化の所為(お陰)である。わが家のTVにはアマゾンのTVスティックを接続してあり、youtubeで音楽のストリーミングのし放題の状態にある。

 

始めは一般的なBGMをセレクトしていたのだが、おすすめ機能でジャズの楽曲が多く表示されるようになってきて、意識的にモダンジャズ・アーティストを検索するようになった。その結果、マイルス・デイビスで引っかかってしまい、最近はyoutubeを開くとおすすめカテゴリーがマイルス・デイビスのアルバムとコンサートビデオのオンパレードになってしまった。

 

また先日ふと寄ったカフェの書棚で『マイルスに訊け!』( 中山康樹著 )が目に留まり、コーヒーを飲みながらパラパラと目を通した。そして、じぶんがマイルス・デイビスについて何も知らなかったことに気がついた。

 

青年期のジャズの始まりはジョン・コルトレーンだった。そして、徐々に色んなミュージシャンを聴くようになっていく。当然マイルスも入っていたはずなのだが何故か強い印象は残っていない。

amazon

 

ジャズを知ったのは専門学校生だったころで、LPレコードを買ったり頻繁にジャズ喫茶廻りをするようになったのは働くようになってからだ。1969年からだったと思う。

 

ウィキペディアで、1969年のマイルスはファンの間で「幻のクインテット」「ロスト・クインテット」と呼ばれていた時期であることを知った。この時期の録音は長らく発表されなかったとある。

 

かつてジャズがじぶんの生活の中にしっかりと入ってき始めた頃、マイルスは作品としては沈黙の時期だったということだ。もちろんマイルスはビッグな名前なので知らないわけはない。1969年という年代が主な理由とは思えないが、マイルスの演奏があまり記憶に残っていないのである。

 

しかし、じぶんは翌年1970年発表のアルバム『ビッチェズ・ブリュー 』を買っている。この辺の経緯は記憶にない。ただ、じぶんのジャズに対するイメージを変えたアルバムであったのは間違いない。電子音を多用したロック調?の楽曲に少し戸惑いを感じたことは憶えている。ただ、その後チック・コリア(ウェザーリポート)のアルバムなども手に入れているので、このマイルスから始まった変化に興味を覚えていたのは確かなようだ。

 

しかし『マイルスに訊け!』をチラ読みして知ったのだが、マイルスがリッチな家庭に生まれ、本人が ” 今まで生活に困ったことはなく、これからもない " というようなことを語っているのにビックリした。じぶんには昔の黒人のジャズミュージシャンはみんなプアな家庭に育ったというイメージが定着していたので。

 

youtubeで色んな年代のマイルスを聴いているとその変遷が分かる。ジャズという呼称も嫌いでブラック・ミュージックと呼んでくれと言っていたというマイルス、ミュージシャン人生の後半、人の声に近い音が出るというのでトランペットにミュートを付けて演奏することが多くなったマイルス、下を向いて歩きながら、時に後ろ向きで演奏するマイルス。

 

今、その音楽性だけではなく、人間性にとても興味を憶える。マイルスを聴いてみたい、マイルスに訊いてみたいという思いがある。

 

関連投稿: ジャズが戻ってきた!! (2017/03/26)

ベビーブーマー大統領誕生 , Now!

  • 2017.01.21 Saturday
  • 22:14

実業家ドナルド・トランプ氏が第45代アメリカ大統領に就任した。1946年6月生まれと言うから70歳と7ヶ月になる。アメリカのベビーブーマーと言われる世代だ。日本で団塊世代と称される我ら世代と重なる。奇しくも、じぶんは1947年6月生まれなので丁度一歳違いだ。

 

” January 20th 2017, will be remembered as the day the people became the rulers of this nation again. ”

 

選挙期間中から何かと話題を振りまいてきた人物だが、大方の予想に反しヒラリー・クリントンを破って大統領に選任された。以後の世界情勢に与える影響は大であろうと想像される。米国内のみならず、海外でも支持、不支持の声が高まっている。就任時の不支持率も歴史的な数値で、就任式に併せて反対のデモが行われ一部が暴動化した。

 

まだ就任前に選挙活動中の言動だけで、これだけ大騒ぎになるというのは異例のことである。これは世界が激動の時代に入っていくことの象徴と見るべきなのか、正直じぶんには分からない。ただトランプ大統領就任で、個人的に注目するのはじぶんと同世代の男が、場合によっては8年間にも渡る激務に就こうとしているということである。

 

我ら一般人とは財力のみならず体力も比較にならないほど満ち溢れているのかもしれないが、それにしても気になる存在である。選挙に敗れたヒラリー・クリントン氏も1947年10月生まれでじぶんと同じ歳である。また、民主党予備選挙でヒラリー・クリントン氏と争ったバーニー・サンダース氏は何と1941年生まれの75歳である。

 

普通であればまさに引退する年齢で新たな途を目指す。そしてアメリカ市民も彼らに期待を寄せる。就任式の一日を、断片的ではあるがネットの映像で垣間見た。オバマ前大統領夫妻がヘリ「マリーンワン」で国会議事堂から去っていくのを新大統領夫妻が見送る。ハリウッドの洗脳?によるものか、まるで映画の一シーンのような印象を受けてしまう。良きつけ悪しきにつけ、アメリカという国の文化の影響力の大きさを思う。

 

 

世界中の見解の相違の混乱の中、今、じぶんは支持も不支持も好きも嫌いもなく、ただトランプという70歳の一人の男の生き様に注目している。じぶんの生き方の参考になどになるわけはないが、世界中の同世代の男たちに何らかの触発を与えるような存在になってほしいと秘かに願いながら。

 

関連投稿: USAはどこへ (2016/11/09)

サン=テグジュペリを想う

  • 2016.12.28 Wednesday
  • 21:16

箱根「サン=テグジュペリ 星の王子さまミュージアム」

 

先週、箱根の「サン=テグジュペリ 星の王子さまミュージアム」に行ってきた。今年最後のドライブになりそうだ。この秋、紅葉狩りの帰りに関越の寄居PA(上り線)に立ち寄った。ここは日本初のテーマ型パーキングエリア「星の王子さまPA」として有名?だ。この「星の王子さまPA」に立ち寄ったのは二度目だと記憶しているのだが、今回はじぶんにとっては大きな新発見があった。

 

サン=テグジュペリも、「星の王子さま」も誰でも?知っている名称だ。「星の王子さま」はともかくとして、飛行機乗りのサン=テグジュペリはじぶんにとって周知の人物と思っていた。ところが、今回の「星の王子さまPA」立ち寄りで、意外なものを見つけてしまったのである。それは展示してあった飛行機模型である。

 

ヒコーキ好きなら誰でも知っているのだが、それは第二次大戦のアメリカの戦闘機P38(実際は偵察型のF-5B)だったのである。その時は、サン=テグジュペリがテーマのPAなのだから飛行機模型の展示は分かるが、飛行機なら何でも良いというわけではないだろうと思った。

しかし、PAを出て車を運転しながらそのことが気になった。何で?、帰宅してからネットで調べてショックを受けた。この飛行機はサン=テグジュペリのラストフライトで未帰還となった時の機種だったのである。何故か分からないのだが、じぶんはずっとサン=テグジュペリを第一次大戦からアニメ『紅の豚』辺りの人物だと思い込んでいたのである。何でだろう?。

 

ここからサン=テグジュペリが気になり出した。そして箱根の「サン=テグジュペリ 星の王子さまミュージアム」が思い浮かんだ。箱根方面には滅多に出かけないのだが、いつだったか前を通ったことがあるような曖昧な記憶があったのである。年内は無理としても、来年はぜひ行ってみたいと思った。

 

ところが家人からの提案で、今年は富士山参りの回数が例年より少なかったので、年内にもう一度富士山を間近に拝んでおこうということになり箱根に行ってみようということになった。ならば目的地は「サン=テグジュペリ 星の王子さまミュージアム」ということになる。

 

結論は ”非常に良い” である。ミュージアムとして建物/展示の完成度が高いという印象だ。もっともネット評価を見てみると、当然のことながら、プラス評価とマイナス評価が混在している。しかしながら今回のミュージアム訪問で、サン=テグジュペリと童話「星の王子さま」は作者と作品という単純な関係ではなさそうだということが分かってきた。

 

ショップで『夜間飛行』、『人間の土地』そして『星の王子さま』を買い求めた。最近、買って積ん読く状態になっている本が多いのでいつ読み終えるのか分からないが、もしかして、読み終えた後でまたミュージアムを訪れてみたいと思うかもしれない。館内にジーっと掲示物を読んでいる若いカップル?がいた。おそらくサン=テグジュペリの作品を熟知している二人なのだろうと思った。

 

 

サン=テグジュペリの生い立ち(貴族出身)から、飛行機乗りを目指した時代背景、そして『星の王子さま』まで、興味を刺激する事柄が数多くある。前の投稿で取り上げた数学者・岡潔もそうだが、じぶんが七十を前にサン=テグジュペリを再発見できたことを幸甚と思うと同時に、もっと若い頃に出合いたかったという思いもある。しかし、若い頃のじぶんにはこの二人に注目するような感覚は閉ざされていたような気がする。これも運命なのだろう。

 

『カモメのジョナサン』(1970年)の作者リチャード・パック(1936年生れ)も飛行乗りだった。『カモメのジョナサン』 発売当時、じぶんは二十代半ばだったが、本書のみならず作者リチャード・パックの生きざまにも影響を受けた。米州空軍戦闘機パイロットから ”さすらいの複葉機乗り” に転身したパックに憧れたのである。この辺りの時代からだろうか、若者が ”自分探し” 的な生き方に傾倒するようになったのは。カモメのジョナサンはパック自身の投影だったのではないかと思っている。

 

しかしこの歳になれば、もはや元禄の世の ”自分探し” のリチャード・パックから、むしろ乱世に偵察飛行で帰らぬ人となった ”星の王子さま” のサン=テグジュペリへとシンパシーが移っていくのを感じる。来年は、年甲斐もなく、サン=テグジュペリの生きざまを探ってみたいと思う。

ゲゲ!! 寝耳に水??

  • 2016.06.24 Friday
  • 21:16

 

今日のブログで、政治家になろうとする意思はなさそうだと書いたばかりだったのだが・・・。

自民党の参院選比例区名簿に登録されていた。

昨日の新聞に候補者一覧が掲載されていたのだが、じぶんの選挙区分しかチェックしなかった。

それにしても、この情報は見逃した。政界は一寸先は闇だ。

時の人?

  • 2016.06.24 Friday
  • 11:09

青山繁晴著『壊れた地球儀の直し方−ぼくらの出番 』 (扶桑社新書)


青山繁治氏は、かつて「朝まで生テレビ」を見ていたころに知った人物だと思う。そういう意味では結構古い。その後、時折TV番組で拝見することはあったが特別に注目することはなかった。最近、著者のトークに耳を傾けるようになったのはTVよりもpodcastとネット配信のおかげである。

 

著者は評論家ではない。著者の略歴を見れば直ぐ分かる。それにしても著者の多忙さが伺える長いプロフィール紹介である。しかし本人の現実なのだろう、特に気負いは感じられない。 自分の本意かどうかは判断しかねるが、著者は評論活動?も行っている。 じぶんは、著者の評論の是非よりもその背景に興味を覚える。著者の評論は自分の身体を使って稼いだネタを使って構成されている。この点が多くの評論家・コメンテーターと異なるところだと思う。

 

本書は普通の新書の倍もあるようなぶ厚い新書版だが、2004年刊行の『日本国民が決断する日』を改題、改稿、加筆のうえで新書化されたもの。著者の解説によれば本書は5部構成からなる。第一部イラクの現地取材、第二部アメリカの世界戦略の転向とアジアの将来、第三部米朝戦争シミュレーション、第四部真実の日米関係の姿、第五部日本の現代政治の果たしてきたこと、の5部である。

 

著者が ”ぶと新” と称するこの新書は厚いばかりでなく中味が濃い。イラク戦争直後の突撃取材の内容は驚異的である。一般に報じられているニュースだけでは知れない事柄が著者の命がけの体験を通して伝わってくる。さらに戦争が単純な勧善懲悪で語れるものでないことを改めて教えてくれる。米中戦争のシミュレーションは、ここまで書いてしまっていいのだろうかと思わせる内容だ。先方が百も承知だとすればゾッとする話である。

 

著者が2004年に『日本国民が決断する日』 の中に書き記した日米関係、中東問題、東アジア情勢等の悩ましい問題は現在も変わらず存在する。さらに、著者が冷戦終結後に始まったとみる「元の状態に戻ろうとする動き」は2016年の現在も未だ脈動を続けているように思われる。 故意に分割、統合されたものが元に戻ろうとする動き。著者は当時、それがヨーロッパから始まりアジアへ向かおうとしていると読んだ。現実に、中東はカオス状態で中国、朝鮮情勢は予断を許さない状況になってきている。

 

著者は1996年2月に発生したペルー日本大使公邸人質事件に絡む取材における社内外との確執で共同通信を退社する。あの時、フジモリ大統領の兵はすでに降伏した少女を強姦し手足を切り落としたのだという。 この件は報道されることはなかったが、 公正な裁判にかければフジモリ大統領の政策が批判されることは必然で見せしめにするための虐殺だった。日本は瞞された、と著者は見る。

 

著者はこの人質事件を機に共同通信を退社し、三菱総研を経て2002年4月、独立総合研究所(独研)を創立した。しかも、著者は「 独研は会社だけれど、営利は追求しません 」と名言する。そして、その心は「自分で食っている組織だからこそ、言いたいことが言える。報道機関は言いたいことが全てです。それを実践していることだけが、国民の利益になります」と弁明する。著者は龍馬の亀山社中を仰ぎ見る。

 

この国には「国士」という言葉がある。著者はまさに「国士」たらんとしているのだろうか。 社名の「独立」にはいかなる借金もなくインディペントで行くということと、個人、有権者の自立によって祖国のほんとうの独立を目指すという意味を込めているのだとう。これが著者の活動の原点なのだろう。

 

この著者の在り方には個人的に共感を覚える。著者は、本意ではないかもしれないが、世間的には「右」と見られているのだろう。じぶんも、どちらかと言いうと、「右」よりの考えの方が理解しやすい。「左」の考え方に反対と言うのではなく、じぶんにとって 「左」 の方が分かりにくいのである。ちょっと乱暴な表現かもしれないが、「右」は「改善」で「左」は「改革」という考え方なのではないかと思っている。著者も改善派ではないかと推察するのだが。

 

それにしても、著者と某都知事の気質の違いに唖然とする。著者は政治家たらんとする意志はなさそうだが、その志は政治家向きではと勝手に思いを巡らす。個展(絵画)の計画もあると聞く。本当の意味でユニークな人物であると思う。ますます注目のキーマン_時の人であると確信する。

 


 

壊れた地球儀の直し方−ぼくらの出番

2016年6月 扶桑社発行(amazon

 

著者 青山繁治

1952年、神戸市生まれ。慶大文学部中退、早大経済学部卒。共同通信記者として昭和天皇吐血など歴史的スクープ連発。三菱総研に転じたのち日本初の独立系シンクタンク独立総合研究所の代表取締役社長・兼・主席研究員。熱血先生と呼ばれる近畿大経済学部客員教授(国際関係論)のほか東大教養学部特設ゼミ、防衛省幹部研修、総務省消防大学校、関東管区警察学校でも教鞭。公職は無償を原則に、内閣府原子力委員会原子力防護部会専門委員、文科省参与、海上保安庁政策アドバイザー、経産省総合資源エネルギー調査会専門委員、NSC創設の有識者会議議員、消防審議会委員など。国内外で第一級専門家として認知された分野は危機管理、外交・安全保障、資源エネルギー安保、政治論など類例なき幅広さ。「ザ・ボイス」(ニッポン放送)、「虎ノ門ニュース」(CS放送)、「TVタックル」(テレビ朝日)など番組参加が圧倒的人気。連続5時間前後の「独立講演会」も毎月、自主開催。会員制レポート「東京コンフィデンシャル・レポート」(TCR)を16年超、配信。著作に『ぼくらの祖国・新書版』『ぼくらの真実』(扶桑社)、「死ぬ理由、生きる理由」(ワニ・プラス)、純文学の『平成』(文藝春秋)など。趣味はJAF公式戦に参戦中のモータースポーツ(A級ライセンス)、水泳、映画。配偶者は日本女性初の大型船船長の資格を取りメタンハイグレード研究で世界の特許を持つ青山千春東京海洋大准教授。子息二人。愛犬はポメラニアンの繁子。2500万超アクセスのブログは「ON THE ROAD」(shiaoyama.com)

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