思えば遠くに

  • 2017.11.21 Tuesday
  • 21:36

光陰矢の如し、英語だとTime flies 、とはよく云われることだが、これは歳を経るほどに身にしみて実感するようになってくる。 しかし、これは近々の事柄を対象にしている場合で、逆に時間を遡って子供の頃を思い返してみると ”思えば遠くに” という感慨にふけることになる。

 

これは実に不思議な感覚で、まるで宇宙の現象と反対のようにみえる。宇宙はビックバン後に膨張を続け、しかも加速度的に、最遠の境界は自分?から猛烈な速度で離れつつある。しかし、無限の宇宙は永遠に拡散し続けられるとしても、個人の人生はあっという間に終点に到達する。

 

人の世に先があるのかどうかは分からない。昔から色んな言い伝えがある。しかし多くの人がそうであろうと推測するが、じぶんもその何かを信心するまでには至っていない。この歳になると宗教とまでは言わなくとも宗教的なものに関心が向く。若い頃は哲学、科学に対するかのごとく宗教に興味を持った。しかし宗教の本質は哲学、科学的なものとは異なり検証を拒否する。

 

それでは宗教は薬のようなものか、ケースによってその成分が効き、又効かない場合もある。しかしこれも又、喩えとして適切とも思えない。薬の種類ほどに宗教を用意するのも難儀だろう。となれば、やはり老舗の宗教に問いただしてみるのが近道か、それなら日本人には仏教だろうと安易に決めてかかる。

 

ちょうど手元に、とても手ごろでソフト?な仏教の本があった。どちらかと言えば、言葉(言語)に対する興味からしばらく前に買った新書だったのだが、タイミングよく思い出して読み始めた。 大來尚順 著『超カンタン英語で仏教がよくわかる』(扶桑社)である。著者は現役の浄土真宗本願寺派大見山超勝寺僧侶(女性)である 。仏教入門としてはちょっと物足りない内容の感じもするがとてもユニークな本である。

 

超カンタン英語で仏教がよくわかる

発行 2016年7月(扶桑社:amazon

 

著者  大來尚順

浄土真宗本願寺派大見山超勝寺僧侶。寺子屋ブッダ講師。1982年、山口県生まれ。浄土真宗本願寺派僧侶でありながら、通訳や仏教関係の書物の翻訳なども手掛け、活動の場を幅広く持つ新世代の僧侶。龍谷大学卒業後に渡米。米カリフォルニア州バークレーのGranduate Theological Union/Institute of Buddhist Studies(米国仏教大学院)に進学し修士課程を修了。

 

本書には経典が漢語と英語と日本語で書かれている。勿論最も難解なのは漢語なのだが、英語と日本語を比べると、無論日本語の方が分かった気になれる。しかし面白いことに、英文を読んでアーッと思うところがあるのである。何とも理解するというのはやっかいなことである。この辺りのことはAI技術でもやっかいなことになっているのではないだろうか。

 

何でも言語化しようとするのが人間だが、宗教にとって言語化というのはもしかして鬼っ子なのかもしれない。言語化すればするほど本分から遠のく。そんな気がする。なぜお経は唱えるのか、最終的に経典も漢語のまま感じ取ることが本分なのかもしれない。

 

舎利子 色不異空 空不異色

色即是空 空即是色

受想行識亦復如是

 

O Shariputra,form is no other than emptiness,

emptiness no other than form;

Form is exactly emptiness,emptiness exactly form;

Sensation,conception,discrimination,awareness

are likewise like this.

戦火の飛行家_サン=テグジュペリ

  • 2017.07.17 Monday
  • 21:10

サン=テグジュペリ著『戦う操縦士』(新潮社)

 

先に読んだ『夜間飛行』『人間の土地』と同様に本書も堀口大學の訳によるものだ。前の投稿でも書いたのだが、文学作品に不慣れなじぶんにとって堀口大學(1892-1981)の訳は難解な部分が多い。しかし、これはじぶんの素養の無さが原因なので如何ともし難い。今は、難解さはそのままに受け入れておくしかないと考えている。

 

サン=テグジュペリの作品は自分の飛行家としての体験に基づく作品が多い。著者も語っているように、農夫が鍬で土地を耕すように、飛行家は飛行機を使って自己(人生)を耕す。もっとも、これもある限られた時代の限られた者だけに付された特典?だったのかもしれないのだが。

 

本書『戦う操縦士』は、先の大戦でドイツがフランスに侵攻したときに、偵察飛行部隊二の三三飛行隊に所属していたサン=テグジュペリ陸軍大尉が自らの体験を基に記した実戦記であり、訳者の言葉を借りれば、フランス軍の全面的崩壊に至るまでの艱苦の戦闘体験から得たモラルの文学的結実である。

 

これも訳者の解説によるものだが、サン=テグジュペリは飛行家という職業を通じて大自然と接触し、人間の本然の発見に努める。しかしこの本然という訳語に親しみがない。”もとのままの姿” というような意味のようなのだが、本性とは意味合いが異なる気がする。より哲学的な意義を持つ語ではないかと思う。そして、このサン=テグジュペリの姿勢は ”戦闘の日々” にも不変なのである。このことが『戦う操縦士』を戦記から文学作品にまで昇華させた要因であろうと思われる。

 

しかし本書は戦記としても貴重で、フランス敗戦の最中、村を捨て避難民の行列に加わる住民の様子などが詳細に描かれている。日本人が同様の体験をしたのは、沖縄と敗戦後の大陸の住人たちかもしれない。サン=テグジュペリが遺した敗戦の記には価値がある。コミュニティ、個人共に敗北には意義がある、彼はそんなことを語りたかったのではないだろうか。

 

ある日、操縦士は必至覚悟の偵察に飛び立つ。高度1万メートルでの観測士官、射手との普通だが不思議な言葉のやり取り、低酸素状態で凍り付いて固着した方向舵と格闘する、そして高度700メートル、対空砲火の凄まじいアラス上空で操縦士の脳内を多様な想いが駆け巡る。併せてじぶん中では、大戦初期の欧州で既に高度1万メートルの偵察飛行が行われていたのか?などと、知識の曖昧さに気持ちが揺れる。

 

サン=テグジュペリは人生を戦争になぞらえているように思えてならない。彼にとって人間の本然、国の本然、コミュニティの本然というものが重要で、人生、戦争の勝敗ではない。そこから死を恐れない、死を厭わないという生き様が現れてくる。日本の武士道と相通じるものがあるのかもしれないが、どちらにしても、今を生きる我々一般人とは別種の人間であるようにさえ思える。

 

しかし、著者の作品が永く人々に親しまれ、愛され続けていることを考えると、あの頃から現代に至るまで、少なからぬ人々がサン=テグジュペリという飛行家兼文人に共感を覚えているということの証左ではないだろうか。しかも、このことで、ある種の安堵感を得ているじぶんを見る。

 

現世の個人偏重、経済偏重のあり方は強い現実感に支えられている。しかし一昔前に、これらと一線を画す人生観があったことを知ることは、我々にとって大事なことではないかと思う。直面する様々な個人的及び社会的課題/問題と対峙する時、これが解決の手がかりになるのではないかと期待するからである。

 


 

戦う操縦士(kindle版)

発行 1956年11月新潮社 (amazon)

著者 サン=テグジュペリ

訳  堀口大學

 

 

 

 

 

 

 

 

天皇制を考えてみたのだが・・・

  • 2017.06.29 Thursday
  • 15:21

今上天皇のご退位問題に絡み、男系、女系、女性宮家とか天皇制に関わる課題がマスメディアを賑わしている。素人、専門家がごっちゃになって多様な言説が飛び交う。国政に関わる問題もそうなのだが、天皇制の在り方などのテーマも皆で議論すればどうにかなるとは思えないのである。

 

じぶんは、ずっと、いろんなテーマについて議論することは良いことだと思ってきた。それが近頃、本当にそうなんだろうかと疑問に思うようになった。要するに議論がかならずしも知的活動とは思えなくなってきたのである。古くから「群盲象を撫ず」の譬えがある。眼の不自由な人たちがいて、それぞれ自分の触れた部分の印象だけから象(全体)について述べることを戒めるはなしだ。

 

足に触れた人は象を大木の切り株のようなものと思うだろうし、耳に触れた人は大きな団扇のようだと言うだろうし、鼻に触れた人は太い管のようなものだと信じるかもしれない。こんな場合、議論でどうにかなるとはとても思えない。国会での議論などもこれに近いのではないかと考えてしまう。

 

天皇制について言えば、じぶんは男系天皇制を支持?する。しかし、このことで他人を説得できるような議論ができるとは思ってもいない。ただ、天皇制は歴史的な継続性に意義がある、と感覚的に思っているだけなのである。色んな書、資料等を読んで、このことを援護する理屈を後付けすることはできるかもしれないが、個人的にそんな時間も気力もないし、またそれが意味があることとも思えない。

 

そもそも、議論をつくして何かが明らかになるということはあるのだろうか。互いに、寄って立つ処の差異がさらに際立つだけではないのだろうか。もっとも、それで双方がその差異に気付くことができるのであれば、議論することにも意味があるのかもしれないのだが。右に立つか、左に立つかなどは、単に旗印だけで選択されるとは思えない。自分すら認知できない複雑な要因が絡み合っているのであろうとしか思えないのである。

 

身も蓋もない話になるが、最終的に各人の感性(信念、信仰、気質など)によるとしか言えないのではないか。論理世界の数学、実験で裏付けが取れる物理学とは違って、社会で一般に議論の対象になるのは非論理的実社会の事象が大半である。

 

やはり、天皇制の是非などは議論で解明できるとは思えないのである。あるがままを認めるということで良いのではないかと思うのだが、しかしそれは否だという人たちもいるだろうし、正にそこには議論の余地がないのである。

偉人の精神

  • 2017.05.31 Wednesday
  • 10:36

わが七十年の人生を振り返ればじぶんの俗人的人生は異論の余地がない。さらに、身辺の多くの人々が俗人的であることも疑いない。しかし、これが避難されるべきものでないことも間違いない。俗世間が核の人間社会が俗人によって構成されるのは自然なことである。

 

しかしがら、サン=テグジュペリを想いつつ、偉人について考えてみる。サン=テグジュペリを偉人というのは適切ではないとは思うが、彼の精神は偉人を思わせるものがある。そしてつくづく思うのは、この地上には偉人が必要なのだということである。歴史上、少なからぬ偉人が存在した。イエス、ムハンマド、ブッダは誰もが知る代表的な偉人(聖人)である。

 

しかし残念ながら、ブッダ、イエス、ムハンマドの精神がそのまま今に生きているとは言い難い。現に存在するのはブッダ、イエス、ムハンマドの精神を俗世界に投影した影だけである。しかし、それでも尚、それを生きる支えにしている多くの人々がいる。ここが肝要だ。

 

近い将来の世界再構築の胎動を思わせる近頃の世界情勢を見るにつけ、各国の指導者たちの面子が注目される。現在、グローバル化などと称し、俗な社会が地球規模まで巨大化しているのが現状である。このような世界のステージ上で指導者たちは何を演じようとしているのか、また人々は指導者に何を演じさせたがっているのか。役者が出そろったのかどうかは分からない。しかし何か大きな歴史的事象が進行しようとしている気配は感じられる。

 

偉人とはと問えば、いまサン=テグジュペリの生き方を身近に感じる。彼は、他(人、観念等)のために自らを滅却することを是とする。このことが我ら俗人との違いである。我らはせいぜい家族のために生きるのが精一杯で、それすらあやしい人々も大勢いる。大方、俗人は”自己中”である。

 

しかも、世界的にこのような社会が広まり、さらに住人が七十億もいるというのだから言葉を失う。さて、この中にどれほどの偉人がいるのだろうか。また、人類社会が保持されるにはどれくらいの偉人を必要とするのだろうか。いま世界の指導層が揺れ動いている。そして、この中に精神の風に吹かれた指導者がどれほどいるのだろう。これが鍵のように思えてくる。

 

俗な指導者は弊害をもたらす恐れがある。一方で、偉人の精神にも影がある。宗教的に言えば、悪魔とでも表現するのだろうか。光と影、神と悪魔が同根の精神から出づるのかどうかは分からない。それでも、この地上に偉人の精神が存在しなければ、人類は救いようのない状況に陥るような気がしてならない。

大地を耕した飛行家たち

  • 2017.05.25 Thursday
  • 20:18

サン=テグジュペリ著(堀口大學訳)『人間の土地』(新潮文庫)

 

タイトルも内容(訳)も難しい本だ。文のスタイルとしてはエッセーと言っていいのだろうか。先に『星の王子さま』『夜間飛行』『南方郵便機』を読んでいる。この歳でサン=テグジュペリの作品を知ることができたことは、じぶんにとってとても大きい出来事だと感じている。

 

さらに本書の巻末に宮崎駿氏の解説「空のいけにえ」が載っている。宮崎氏が飛行機に拘りを持っていることは周知の事実であり、じぶんもヒコーキ好きが相まって、ずっとジブリのアニメ作品に注目し愉しんできた。本ブログの管理者_ニックネームのPORCOもアニメ『紅の豚』からとったものだ。

 

宮崎駿氏がサン=テグジュペリ作品に傾倒しているのは何かの記事で読んだことがある。ところが、今までその詳細を全く知らなかった。しかし今回、一連のサン=テグジュペリ作品、特にこの『人間の土地』を読んで分かってきたような気がしている。本書は著者サン=テグジュペリと仲間たち(飛行家)の壮絶な体験記である。さりながら、訳者があとがきに記しているようにこれは決して冒険談ではない。

 

文学に不慣れなじぶんにとって、堀口氏の訳文はなかなかに消化するのが難しい。これはある程度の熟練を要することに違いなく、それはこれからの楽しみでもあり、また不安要素でもある。しかし、本書は、訳者あとがきと宮崎駿氏の解説がとても重要なメッセージとなっている。これだけも本書を読んだ甲斐があるというものだ。

 

 この書の真価はじつに、著者サン=テグジュペリが、これらの体験から引き出したそのモラルのすばらしさにあるのだから。一見ばらばらなように見えるこれら八編のエピソードは《人間本質の探究》という深いつながりで緊密に結びつけられている。

 ・・・『人間の土地』は、物質的利益や、政治的妄動や、既得権の確保のみに汲々たる現代から、とかく忘れがちな、地上における人間の威厳に対する再認識の書だ。この書を書くには、だれよりも果敢な行動人にして、だれよりもきびしい精神を備えた人を必要とした。幸いぼくらは、サン=テグジュペリの中に、飛行家として、文学者として、二つの才能の邂逅をもった。(1955年、詩人・仏文学者 堀口大學)

 

さすがに、リビアの砂漠のまっただ中に不時着、一滴の水もなしに何十キロも歩き生還したサン=テグジュペリ、アンデス山中の吹雪の中を五日間彷徨い生き延びた親友ギヨメなどの物語は想像を絶する。訳者は、この奇跡的出来事を二人の責任観念に帰する。これが他の動物にはなしえない困難に打ち勝つ努力を続けさせる動因だと解説する。じぶんには、この解説が世間でいかほどの説得力を持つものなのかは分からない。

 

しかし、サン=テグジュペリの生きた時代、社会環境の中でも彼ら飛行家たちの生き様が一般的でなかったことは想像できる。サン=テグジュペリ自身、本書の中で、彼がもはや生きているとは感じられない地上の人々の姿を描写している。多くの一般の人々はこちらの範疇に属しているのではないか。このことに関してはあの時代も今の時代もさほど変わっていないのかもしれない。

 

人間の本然とは、このテーマに真正面から見据えようとしたサン=テグジュペリ、これは名門貴族の子弟として生まれたことと関係があるのだろうか。個人的には、無関係とは思えない。やはり一般庶民とは異なる精神性を保持していたのではないだろうか。

 

 間大戦期のデカダンスの中に、地上の雑事への軽蔑と憧れをかくしつつ、若者達は砂漠へ、雪をいただく山々へと出かけていった。サン=テグジュペリが存在しなかったら、おそらくこの若者達の物語はとうに忘れられていたにちがいない。凶暴に進化する技術史の中のほんの一頁の、一行分位のエピソードで終わっただろう。実際、郵便飛行士が英雄になった時代はほんのわずかであり、一代限りの物語にすぎなかったのだ。(1998年、アニメーション映画監督 宮崎駿)

 

宮崎駿氏のこの思考には共感を覚える。もし飛行家であり文学者であるサン=テグジュペリが存在しなかったら、ジブリのアニメ映画はどうなっていたのだろう、そんな妄想に捕らわれる。

 

 風景は人が見れば見るほど摩耗する。今の空とちがい、彼らの見た光景はまだすり減っていない空だった。今、いくら飛行機に乗っても、彼らが感じた空を僕らは見ることができない。広大な威厳に満ちた大空が、彼ら郵便飛行士たちを独特の精神の持ち主に鍛えあげていったのだった。

 

宮崎駿監督の文学性を感じさせる文章である。科学志向の強いじぶんにもこの文章には感じるものがある。彼らが翔んでいた大気と、現代の飛行機たちが飛び交っている大気とは異なるという思想を受け入れたい。あの時代だけ、選ばれた飛行家たちだけが見ることができた大空と大地があった。

 

『人間の土地』、文末のメッセージ、

精神の風が、粘土の上を吹いてこそ、はじめて人間は創られる。

 

現代にも風は吹いているのだろうか。たとえ限られた時間の中で、たとえ限られた数であっても、高い精神性の風に吹かれる人々が存在することを願う。それが人間社会にとって取るに足らなくとも、人類にとってかけがえのないことだと思うから。

 


 

人間の土地

昭和30年4月発行

平成27年6月87刷(新潮文庫:amazon

 

著者 サン=テグジュペリ

訳者 堀口大學

 

 

 

 

 

 

 

ひとりで生き、逝くということ

  • 2017.05.07 Sunday
  • 20:45

山折哲雄著『「ひとり」の哲学』(新潮選書)

 

久しぶりの書店散策で ”ひとり” という言葉が目に留まった。人生もここまでくると ”ひとり” という言葉が身にしみるようになる。現在の社会事情を背景にしたエッセーと思い安易に買ってしまったのだが、中味は一般向けとは思えないほどで、じぶんにとっては難解だった。

 

 ひとり暮らしの淵に立たされるようになって、はじめてそのひとり暮らしの足元が底無しの危機にさらされていることに気がついた。ひとりで存在するエネルギーが、みるも無残に何者かによってどこかに吸いとられてしまっている。

 ひとりで立つことからはじめるほかはない。そして、ひとりで歩く、ひとりで坐る、ひとりで考える。ひとりの哲学を発動させなけれればなるまい、そうも思う。からだの関節と筋肉をもみほぐす。そこに新しい血流を通す。

 

著者の序章の弁である。さらに著者は、いま世間には「ひとり」を孤立とか孤独の親戚であるかのように扱う風潮があると語り、本書はそのことへのアンチテーゼになっている。この辺までは、じぶんにも身にしみるように理解出来るのだが、本論に入ると内容が高尚となり、ついて行くのが困難になってくる。

 

しかし、これは著者の所為ではなく当方の問題である。著者は、ドイツの哲学者カール・ヤスパースの唱えた人類史の「基軸の時代」から日本の基軸の時代を考察し、それを十三世紀の鎌倉時代においた。ある意味、本書はこの著者の説を解説するという主旨があったのかもしれない。

 

著者は「ひとり」という概念を西洋の「個」と区別して日本の思想の源流と考える。十三世紀はその基軸の思想と人物を生み出した。本書は序章、終章を挟んで四つの章からなり、それぞれ親鸞の「ひとり」、道元の「ひとり」、日蓮の「ひとり」、そして法然と一遍の「ひとり」を論じている。

 

本書と関連図書の熟読により、著者の語る日本の「基軸の時代」を捉えることができるのかもしれないが、残念ながら現時点ではそこまでの気力はない。さりながら、じぶんにも、日本人の中に意外に多いような気がするのだが、鎌倉時代を壮絶に生きたこれらの人物に関心がある。

 

しかも、これらの人物と「ひとり」という思想が密接に関わってくるとなれば、また新たな視点でこの時代、人物を捉えなおすことができるのかもしれない。著者は、世間が「独居老人」「孤独死」などと呼び、まるで社会悪でもあるかのように言うのは間違いであり、むしろ「孤独」と向き合うことでより豊かな生を得ることができると語る。

 

 窒息しそうな「個」の壁を突き破り、広々とした「ひとり」の世界に飛び出してこないか、そんな思いをこめて、私はこの本を書いた。

 

じぶんはこの本のタイトルを見たとき、こんな著者のメッセージを聞いたような気がしたのかもしれない。オビの裏に記されていたのだが、初め気がつかなかった。著者の本旨「基軸の時代」を理解するまでは行かなくとも、せめて「ひとり」の思想の一片でも捉えることができればと説に願う。

 

法然、親鸞、道元、日蓮、そして一遍。それぞれが時代の中心から大きく外れた道を選択し生きた。親鸞、道元、日蓮から派生した宗教組織は後に大きく発展した。しかし、著者はその発展が開祖たちの思想を起動力にしたものではなく、ひとえに先祖供養を中心とする土着の民間宗教がその発展を支えたのであると論じる。

 

宗教団体の内情は知らない。しかし著者の説によれば、宗教に関わらぬ一般人が親鸞、道元、日蓮の生き方からから学べることが多く、むしろこっちの方が本筋と思えぬこともない。さりながら、「個」ではなく「ひとり」を現実に生きるということを考えると、語るは易しという思いが強くなる。

 

しかし、もし「ひとり」の生き方が日本古来の思想の源流であるとするなら、あらゆる日本人にその文化的DNAが引き継がれているのではという想いが湧いてくる。そして今、じぶんは切に切にそのことを願わずにはいられない。

 


 

「ひとり」の哲学(Kindle版)

発行 2016年10月(新潮社:amazon

 

著者 山折哲雄

宗教学者、評論家。1931年、サンフランシスコ生まれ。1954年、東北大学インド哲学科卒業。国際日本文化研究センター名誉教授、国立歴史民俗博物館名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授。著書に『髑髏となってもかまわない』『義理と人情 長谷川伸と日本人のこころ』『これを語りて日本人を戦慄せしめよ 柳田国男が言いたかったこと』など多数。

 

 

 

知性は万能ではない

  • 2016.12.14 Wednesday
  • 14:15

小林秀雄・岡潔 対談『人間の建設』(新潮社)

 

評論家/小林秀雄と数学者/岡潔の対談本である。1965年に出版された『対話 人間の建設』の復刻版のようである。小林秀雄、岡潔の両氏とも著名な方だが、誠に残念ながらじぶんは名前を知っている程度の認識しかない。読後感としては、出版された時代に読んでおきたかったというものである。

 

アマゾンに表記されている本書の紹介文である。なるほど上手く要約するものだと感心する。

 

 有り体にいえば雑談である。しかし並の雑談ではない。文系的頭脳の歴史的天才と理系的頭脳の歴史的天才による雑談である。学問、芸術、酒、現代数学、アインシュタイン、俳句、素読、本居宣長、ドストエフスキー、ゴッホ、非ユークリッド幾何学、三角関数、プラトン、理性……主題は激しく転回する。そして、その全ての言葉は示唆と普遍性に富む。日本史上最も知的な雑談といえるだろう。

 

紹介文の通りであると思う。では、本書で両氏は何を語りたかったのか。じぶんは、我々が普通に使っている「知性」という言葉の再認識を問う本であると受け取った。そして、これも有り体に言えば、両氏とも知性を糧にしている人物であることは万人が認めるところであろう。しかしながら、この対談本の中で、両氏は世界的な知性の劣化を憂いている。それも65年当時の判断によるもので、両氏の考え方から推測すれば、2016年現在の状況はなお悪化しているのではと危惧される。

 

両氏の対談の内容は、正直言って知的連度の脆弱なじぶんには理解できないところが殆どだ。しかしながら、上手く説明は出来ないのだが、その語らんとするところにじぶんの心が僅かながら共鳴するのである。岡潔・風に表現すれば、両氏の語らんとしている世界から生じる「情緒」にじぶんの心が反応しているということなのか。一流の評論家、そして数学者となれば、そこのところを旨く言語化できるのであろう。

 

岡潔は人の心の働きを ”知情意” と表現する。そして、自分の心の活動を通してなかんずく ”情” に注目するようになる。この自分が確信した感覚に対し「情緒」という言葉を当てはめる。さらに、自分の数学的思考(知)は元来「情緒」が表出されたものであるとするのである。

 

一般に、我々は「知性」というと自然科学に代表される論理的思考を思い浮かべる。しかしながら、自然科学の一端を担う数学も物理ももはや「知性」だけでは立ち行かないのだという。岡潔はあるエキザンプル(集合論の問題)をあげて、論理的には矛盾はないのだが感情的に満足できない命題(証明)があると語る。そして、そんな数学はやる気がしないと言い切る。

 

また、小林秀雄も波動力学を拒絶するアインシュタインの例をあげ岡に賛同する。アインシュタインはイギリスの物理学者ボルンに出した手紙の中で、「波動力学はいやだけれども対抗できる理論が一つもない、あるのは皮膚の中に深く食い込んでいる自分の指だけだ」と語ったという。小林はアインシュタインを ”感情の人” と評価するのである。

 

常識的に科学(「知性」)は感情と矛盾すると考えられている。しかしながら本対談では、「感情」こそが心的活動の中のキーファクターであると提唱される。実は、このことはじぶんが熟年にならんとする頃より気になりかけていた事でもある。「分かる」 というのは感情を伴うものであり「知性」ではどうにもならないこともあるのではないかと思い始めていたのである。論理に対する関心は尽きないが、論理は人々が思うほどに万能ではないのかもしれない。

 

この対談から半世紀経過しているわけだが全く古臭さを感じない。まさに ”ジャスト ナウ!” のテーマではないか。今の社会は、遠回りかもしれないが、「知性」のできる事できない事 /「科学」のできる事できない事をよくよく熟考しなければならない時期に来ていると思うのである。小林・岡の両氏はもはや遅きに失したと捉えていた節もあるのだが、それでもまだ生きている身として希望は持ち続けたい。

 

 ですから数学をどうするかなどと考えることよりも、人の本質はどういうものであって、だから人の文化は当然どういうものであるべきかということを、もう一度考えなおしたほうががよさそうに思うのです。(岡潔)

 


 

人間の建設

2013年3月 新潮社出版(Kindle版:amazon

 

著者 小林秀雄

1902‐1983。東京生れ。東京帝大仏文科卒。1929(昭和4)年、「様々なる意匠」が「改造」誌の懸賞評論二席入選。戦中は「無常という事」以下、古典に関する随想を手がけ、終戦の翌年「モオツァルト」を発表。’67年、文化勲章受章。連載11年に及ぶ晩年の大作『本居宣長』(’77年刊)で日本文学大賞受賞 。

著者 岡潔

1901‐1978。大阪生れ。日本数学史上最大の数学者。1925(大正14)年、京都帝大卒業と同時に講師に就任、以降、広島文理科大、北大、奈良女子大で教鞭をとる。多変数解析函数論において世界中の数学者が挫折した「三つの大問題」を一人ですべて解決した。’60(昭和35)年、文化勲章受章。

 

神社の紅葉と効用

  • 2016.11.15 Tuesday
  • 21:00

榛名神社(http://www.haruna.or.jp/

ご祭神: 火産霊神 (ほむすびのかみ、火の神・埴山毘売神 (はにやまひめのかみ、・土の神)

 

今年の紅葉はメリハリのない夏の終わりと秋の始まりのため予想通り出来?がよくなかった。日光と軽井沢方面にドライブしてみたが圧倒的な風景には出合うことはできなかった。今年は紅葉の時期がやや遅れているという情報もあり、お天気に誘われてもう一度トライしてみることにした。

 

問題は行き先だが、家人のネット情報を頼りに、蕎麦屋が多いらしいという情報にも誘われて群馬県の榛名神社に行ってみることにした。かつて、ドライブで伊香保方面がマイブームだった頃もあって榛名湖周辺も何度か行っているのだが、榛名神社には行ったことがなかった。今はナビという便利な道具があるので、何の苦労もなく辿り着くことが出来た。

 

道路沿いの市営駐車場に車を停めて参道らしき坂を上っていくと、こっちにも駐車スペースがあることが判ってちょっとガッカリする。しかし今日は季節外れの暖かい日だったので散歩日和とじぶんを納得させる。初めて来た土地だったので例年と比較はできないのだが、周囲の山の黄色中心の紅葉は日本の里山という感じでキレイだった。

 

 

しかし肝心の蕎麦を食べれるような営業中の店が見つからず、神社鳥居近くの店で群馬名物焼きまんじゅうを食べた。この焼きまんじゅうは味噌だれと焼き方が上手だったのか旨かった。結局、結果としてこれがこの日のお昼ごはんになった。神社まで来てお参りをしないで帰るわけにもいかないので、とりあえず本殿まで行くことにした。案内看板をよくチェックしないで歩き始めてしまったのだが、直ぐに本殿まではちょっと有りそうだなという予感のする雰囲気が漂っていた。

 

帰りに案内看板で分かったのだが、鳥居から本殿まで500mほどの上りで15分と記されていた。実際には道沿いの景色や置き物を見学しながら上ったので20分以上かかった。岩山に張り付いている歴史を感じさせる神社だった。紅葉の時期ということもあり、その割に参道沿いは休業の店が多かったのだが、シニアだけではなく若い男女も含め参拝者が目立った。

 

 

本殿で、じぶんの前にいた若い女性二人連れのお参りの時間が長かった。何かお願いごとをしているのかもしれないが、手を合わせたまま三十秒ほど動かなかった。じぶんも近くの神社に時折り参拝するが「二礼二拍手一礼」で型どおりで済ませる。以前、茨城県の出雲神社で同じような女性二人連れを見たことがある。どうも女性、特に若い女性のお参りは具体的な願い事をするようだ。

 

じぶんは、たぶん?、神前で具体的な願い事をしたことがない。何か不思議な感じもするが、出来ないのである。台湾で吉がでるまで何回でもおみくじを引く習慣?があると聞いたことがある。そういう信仰もあるのだろうが、じぶんは何かそれらとは違うものを求めているような気がする。じぶんでもスッキリしないのだが。

 

TVが埼玉県の三峯神社で月の初めに白いお守りを求めて行列ができると言っていた。随分前、奥秩父がドライブコースでマイブームだった頃もあったが、そんな行列の話を聞いた記憶がない。これも最近の現象なのだろうか。日光など有名な観光地の神社仏閣に行くと、ディズニーランドのキャストを思わせる話しぶりの僧侶などに直面することがある。悪いこととは思わないのだが、何となく複雑な気持ちになる。

 

じぶんはレジャー施設には ”子供だまし” ならぬ ”大人だまし” を期待している。しかし神社仏閣には出来れば "ホンモノ" を求めたい。榛名神社はパワースポットでもあるらしいのだが、今回はそのパワーを感じるまでにはいかなかった。もっとも、有名なパワースポットと言われる長野県の分杭峠に二度行ったことがあるのだが、二度とも微妙にパワーを感じることできなかったので、これからも期待薄が現実だろう。

 

それでも、じぶんはパワースポットとそれを感じることのできるシステム(生命体)の存在を信じている。

信じるもよし、信じぬもよし

  • 2016.08.30 Tuesday
  • 14:32

最近、秋山佳胤著『不食という生き方』から食のダイナミズムを思い知らされたのだが、実はこの本に主題と異なる興味深い記述があった。何の説明もなく、あまりに自然に書かれているので流してしまいそうになるのだが、実はもう一つの主題と言ってもいいくらのものである。

参照: 不食という生き方を考える (06/09)

 

 私たちの本質は、肉体的な性ではありません。

 本質は魂であり、魂というエネルギー体は「たった一つ」です。

 たった一つの存在から、私たちはそれぞれに分かれたのであり、そのときの生(過去生)によって、男女のどちらかで生れたにすぎません。

 

著者は、出会う多くの人が以前の人生(過去生)で縁のあった人たちだったと言い、人の生まれ変わりを示唆しているのである。著者は1969年生れで東京工業大学卒、弁護士であり医学博士号をも取得しているという人物で、社会的評価も高いと言える。実は他に、社会的評価の高い職業で過去生を説く人物がいる。東大病院の医師・矢作直樹氏である。

参照: 死後の世界はあるか (2011/12/05)

 

両名とも社会的評価の高い人々であり、矢作氏は1956年生れということなので秋山氏とはひと回り年齢差があるようだが、じぶんから見ればまだまだ若い。じぶんは、このような人々が過去生を当たり前に語る(語れる)時代になったということに驚くのである。

 

じぶんも青年期から過去生というようなことに興味を持っていたが、周囲の人たちと普通に話題にすることはなかった。理系/工学系に関心のあったじぶんにとっても、これは奇妙な感覚で何とも説明がつかない。しかし当時から、既に、いわゆる超常現象の研究に取り組む先生方(なぜか工学博士が多かった気がする)が結構おられた。何とか言語化(科学で解釈する)しようと努力されていたわけである。しかしながら、未だ過去生も含めスッキリした解決に至ってないというのが現実だろう。

 

最先端の量子力学などはもはや「不思議の国のアリス」の非常識の世界である。心理学でも、意識より無意識の世界の方が広大であることは常識?である。AIの開発が進んでいるので、脳科学にも何らかの進展が見られるかもしれないが、まだまだ未知の世界である。まして、人類が古くから感じてきた「魂」の存在(否定も含めて)を明らかに出来るのはまだまだ先の話なのだろう。

 

じぶんと同世代の人たちに聞いてみたい気がする。過去生を信じますか、感じますか、興味がありますか。また、アインシュタインの相対性理論を信じますか、そしてそれは何故ですか。多くの人々にとって、過去生も相対性理論も普段の生活に全く無縁な事象に違いない。しかし、相対性理論を応用しないとGPSが機能しないという有名な説があるので、この理論にリアリティを感じている人たちがいるかもしれない。しかし一方で、過去生の方が現実味があると思われている人々もいるような気がするのである。

 

肯定も否定もできない(しない)はなし。そんなことがあっても良いのではなかろうか。常に正解が得られるわけではない。科学と宗教の間あるような事象に、我々はもっと慣れる必要がある。このことが常識にならなければならないと思うのである。

日本人のルーツ

  • 2016.05.25 Wednesday
  • 22:22
海部陽介著『日本人はどこから来たのか?』(文藝春秋)

本書表紙に ” 日本にいたる人類の「グレートジャーニー」その新たなる仮説ー。” というコメントがある。これこそが本書のテーマであり個人的な関心事でもある。いま我々の祖先ホモ・サピエンス (現生人類) がアフリカ起源であることが定説になっているが、その後のグレートジャーニーの流れの中でどのように日本人が形成されていったのか?。

昨今の百年スパンの歴史問題で揺れる東アジアの現況を考えるにとても解決策があるとも思えず、寧ろずっと引いた視点で見てみたらどうかと考えてしまう。今じぶんが人類のそして日本人のルーツに惹かれるのは老い先短い老人の戯言だけとは言えない。現代人は本当に視野狭窄になっているのではないだろうか、と自戒を込めて危惧するのである。

本書を読んで、人類史が気が遠くなるほどの長大なものとは感じなかった。実際、ホモ・サピエンスの歴史だけでも二十万年前に遡る。旧人、原人となると百万年単位の話になる。日本人にとって歴史以前に感じられる縄文の時代もホモ・サピエンスの歴史から見れば最近?の話なのである。「近現代史」により注目しようとする現社会・教育界の在り方も有りとは思うが、ホモ・サピエンスを含む「人類の歴史」にまで視点を広げてみることも必要なことなのではないだろうか。

アフリカを起源とするホモ・サピエンスがどのように地球全体に拡散していったのかというテーマは専門家にとっても難題のようだ。本書によれば、欧米の研究者を中心に、ホモ・サピエンスの東方への拡散は中東から海沿いに広がっていったとする「海岸移住説」が定説であるという。著者はこの定説に疑問を抱く。

結論から言えば、著者は我々の祖先はヨーロッパも含めて爆発的にユーラシア大陸へ広がったとするのである。そして東方への移動はヒマラヤを挟んで南北のルートがあったと考えられる。著者はこの説の根拠として、「信頼できる/有用な」初期ホモ・サピエンスの遺跡地図(本書図1−2)を掲載している。

遺跡マップ数字は千年単位の年代を表す。46は4万6000年前である。勿論、現在発見されている遺跡の地図なので未発見のものもあるだろう。本地図では東アジアを中心に遺跡が数多く発見されていることが分かる。左図では省略したがヨーロッパの遺跡は少ない。

それにしても、酷寒のシベリアに相当早く(3万3000年前)移住している痕跡があるのは驚きである。アラスカを経て北米大陸への拡散はこの後のことである。

この初期ホモ・サピエンスの時代(「後期旧石器時代」)は海面が80mほど低かったされる。地図もそのように補正されており北海道もサハリンを通して大陸と地続きだった。

著者はこの遺跡地図と日本国内の遺跡分布からホモ・サピエンスの日本への移住は対馬、沖縄、北海道の3ルートから別々に行われたとの説を提唱する。遡ると、アルプスの北ルート、南ルートで東方に拡散していった祖先たちはそれぞれ環境によって異なる文化を創り上げていった。そしてこれらの文化が東アジアの地で合流するのである。

日本列島渡来の3ルートのうち初めにに開かれたのは対馬ルートだった。最古の日本人渡来は大陸からの航海でなされたのである。航海術はアルプス南ルートの種族から引き継がれたものであろうと著者は推測する。続いて沖縄ルート、そして北海道ルートからも日本人の祖先たちが渡来するのである。

日本ではアルプス北ルート、南ルートの縁のものと思われる遺跡が散見されるという。 じぶんが日本人だからというわけではないが、 初期ホモ・サピエンス拡散の時代に東アジア、特に辺境の地・日本において、異文化合流の故にホモ・サピエンスが衝撃的な変革を遂げたと推測できるのである。

本書を読み終えて妙な空想が浮かんできた。それは日本人のアイデンティティに関するものである。日本人とは種族ではなく、永くこの極東辺境の列島に住み着くことによってのみ形成される意識を持った民族のことではないかということだ。つまりこの地を離れると日本人でいることが困難になる。 日本人は他国で生きていくには最後は同化の途を選ぶのではないか。この当たりはユダヤ、ジプシー、中華民族とは性質を異にする特徴だと考えられる。

小松左京 原作の映画『日本沈没』を思い出す。政府は日本人サバイバルのため各国に移住受け入れを要請することになる。うろ覚えで不確かなのだが、首相と影の実力者が密談するシーンがあって影の実力者が「何もせんほうがいい」というような言葉を吐く。日本人が他国で耐えて生きていくことは忍びがたく、いっそ島と一緒に沈んだ方がいいというようなメッセージのシーンだったと思うのだが、もしかしたら完全に勘違いしているかもしれない。ただ、小松左京はこれに似たような感情を持っていたのではないかと想像する。

いま日本には多数の隣国人が住んでいる。彼らは古の人々が成し得たように日本人となっていくのだろうか。それとも彼らのアイデンティティをそのまま維持し続けるのだろうか。しかし、まだこの列島にパワーが残されているのならば、何れこの地に住む人々を八百万の神に帰依させることだろう。

閑話休題。

人類皆兄弟という言い回しがあるが、正にいま地球上に存在する人類は全員ホモ・サピエンスというただ一つの種なのである。二十万年かけて多様な人種に分化した。すべて環境に適応し進化した結果だろう。言いも悪いもない。様々な部位に分化した細胞にはiPS細胞のように幹細胞になる能力が宿っている。全ての民族、個人にもホモ・サピエンスとしての根源的な万能性が秘められているのではないだろうか。

明日から伊勢でサミットが始まる。いつか、経済の話ばかりではなく、人類の未来について議論されるようなカンファレンスになれば良いなと思う。しばらく国立科学博物館に行ってない。また館内を散策する時間を作ろうと思う。

関連投稿: 失われた古代史 (2016/04/21)
 

日本人はどこから来たのか?
日本人はどこから来たのか?
発行:文藝春秋 2016年2月

著者 海部陽介(かいふ ようすけ)
人類進化学者。1969年東京都生まれ。
東京大学理学部卒業、東京大学大学院理学系研究科博士課程中退。理学博士。1995年より国立科学博物館に勤務し、現在は人類史研究グループ長をつとめる。
「日本人の祖先はどこから来たのか」についての、このまったく新しい説を、初めて一般向けにわかりやすく書き下ろしたのが本書である。その実証研究のひとつとして、実際に古代舟をつくって、台湾から与那国島への航海をおこなう「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」を2016年4月より開始予定。

 

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