戦火の飛行家_サン=テグジュペリ

  • 2017.07.17 Monday
  • 21:10

サン=テグジュペリ著『戦う操縦士』(新潮社)

 

先に読んだ『夜間飛行』『人間の土地』と同様に本書も堀口大學の訳によるものだ。前の投稿でも書いたのだが、文学作品に不慣れなじぶんにとって堀口大學(1892-1981)の訳は難解な部分が多い。しかし、これはじぶんの素養の無さが原因なので如何ともし難い。今は、難解さはそのままに受け入れておくしかないと考えている。

 

サン=テグジュペリの作品は自分の飛行家としての体験に基づく作品が多い。著者も語っているように、農夫が鍬で土地を耕すように、飛行家は飛行機を使って自己(人生)を耕す。もっとも、これもある限られた時代の限られた者だけに付された特典?だったのかもしれないのだが。

 

本書『戦う操縦士』は、先の大戦でドイツがフランスに侵攻したときに、偵察飛行部隊二の三三飛行隊に所属していたサン=テグジュペリ陸軍大尉が自らの体験を基に記した実戦記であり、訳者の言葉を借りれば、フランス軍の全面的崩壊に至るまでの艱苦の戦闘体験から得たモラルの文学的結実である。

 

これも訳者の解説によるものだが、サン=テグジュペリは飛行家という職業を通じて大自然と接触し、人間の本然の発見に努める。しかしこの本然という訳語に親しみがない。”もとのままの姿” というような意味のようなのだが、本性とは意味合いが異なる気がする。より哲学的な意義を持つ語ではないかと思う。そして、このサン=テグジュペリの姿勢は ”戦闘の日々” にも不変なのである。このことが『戦う操縦士』を戦記から文学作品にまで昇華させた要因であろうと思われる。

 

しかし本書は戦記としても貴重で、フランス敗戦の最中、村を捨て避難民の行列に加わる住民の様子などが詳細に描かれている。日本人が同様の体験をしたのは、沖縄と敗戦後の大陸の住人たちかもしれない。サン=テグジュペリが遺した敗戦の記には価値がある。コミュニティ、個人共に敗北には意義がある、彼はそんなことを語りたかったのではないだろうか。

 

ある日、操縦士は必至覚悟の偵察に飛び立つ。高度1万メートルでの観測士官、射手との普通だが不思議な言葉のやり取り、低酸素状態で凍り付いて固着した方向舵と格闘する、そして高度700メートル、対空砲火の凄まじいアラス上空で操縦士の脳内を多様な想いが駆け巡る。併せてじぶん中では、大戦初期の欧州で既に高度1万メートルの偵察飛行が行われていたのか?などと、知識の曖昧さに気持ちが揺れる。

 

サン=テグジュペリは人生を戦争になぞらえているように思えてならない。彼にとって人間の本然、国の本然、コミュニティの本然というものが重要で、人生、戦争の勝敗ではない。そこから死を恐れない、死を厭わないという生き様が現れてくる。日本の武士道と相通じるものがあるのかもしれないが、どちらにしても、今を生きる我々一般人とは別種の人間であるようにさえ思える。

 

しかし、著者の作品が永く人々に親しまれ、愛され続けていることを考えると、あの頃から現代に至るまで、少なからぬ人々がサン=テグジュペリという飛行家兼文人に共感を覚えているということの証左ではないだろうか。しかも、このことで、ある種の安堵感を得ているじぶんを見る。

 

現世の個人偏重、経済偏重のあり方は強い現実感に支えられている。しかし一昔前に、これらと一線を画す人生観があったことを知ることは、我々にとって大事なことではないかと思う。直面する様々な個人的及び社会的課題/問題と対峙する時、これが解決の手がかりになるのではないかと期待するからである。

 


 

戦う操縦士(kindle版)

発行 1956年11月新潮社 (amazon)

著者 サン=テグジュペリ

訳  堀口大學

 

 

 

 

 

 

 

 

橋下徹という人

  • 2017.07.12 Wednesday
  • 11:15

東京都議選の余波まだしばらく続きそうだ。ネットで橋下徹氏の東京都議選結果に関するコメント?を聞く機会があった。しかし、じぶんの橋下徹という人物についてのイメージはタレント活動をしていた頃のままで、政治家になってからの橋下氏についてはマスメディアが報道すること以上のことは知らない。

 

よって、彼の政治的信条などについてもほとんど無知である。大阪都構想についてもその詳細、そしてその真髄を知らない。こんな状況で、ネットで視聴した橋下氏の都議選に関するコメントにはちょっと驚いた。要約すると、「都民ファースト」の躍進、その結果を導いた?民進党の森友、加計の追求を評価し、現政権の体制を批判しているのである。

 

じぶんの政治的案件に関する認識は低い。本気になってその案件について調べたり、考えたりすることが無かったからである。そういう意味では多くの日本の一般的人々と同程度?であろうと考えている。先頃、選挙の専門家と言われる人が、投票は政策ではなく環境(印象、空気、流れなど)によって決定されると断言していた。

 

身も蓋もないと言ってしまえばその通りだが、これが現実なのだろう。問題は有権者にほとんどその自覚が無いということではないか。ただ、普通の生活者の立場から考えれば、これもやむを得ないことと思われる。案件を精査しようにも、そんな時間の余裕も気力もない。

 

しかしながら、このような状況に対して危機感と、焦燥感を感じている人々もまた少なくないのではないだろうか。じぶんもその一人だ。そんな中で橋下徹氏のコメントは、初めは驚きだったが、また別の感覚をも呼び覚ました。

 

当番組で橋下氏はコメンテーター的役割を担っていると思われるのだが、都議選に関するコメントについては、氏の発言はコメントには聞こえなかった。端的に言えばアジ(アジテーション)に聞こえたのである。そもそも弁護士であるということと関連あるのかどうかは分からないが、今の橋下氏は安易にコメントなどしない人物に思える。

 

彼にとって発言(言葉)はツール、あるいはウェポンなのだと思う。こういう視点で見ると、彼のこの発言も腑に落ちる。具体的な企ては分からないが、彼の脳内には大阪府知事を目指した頃からの信念に基づく社会改革構想があるのだろう。それは大阪地域のみならず、日本の全地域が対象なのかもしれない。

 

今、彼が心底「都民ファースト」、民進党を評価しているのかどうかは疑問だ。しかし、今回の都議選で譲出された空気は、彼にとって好ましいものなのだろう。彼の発言はこの状況をより進展させるために用いられる。メディア的解説など、はなから関心がないのだ。依然として不可解な人物に変わりはないが、今回、じぶんなりにラフではあるが、その人物像をスケッチできたかなと感じている。

絵本のはなし

  • 2017.07.06 Thursday
  • 11:11

絵本というものに注意が向くようになったのは十五年以上前からだろうか。何かで柳田邦夫氏の ”絵本のすすめ” のような記事を読んだことがキッカケだったかもしれない。しかし注意が向いたと言っても、何ら行動は起きなかった。書店で絵本コーナーを回るわけでもなく、ネットで覗いてみることもしなかった。ただ当時から、人の認知活動は言葉(文字)によるものだけではないということに関心が向き始めていたように思う。

 

定年後、東京に出かけると、時間が許せば日比谷の書店「丸善」に立ち寄ることが多くなった。地方の書店には少ない洋書コーナーとか、絵本コーナーなどを覗いて回る。コミック本を読むようになったのもこの頃からである。今思えば、認知 ≧ 理解 の気付きではなかったか。

 

理解というと、やはり言葉(言語)によるものという印象が強い。ただ、人の{脳}を考えると、これは進化過程に関係があるのかもしれないが、言葉(言語)偏重のシステムであることは否定できない。人は言葉以外の情報(音楽、絵画等)に接しても何とか言語化しようとする。理解しようとするのである。このことの善し悪しはまた別の問題なのだが。

 

しかし、そもそも、全てを言語化 - 永遠の課題 - しようとすることに無理があるのではないか。これは{脳}に取り憑いた業(ごう)ではないかとさえ思ってしまう。こんな事への関心が、絵本とかコミック本に注目するようになった要因ではなかったかと考えている。絵本の中にはまったく文字の表記がないものもある。

 

 

日本には俳句という五・七・五の一七音を定型とする固有の短い詩がある。今、じぶんに俳句を読む(詠む)才能がないことを本当に残念に思う。少なくとも、俳句などの詩歌は理解する(できる)ものではないのではないか。世の中には専門家による俳句の解釈本があるが、これも悪まで方便によるものだろう。

 

数学など、言語体系のなかで特異な発達をみせた分野もあるが、今や言論空間において一般的言語である言葉は、口述においても記述においても深刻な問題に直面していると思わざるを得ない。コミュニケーション(相互理解)・ツールとしての機能を充分に果たせているとは思えないからである。

 

それは言葉の問題というより人、特に大人の身体({脳}を含む)側の問題ではないかと思うのである。そんな大人には絵本が役に立つ、そう思う。子どもだけのモノにしておくのはもったいない。中途半端に若いと、絵本を手に取るなどはちょっと恥ずかしいと感じたりするものだが、この歳になるとそんな気兼ねは消失する。年寄りの特典だ。

 

ご同輩には、心身のリセット、リフレッシュのために絵本を勧めたい。

Viva!! チョメチョメ・ファースト ??

  • 2017.07.03 Monday
  • 20:58

何やら「××ファースト」が流行っている。アメリカ大統領、そして我が東京都知事がスローガンにしてきた。昨日、東京都都議会選挙が行われ、都民ファーストが圧勝した。

 

 

都民もミーハーだな、というのが第一印象だった。個人的にはもっと与・野党が拮抗するような結果になるのではと思っていたので−それが東京のために良い−、正直驚いた。新聞などの見出しには一強政権に対する反発、加計問題などが災いしたような表現がされていたが、個人的にはチンプンカンプンな解説だ。

 

東京は特別な自治体とは言え、地方議会選挙に何で国政の問題がここまで影響?するのかが不可解だ。じぶんには、今国政で議論されていることと、今東京が抱えている課題とはほとんど無関係であるように思われる。メディアの意図か否かは別として、都民がメディアの印象操作?にまんまと乗っかってしまったという印象は否めない。東京の沖縄化を懸念する声もある。

 

じぶんは若いころ、どちらかと言えば、やや反体制的な視点を良しとする者だった。ところが、この所、体制側に立っていることが多くなったことに気づく。それは、いわゆる左派(リベラル)側の言動が理解できなくなったことに起因している。このことがじぶんの年齢に関連しているのかどうかは不明だが、もしじぶんが都民だったとして、今回の選挙で都民ファーストを外すのは間違いない。

 

ベストの譬えとも思えないが、与・野党の役割とは、自分が病気で入院している病院側(与党)と外部の医療関係者(野党)ではないだろうか。気が付いたら病院のベットの中、とりあえず現体制容認から始まる。そこが真の悪徳病院であることが判明した場合、急いで転院を図らなければいけないかもしれないが、平均的な医療施設?であれば状況を見ながら考えるというのが常識的な判断だろう。

 

この場合、外部の医療関係者(野党)のアドバイス(改革)が頼りになる。少なくとも、野党の意義は革命(破壊)ではないと考える。野党には名コーチの技量が求められるのではないだろうか。この意味で、現野党の言動には不安がのこるのである。今回、都民ファーストは野党から与党に立場を変えたことになるが、選んだ都民と共に、その責任は重大だろう。

 

東京都の容体は「要観察」が続く。

天皇制を考えてみたのだが・・・

  • 2017.06.29 Thursday
  • 15:21

今上天皇のご退位問題に絡み、男系、女系、女性宮家とか天皇制に関わる課題がマスメディアを賑わしている。素人、専門家がごっちゃになって多様な言説が飛び交う。国政に関わる問題もそうなのだが、天皇制の在り方などのテーマも皆で議論すればどうにかなるとは思えないのである。

 

じぶんは、ずっと、いろんなテーマについて議論することは良いことだと思ってきた。それが近頃、本当にそうなんだろうかと疑問に思うようになった。要するに議論がかならずしも知的活動とは思えなくなってきたのである。古くから「群盲象を撫ず」の譬えがある。眼の不自由な人たちがいて、それぞれ自分の触れた部分の印象だけから象(全体)について述べることを戒めるはなしだ。

 

足に触れた人は象を大木の切り株のようなものと思うだろうし、耳に触れた人は大きな団扇のようだと言うだろうし、鼻に触れた人は太い管のようなものだと信じるかもしれない。こんな場合、議論でどうにかなるとはとても思えない。国会での議論などもこれに近いのではないかと考えてしまう。

 

天皇制について言えば、じぶんは男系天皇制を支持?する。しかし、このことで他人を説得できるような議論ができるとは思ってもいない。ただ、天皇制は歴史的な継続性に意義がある、と感覚的に思っているだけなのである。色んな書、資料等を読んで、このことを援護する理屈を後付けすることはできるかもしれないが、個人的にそんな時間も気力もないし、またそれが意味があることとも思えない。

 

そもそも、議論をつくして何かが明らかになるということはあるのだろうか。互いに、寄って立つ処の差異がさらに際立つだけではないのだろうか。もっとも、それで双方がその差異に気付くことができるのであれば、議論することにも意味があるのかもしれないのだが。右に立つか、左に立つかなどは、単に旗印だけで選択されるとは思えない。自分すら認知できない複雑な要因が絡み合っているのであろうとしか思えないのである。

 

身も蓋もない話になるが、最終的に各人の感性(信念、信仰、気質など)によるとしか言えないのではないか。論理世界の数学、実験で裏付けが取れる物理学とは違って、社会で一般に議論の対象になるのは非論理的実社会の事象が大半である。

 

やはり、天皇制の是非などは議論で解明できるとは思えないのである。あるがままを認めるということで良いのではないかと思うのだが、しかしそれは否だという人たちもいるだろうし、正にそこには議論の余地がないのである。

ライフ・スタイルとしてのジャズ

  • 2017.06.22 Thursday
  • 21:18

山下洋輔・相倉久人著『ジャズの証言』(新潮新書)

 

このところ、マスメディア・シーンを眺めていると、その出来の悪さに辟易する。特に、国会など政局がらみのTV報道・討論番組は酷い状況になっている。芸能人と所謂専門家が繰り広げる言論空間?は視聴に耐えない。こんなことが伏線になっていると思うのだが、夜のドライブ途中で見つけた本『ジャズの証言』にとびついた。本当は、言論空間はもっと魅力的で刺激的なものの筈だという想いがあるのである。

 

山下洋輔はずっと注目してきたジャズピアニストだがエッセイストでもある。相倉久人(’15年他界)は著名な音楽評論家であり、じぶんも若い頃から知っていたと思っていたのだが、本書を読んで肝心なことを知らなかったことが分かった。両氏の未発表対談をもとに再構成した本で、以前読んだような気がする箇所もあるが、多くはじぶんの知らないことだった。

 

まず、相倉久人が山下洋輔のメンター的存在だったことは知らなかった。よくジャズ喫茶通いをしていた二十代の半ばに、ジャズ関連の雑誌などを読んで(眺めて)いたのだが、この辺りの認識はほとんどなかった。まあ、いい加減なジャズファンだったわけだ。しかし、本書の中の両氏のやり取りはじぶんにとって啓蒙的ですらある。

 

山下洋輔の執筆活動の始まりは病床での「ブルー・ノート研究」(1969年)という論文だと思う(?)。演奏を諦めなければならないという状況に対する復讐だったと語っているが、これをきっかけに山下洋輔トリオのあのフリースタイルのジャズが始まったというのだから特筆すべき事柄なのである。

 

 理論で説明できないことや、学ぼうとしても学べないものが存在するのが音楽の本質だから、結局それらは「遺伝子から生まれ出たもの」だと解釈するしかない、というのがぼくの考えです。こうした言語化しづらい領域の解明に挑んだのが、山下さんの論文「ブルー・ノート研究」でもあるわけですよ。(相倉)

 

世の中には、音楽など言語化できない(しづらい)ものが多い。山下洋輔も「ブルー・ノート研究」について、” ある意味で整理はしましたが、同時に「分からないものだ」ということを明快に言ったつもりです ” と語っている。このことを感知しているかどうかが、好い表現(弁論、文筆、演奏など)ができるか否かの分かれ目になるのではないか。

 

現代の音楽は西洋の音階、和音が絶対的だが、現実の世界の音楽は昔からその範疇に納まるものでないことは自明のはずだった。しかしながら、近代西洋音楽理論はその歴史的成果・恩恵を考慮すれば評価せざるえないものであることも確かだ。一方、自然界が数学・物理学の理論と同一ではないように、音楽の世界も近代西洋音楽理論と同一でないことも確かであり、ジャズはその象徴なのである。

 

じぶんの音楽に対する嗜好の中心が、歌謡曲、ポップス、クラシック、そしてジャズへと移ってきたのは、それはそれで意味があるような気がしている。便宜上音楽をジャンル分けするのは、言語化すると分かったような気がするという人間(脳)の特性上、やむを得ないことなのかもしれない。

 

しかしながら、言語化する上で、どんなに頑張っても数学や物理学と同じようなモデル化は無理と悟るべきではないのか。音楽は実際に演奏して何ぼのものだ。いづれ、AIがフリーなジャズを演奏できるようになるのかどうかは分からないが、もしそうなったら、じぶんも考え直さなければならないのかもしれない。もっとも、それまで生き延びることができるとは思えないのだが。

 

どちらにしても、今、言論空間を構成する議員の方々、マスメディアの関係者、専門家の皆さまには、ぜひ討論ではジャズのように音色、リズム、創造性が重要であり、その論議の正しさの度合いではないことを分かってもらいたいと思う。もともと議論の性質が科学が対象にするものと異質のもので、初めから科学と同じような正確さなど求むべきものではないのだから。

 

閑話休題。

本書の中で、両氏は国家「君が代」に触れている。これがとても面白い。

 

 「君が代」の出だしは和音がつきませんが、これはつけられないからであって、一種のブルーノート現象なんです。出だしはユニゾン。「君が代」は頭と締めがユニゾンで、途中から和音が入り、最後は再びユニゾンで終わります。(山下)

 

そう言えば、多くの国の国歌は西洋のマーチの流れで作られているが、ずっと「君が代」の節だけは独自性を主張している。昨年のリノ・オリンピックの閉会式の「君が代」を思い出した。次のオリンピック開催国である日本のパフォーマンスが行われた。その映像を真剣に見ていたわけではなかったのだが、「君が代」が妙に印象に残ったのである。

 

 

気にはなっていたのだが、特に調べもせずに来てしまった。本書の「君が代」の件を機にネットで調べてみて驚いた。多くの内外の人々の称賛の記事が表示されていたのである。 ネットには、作曲家で編曲家、トランペット奏者としても活動している三宅純氏の編曲によるもので、 東ヨーロッパのブルガリア地方に古くからある女性合唱・ ブルガリアンヴォイスで表現されたとある。

 

あえて不協和音を作りだすことで神秘的なハーモニーを生み出せるとあるが、山下洋輔の説を逆手にとったとも言える。アレンジで「君が代」が全く異なる曲に感じてしまう。しかし、本当に音楽の世界は広く深いと改めて思う。

 

両氏のセシル・ティラーの話も面白かった。山下洋輔とセシル・ティラーは、結果として演奏の外見が似たようなスタイルになったが、本当は演奏の志向性が正反対であるという説は興味深い。山下洋輔は終わりが閉じているが、セシル・ティラーは開いているというのである。

 

じぶんは、’73年の新宿厚生年金大ホールのセシル・ティラーのコンサートに行った。新宿の「ピットイン」で山下洋輔トリオを聴くようになった後である。その時の詳細な記憶はないが、山下洋輔トリオと演奏スタイルは似ているがテイストが違うと感じたことを憶えている。

 

セシル・ティラーは無理かもしれないが、山下洋輔トリオは日本の祭りでもオッケーと思ったのである。日本の祭りのお囃子と共演できるかもしれない。山下洋輔は和風、何故かそう思ったのである。

 

それにしても、著者の山下洋輔、相倉久人のやり取りはジャズセッションのようでもある。いや、本文中にも出てくるが、両氏の人生がそのままフリージャズ演奏そのものなのかもしれない。何とも羨ましいかぎりである。

 


 

ジャズの証言

2017年5月発行(新潮新書:amazon

 

著者 山下洋輔

1942年東京生まれ。ジャズピアニスト、エッセイスト、国立音楽大学招聘教授。著書に『ドファララ門』『即興ラプソディ』など。

 

著者 相倉久人

1931年東京生まれ。音楽評論家。東京大学文学部中退。著書に『ジャズの歴史』『されどスウィング』など。2015年7月他界。

 

 

 

共謀罪可決に思う

  • 2017.06.15 Thursday
  • 20:12

15日午前7時「共謀罪」(「 テロ等準備罪 」)可決の報道がなされた。まず夜通しやってたんだとオドロいた。しかしながら昨今の国会の中の議論にはうんざりしている。かつて民主党をずっと支持してきたじぶんが現民進党をうっとおしく思うようになり、近頃はそれを通り越して気持ち悪ささえ感じる。

 

TV番組は時折り垣間見る状況にしかない中で、映し出される野党議員(特に女性議員)の質問の仕方の品の無さに思いっきり引いてしまう。前の「安保法制」についても今回の「テロ等準備罪法案」についても、正直言うとじぶんは原文を読んでいないしその内容がよく分からない。ただ今の状況ではアンチ野党なので、結果として政権支持の側に立ってしまうことになる。

 

何でこうなってしまったのか、教えてくれ〜と言いたいくらいである。じぶんの政治的スタンスはどちらかと言えば若いころからリベラル寄りだった。反権力、革命的、アウトロー的なものに惹かれた。その度合いが年齢とともに薄れてはきたとしても未だ色合いを残していた。あの民主党政権誕生の頃までは。

 

民主党(現民進党)から自民党の安倍政権に変わっても、選挙では民主党に投票し続けた。三行半をつきつけたのは昨年の参議院選挙においてである。我ながら我慢強さに感心する。しかしそれは坂道を転げ落ちるような勢いである。次の選挙において民進党を外すことだけは決めている。

 

国会で議論される各種法案において、仮に本当の理解というものがあるとして、議員、評論家も含めてどれだけの人たちがその法案の原文及び関連法案を読み込み、そして理解しているのかを訝る。正直にそう思うのである。あの国会でギャーギャー騒ぎ立てる議員さんたちがこの範疇に属する人たちとはとても思えない。情動しか感じられない。もっともある意味ではそれも是なのだが。

 

本当にどうにかならないものかと思う。昨今の国会の議論(質問)は本質の輪郭を明らかにしようとするのではなく、逆に周囲から土埃を被せて本質を意図的に隠そうとしているとしか思えない。もっともその意図すらなく幼児の砂場遊び程度のものでしかないという危険すらある。

 

続く「学園騒動」では、”総理のご意向”という表現があったというメモ?の存在が取り沙汰されているが、些細な我が社会経験を踏まえても、それがどうしたの?という印象しかない。公であれ民であれ、権力者たるもの陰に日向に自分の意向を通そうとするものである。しかしその違法性を問うのは甚だやっかいな行であろう。

 

また、現野党が政権をとったとしても、表ざたになるか否かは別として、「学園騒動」のみならず、様々な「ご意向騒動」の種をまき散らすにちがいないと確信する。むしろ政権慣れをしていない無垢な集団だけになお深刻な問題を引き起こしかねないのではないか。

 

いい加減に、国会で本当の議論(ディベート)を始めてみてはどうか。その中から双方が眼から鱗の核心が現れたとしたら、と想像するだけでわくわくする。複雑化していく人間社会、国会も創発の場でなければならないのだろう。

健康という妄想に

  • 2017.06.11 Sunday
  • 11:52

 四十年ほど前に十二指腸潰瘍で下血、入院して輸血を受けた。これが原因?で肝臓のGOT、GPT(40前後)が上がり何らかの障害が生じたことが判明した。しかし当時は、ウイルス性の肝炎はA,B型しか判明できない状況で、非AB型と診断された。将来の治療薬は期待されたが、当面は定期的な検査という手段しかなかった。

 

 幸い、GOT、GPTも大きくアップすることもなく、健康診断でも要観察というチェックが表記される状況が続いた。20年ほど経過して、健康診断でGOT、GPTの数値が70ほどに上がった。こんな数値は初めてだったので再検査した方がいいということで、既に解明されていたC型肝炎ウイルスの検査も受けることにした。

 

 結果は陽性だった。しかし既往歴からみてさほど驚かなかった。ただ症状が悪化しているのではという懸念があったので、診療所の先生に大学病院に紹介状を書いてもらった。これが平成9年で、取り敢えず処方してもらったウルソ(錠剤)でGOT、GPTの数値が通常の40前後に戻り、これが長いC型肝炎ウイルスとのお付き合いの始まりとなった。

 

 数年後に病院の先生のすすめで、インターフェロンとリバビリン服用の治験に参加した。一年の治験治療でウイルス検査が陰性の結果となったが、半年の経過観察が始まってまもなく腸閉塞となり地元の病院に入院、併せてGOT、GPTが200以上に跳ね上がった。後に、治験時のリバビリンが偽薬で、ウイルスも完全に消えていなかったということが分かった。

 

 腸閉塞は手術を経て退院したが、C型肝炎は前のウルソ服用に戻り、同時に腸閉塞手術後の腸の機能低下に対応するという生活が始まった。C型肝炎については、治験から十年後の平成26年に、インターフェロン、コペガス、ソブリアード三薬併用の治療を半年間受けてウイルスは消滅した。先月、治療から二年後の検査結果で、ウイルスは不検知、GOT、GPTを始め他の関連数値も良好で、C型肝炎卒業?のお墨付きをもらった。

 

 しかし、15年前の腸閉塞手術の予後は、悪いとは言えないが良いとも言えない状況が続いている。初め、病院で腸の働きを補助する薬を出してもらっていたが3〜4年で止め、しばらくしてまた別の病院で別の薬を出してもらい3〜4年で止めてしまった。その後は、時に市販の薬、サプリを服用し、健康体操、ウォーキングなどで体調を整える生活を続けている。

 

 さらに、20年前に病院通いを始めてから数年の間に、耳鳴りと飛蚊症のために耳鼻科と眼科で診察を受けた。幸か不幸か、両方とも加齢によるもので治療不要(不可)とのこと。飛蚊症はやがて慣れ(諦め)てきたが、耳鳴りもまだ時折り生じるものの、これもまた慣れと諦めで何とかなっている。

 

要するにじぶんの半生を考えると、生活に大きな支障をきたことはないものの、ずっと健康上の問題を抱えていたということだ。現代は過度の健康ブームで健康診断の数値に一喜一憂する世の中だ。しかし、今、これって変だろうとつくづく思う。健康と不健康の間に明確な境界線などあるわけがない。これは七十年生きてきたじぶんの実感だ。健康の定義などはほとんど意味をなさない。

 

医療機器が高性能になるにつれ問題点?も発見しやすくなった。しかしこれも時に善し悪しだろう。人間を含め生命体とは複雑怪奇な存在である。単純な論理で説明できるものとも思えない。健康不健康もその通り。少なくとも、我らご同輩はもはや健康を問うことを止めにしてはどうだろうか。

 

しかし、いかにしたら自分自身の心身が少しでも快適でいられるか、このことに死ぬまで気遣いを続けることは大事なことであろうと考える。吉田松陰だったろうか、処刑を前にしてなお身体をいとうていたという逸話を残したのは。最後に息を引き取るまで人生は終わらない。よくよく心しておきたいことだと思う。

ポルコ・ロッソ と サン=テグジュペリ

  • 2017.06.05 Monday
  • 21:19

じぶんはずっと、アニメ映画『紅の豚』の主人公ポルコ・ロッソとサン=テグジュペリの生きた時代はほぼ同時期と思っていた。しかし、昨年、サン=テグジュペリが未帰還になった時に搭乗していた飛行機がF5B(P38の偵察型)であることを知って、直ぐに時代背景を間違えていたと思ってしまった。ところが。

 

『紅の豚』は大恐慌(1929年)の頃が時代背景なので、サン=テグジュペリ(1900年生まれ)は29歳で処女作『南方郵便機』を執筆した時期である。個人的に、ポルコ・ロッソはドイツの撃墜王リヒトホーフェン(1892年生まれ)と同世代なのかなと勝手に想像したりしていたのだが、もしそうであるとすると『紅の豚』の時代背景では37歳となる。しかし、映画のシーンを思い起こすともう少し若いのかなと思ったりもする。

 

 

ネットに、”ポルコは初めて飛んだときの話をするとき「1910年、17の時だったな」と言ってます ” という記事があった。じぶんはその台詞までは憶えていないが、この説を取ると『紅の豚』の時代背景では36歳になる。じぶんの説に近い。どちらにしてもポルコ・ロッソはサン=テグジュペリの5〜6歳年上の先輩格になる。同世代とは言えないかもしれないが、やはり同時期に大戦の複葉機を飛ばしていたことになる。一人はアドリア海を、もう一人はサハラ砂漠を。

 

宮崎駿監督はサン=テグジュペリを意識し続けていたに違いない。じぶんも昨年の終わり頃からサン=テグジュペリを強く意識するようになった。間大戦期の一定の時期だけに存在した限られた精神性を持った飛行家たち、大地を鳥のように飛ぶことができた最初で最後の人間たち。サン=テグジュペリのおかげで奇跡的にその生きざまを後世に遺すことができた。

 

じぶんの余生がどれほど残されているのかは分からない。しかし、その生きざまは彼ら飛行家たちのそれと対極的と言える様相だ。高齢化社会などサン=テグジュペリの意識には存在しなかったに違いない。飛行家は1944年7月31日、地中海上空で消息を絶つ。妄想を逞しくして、もしサン=テグジュペリが戦後まで生き残っていたとしたら、どんな人生を送ったのだろうと思う。しかし、これはタブーかもしれない。

 

ポルコ・ロッソのその後も気にかかる。先日、宮崎駿監督が最後?の復帰宣言をした。それならばと、体力的にきつかろうと想像しながらも、『紅の豚』の完結編を期待してしまう。監督個人の与り知らぬことと思いつつ、何とか我ら彷徨える老いた羊たちに引導を渡してもらえないものか。

 

関連投稿: サン=テグジュペリを想う (2016/12/28)

偉人の精神

  • 2017.05.31 Wednesday
  • 10:36

わが七十年の人生を振り返ればじぶんの俗人的人生は異論の余地がない。さらに、身辺の多くの人々が俗人的であることも疑いない。しかし、これが避難されるべきものでないことも間違いない。俗世間が核の人間社会が俗人によって構成されるのは自然なことである。

 

しかしがら、サン=テグジュペリを想いつつ、偉人について考えてみる。サン=テグジュペリを偉人というのは適切ではないとは思うが、彼の精神は偉人を思わせるものがある。そしてつくづく思うのは、この地上には偉人が必要なのだということである。歴史上、少なからぬ偉人が存在した。イエス、ムハンマド、ブッダは誰もが知る代表的な偉人(聖人)である。

 

しかし残念ながら、ブッダ、イエス、ムハンマドの精神がそのまま今に生きているとは言い難い。現に存在するのはブッダ、イエス、ムハンマドの精神を俗世界に投影した影だけである。しかし、それでも尚、それを生きる支えにしている多くの人々がいる。ここが肝要だ。

 

近い将来の世界再構築の胎動を思わせる近頃の世界情勢を見るにつけ、各国の指導者たちの面子が注目される。現在、グローバル化などと称し、俗な社会が地球規模まで巨大化しているのが現状である。このような世界のステージ上で指導者たちは何を演じようとしているのか、また人々は指導者に何を演じさせたがっているのか。役者が出そろったのかどうかは分からない。しかし何か大きな歴史的事象が進行しようとしている気配は感じられる。

 

偉人とはと問えば、いまサン=テグジュペリの生き方を身近に感じる。彼は、他(人、観念等)のために自らを滅却することを是とする。このことが我ら俗人との違いである。我らはせいぜい家族のために生きるのが精一杯で、それすらあやしい人々も大勢いる。大方、俗人は”自己中”である。

 

しかも、世界的にこのような社会が広まり、さらに住人が七十億もいるというのだから言葉を失う。さて、この中にどれほどの偉人がいるのだろうか。また、人類社会が保持されるにはどれくらいの偉人を必要とするのだろうか。いま世界の指導層が揺れ動いている。そして、この中に精神の風に吹かれた指導者がどれほどいるのだろう。これが鍵のように思えてくる。

 

俗な指導者は弊害をもたらす恐れがある。一方で、偉人の精神にも影がある。宗教的に言えば、悪魔とでも表現するのだろうか。光と影、神と悪魔が同根の精神から出づるのかどうかは分からない。それでも、この地上に偉人の精神が存在しなければ、人類は救いようのない状況に陥るような気がしてならない。

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